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*23 渡りに舟

 世の中には何処にでもおかしな者がいるものである。景色の良い秘境にも飯の美味い街にも治安の良い国にも矢張り一定数のおかしな者はいる。
 
 先週末、逗留先のリンツでパンの博物館やらリンツァートルテを見て回った翌日、私は観光も其方退そっちのけ、朝からもっぱら御日様の下で読書にふけった。この日曜日も朝から良く陽が照っていた。朝食にまた別のカフェでリンツァートルテを食べた私は、そのまま荷物を転がして中央広場に出た。そこにベンチが幾つかあったから、その内で最も陽の良く当たっている所へ腰掛けて、右手に三位一体の柱を、正面に朝食を楽しむ人々で賑わうカフェを見ながら、私は前日に買ったパンの歴史書を開いた。日光を浴びるのも読書も好きな私は自然、日光を浴びながら本を読む事が密かに好きであった。

中央広場、三位一体の柱

 本を読んでいると右の方から男の大声が聞こえた。顔を上げて声のする方を向くと、頭に包帯を巻いて裸足姿の小汚い男が三位一体の柱の裾で御祈りだか示威しいだかを一人盛んにやっていた。随分大袈裟な独り言なんだか、それとも不特定多数の人々に訴えかけているんだか神と交信しているんだか、随分激しく声を上げていた。向かいのカフェからは男に向けて一つ怒声も飛んだ。私はと言えば、まあこんな男も珍しくないから特に気にも留めず本を読み進めた。
 
 その内男は、私の右手側から左手側の噴水へ向かって、私とカフェの間を裸足で歩いて行った。そうして噴水まで来るとまた熱心に喋っていた。向かいのカフェの人々もさっきから興味津々である。私はまた本の上に目を落とした。
 
 それから数十分とした頃、包帯の男は噴水の方から警察官二人に挟まれて戻って来た。随分大人しくちんまりしている姿を見た時、さっき迄の威勢の良い様子が思い起こされて、それが妙に滑稽で私は思わず一人にやにやと笑ってしまった。男と警察官はまた三位一体の柱の元迄来ると、男は大人しく靴を履き荷物をまとめ始めた。警察官は終始落ち着いていた。然程珍しい事でも無いのだろう。兎に角それでようやく中央広場はまた平和になった。
 
 私はまだまだ本に夢中であった。ぐんぐん読み進めた。そんな私の座っているベンチ、私の左側に誰かが腰掛けたのが分かってちらと目を左へ動かすと、警察官の監視下で包帯の男が履いていたのと同じ靴が目に入り、嫌な予感がした直後、隣に座ったなにがしは呪文だか説法だかをぶつぶつ言い始めた。大方おおかた包帯の男であろう、変に刺戟しげきするのも厄介だと思った私は暫くそのまま本を読んでいたが、その内男の体が此方こちらに向けられたのが分かった。そうしてぐ「ハロー」と距離に相応しくない大声で挨拶をされた。
 
 顔を下に向けていた私は、あたかもまさか自分に向けられていると気の付かない鈍感者の振りで遣り過ごそうと思ったが、余りにしつこくハローハローと言うもんだから、遂に私は静かに本を閉じ片付け、立ち上がりがてら「ハロー」とだけ小さく返事をした。男は私に何だ蚊んだ話し掛けて来たが、直前の警察沙汰の一部始終を見ていた私がまさかその男とまともに取り合うはずも無く、「さて時間が無いんです。行かなきゃなんないんです、すみませんね」と大人しく彼の言葉を打ち返しその場を立ち去ると、背中の方で男は「なんだ、俺はただあんたに少し質問をしただけじゃねぇか。なんて無礼な態度なんだ、この亜細亜アジア人め」とまた癇癪を起こしていたから、再び警察官が現れるのも時間の問題だろうと、そのまままた読書をする為に今度は大聖堂の方まで歩いて行った。
 
 私は冒頭でおかしい者と言う言葉を、無論この男を示唆する積で使ったが、世の風潮に則ればこれは全く失言である。多様な人間が生きる世界で個人を尊重すべきだ、認めるべきだと訴う時代においては、己の尺度や感情でもって他人を裁く事など言語道断と非難されて然るべきであろう。すなわちそんな世から見れば私は非道な悪者に違いない。おかしい包帯の男も“多様な人間”の内の立派な一人である。立派な一人である以上彼の個性を尊重し認めねばならないのが現代の規律である。世間の目も気にせず己の主張を街中で声高に訴えるあの男の情熱や行動力たるや全く素晴らしい、私も見習うべきである。

 リンツから戻った私は尚も読書に耽った。仕事の後、眠る前、パンの歴史に夢中になった。古代エジプトにその身を置いた。また三月に訪れたカイロの情景も脳内に広がった。何事も無駄でないどころか結局こうして繋がっていくんだから、人生は伏線の回収である。そうしてまたこうしてドイツ語の本を読んでいるからか、仕事中の会話も心無しか普段よりも達者の様に思われた。
 
 
 見習い生のマリオが今週、妙に積極的であった。私が不断担当している作業を、是非やりたいと言うから私は殆ど補助に回って、作業の遣り順や注意すべき点などを逐一教えてやった。幸いドイツ語がやや達者になったのがここで活きたのであるが、それにしても彼の働きぶり、或いは動きぶりがまるで以前と異なっている様で少々驚いた。どういった風の吹き回しがあったんだか、これ迄何度言っても要領を得ずにいた体の使い方と言った感覚的な点でさえ、殆ど私の注意の要らないほどてきぱきとしていた。私がこの職場を去った後、誰が私のやっていた分の作業を担えるのかという議論がしきりになされる近頃であるが、この調子で行くと散々面倒を見て来た見習い生のマリオがそのまま私の後釜と言う形も愈々いよいよ現実味を帯び始めてきた。そうは言ってもまだ何をするにも危なっかしく頼りない少年であるが、若手の台頭とはまさしくこの事かと、或る種他人事でありながら、それでいて楽しみに思う気持ちも嘘では無かった。
 
 
 そんな今週、金曜日の早朝に突如若チーフのマリアが「例の日本人が明日の土曜日、面接に来るんだけどあなたその時間はまだ工房にいるかしら」と聞いて来た。示された時間が本来であれば終業している時間ではあったが「残れますよ」と言ったのは、通訳に手を貸しますよという親切心のみならず、引越しを控えた私にとってもその日本人と知り合う事は好都合である、という下心があったからと言うのも正直に申しておきたい。
 
 く土曜日、見習い生のマリオと共に掃除をしているとマリアに連れられるように例の日本人女性が工房に姿を現した。マリオが片手を上げて「ハロー」と言う隣で私は会釈をして「こんにちは」と言ったのがなんとも懐かしみのある新鮮な違和感であった。
 
 マリアが彼女に工房内を一頻り説明して歩く。私はマリオと掃除を続けていた。しばらくすると彼女ら二人の姿は工房から消え、その内マリアがまた工房に入って来ると「ちょっと来てくれる」と私を休憩室の方へ連れ出した。既に面談が行われていたんだとその時にわかった。
 
 休憩室に入ると改めて「こんにちは」と言われたから、私も改めて会釈をして「初めまして」と名乗った。議題は、私が帰国する際に空く借室アパートを彼女が引き継げるか、という話であった。私の抱いていた下心と全く合致した話である。私は間も無く解約書を大家に渡すつもりでいたから、「またちょっと大家に聞いてみますね」という事を前提に置いて、その上で何時から空くのかという具体的な話も少し進め、それから今後話を詰められるように私の連絡先も渡した。「家具や何かももし必要なら残して置けますので」と言うと彼女は「それは助かります」と言った。結局最後迄通訳を承った後、来週の三日間試しに実際彼女が働いてみるという運びになって終わった。帰り際迄、助かりました、と幾度も感謝を述べられたが、全くなんでも無いですよと言って私は彼女を見送った。
 
 
 無論、部屋探しの手伝いと言う点において親切心が無いではない。私もドイツでの部屋探しには手を焼いた覚えがあるから、まさか冷酷に突き放すほど非道な悪者ではない。しかし部屋を空け渡せる上に、家具や電化製品や食器などもそれなり受け渡せるとなれば引越しの手間も随分省け、私にとってもすこぶる好都合であるという側面も同時に存在しているのは現実的な事実である。これがドイツ人となるとこうは行かなかった。職場に新しく加わる者がドイツ人であった場合、多くは実家通いであったり少なくとも拠点のある状態から職場を探す事になる。それに車もある。ところがこの度来たのは日本人である。私が帰国を考え引越しを工面する必要がある時の、こんな片田舎のパン屋に日本人が来たのである。これを幸運と言わずして何だと言うのか。渡りに舟である。私の人生は全くもって運が良い。これまでもずっとそうであった。
 
 まあ然し冷静に、来週働いた三日で彼女がこの職場を気に入った場合に限られる話である。トミーが言うは、彼女はまず私の担当する役割を覚える所から始める、という話であった。マリオという若手の台頭がある所に、新しい日本人がぶつかる。これが見習い生の心になお火を点けたら面白い、と或る種俯瞰する私は六月に入って愈々いよいよ動き出さねばならないと自分の帯をぐっと締め直した。
 
 


※この作品では一部実在しない表現/漢字を使用しています。


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