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ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

頼まれたらすぐに持って行く。終わったら回収して、手入れをして、いつでも再出動できるようスタンバイする。シンプルだが、求められているのはそういうこと。ニーズを間違いなく受け止めることが何より大事。

企業向け資機材レンタルサービス会社で働く清水豊は、入社以来、そう教わってきた。伝票形式だった在庫管理を電子化して、稼働履歴を担当者間で容易に共有できるようシステムを構築したのは、顧客対応のスピードと正確性を高めることが目的だった。

パソコンでの手入力を、タブレット端末やスマートフォンからの二次元バーコードによる読み取りに変えたり、クラウドサービスに切り替えたりすることで、担当者がどこにいても即座に在庫状況を把握できるようになった。電源の入り・切りや移動状況を遠隔から常時管理して、稼働期間が一定よりも長かったり逆に全く利用がなかったりするとアラートを出す仕組みも構築し、適切なメンテナンスや不要資機材のピックアップにつなげた。

そうしたデータを最初は人間が見ていたが、人工知能(AI)による自動チェックを組み入れて、自動的に警告を出すよう改良した。問題がありそうな部分だけを見れば済むようになった。
持つべきシステムの完成形にだいたい近づいてきた。清水は、そう思っていた。

レンタル会社は、基本は受け身の業態だ。借りたいと思う相手がまず先にあって、誰から借りようかと考えた際に選択肢として思い浮かべてもらい、依頼があったら貸し出す。

当然、どういう時期にどういう場所でどのような案件が出てくるかというリサーチと、ニーズが生まれそうな相手への営業は積極的に仕掛ける。建設業界を担当する清水の場合は、公共工事の発注予定とその落札結果や、民間の開発プロジェクトの動向、大手企業の設備投資動向などを日々チェックするとともに、主要顧客となるゼネコンや地場の建設会社の営業部門などを回って、どの案件を狙っているのかなどを教えてもらう。

顧客が狙っている案件の動向を見て、それを獲得した顧客を狙うのだ。そうした営業努力が不可欠だが、どちらにせよ顧客が仕事を取らないことには何も始まらない。

そうなのだが、本当は待ちの商売の形を少しでも変えたい。そんな思いをずっと抱いていた。
だから、沿岸の街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)から、レンタルの効率化に向けた提案が舞い込んできた時には是非やりたいと思った。
正しく言えば、CJVの施工を率いるゼネコンと清水が所属する会社、AIや業務効率化システムに長けたスタートアップという3社の共同研究だ。

CJVは、BIM/CIMを用いて、設計・計画から施工、維持管理・運営までの計画をオールパッケージで3D図面と連動しているという。計画段階に仮想空間上で完成形まで仕上げて、その内容に沿って施工を進めるというデジタルツインを実現させていた。

そうしたシステムと連携できると思うとわくわくする。そうした気持ちで清水は打ち合わせに臨んだ。

「まだまだ足りていません。施工に必要なすべての要素を詰め込むことが、私たちが目指していることです」
ゼネコンからCJVに出向している能登隆に説明を受けた。
「どういう部分が不足しているのですか?」
「その一つが、清水さんの会社が扱っている現場用の資機材です。例えば、地下の躯体を構築していけば、雨が降って水が貯まりますから、それを吸い上げる水中ポンプが必要になります。それは、地下3メートルの時は小さくて済みますが、地下30メートルになったら、大型の物が複数必要になります。コンクリート打設時の締め固めに使うバイブレーターも、その時々の打設量によって使用台数が大きく変わります」
「なるほど。そういうのって、ゼネコンさんの経験知から、ある程度の量が想像できるのではないでしょうか」
「そうなんです。現場の人の手配状況によっても変動しますから、事前に完全に決めることはできませんが、一定のパターンがあります。今までは、その時々に現場の担当職員が頭で考えて御社のようなレンタル会社に注文していました。そこをもっと効率化したいのです」

「それができたら、本当にありがたいです。こちらにとっては、何を、いつ、どこに、どれくらいご提供するかで準備が変わってきます。お得意様がいつも弊社を選んでいただけるとは限りませんが、とはいえ、そうした想定がより現実性を帯びることになれば、必要なタイミングに資機材が足りなくてご迷惑をおかけするような事態を避けられます」
「お互いにとってウィンウィンですね」

共同研究は、現場の3Dデータと照らし合わせながら、どのタイミングにどのような資機材が必要なるかをヒアリングしていくところから始めた。ゼネコン出向組の中西好子がメインの担当となり、協力会社の職長などとも意見を交わしながら、必要になりそうな資機材データを入力していった。AIスタートアップ企業の後藤伸吾は、都会からオンラインで議論に参加し、システムの開発とチューンナップを同時並行で進めていった。

清水が感服したのは仕事のやり方だった。一つの作業に取り組む際に、それを自動化もしくは省力化するというプロセスを必ず組み入れるのだ。バイブレーターの台数を入れると、実データとともに、該当作業よりも打設量が少ないケースと多いケースも検討して、AIの教師データに取り入れる。

コンクリート打設といっても、建物のような場所を打設する場合と、貯水池の側壁を打設する場合では、足場も作業可能な範囲も大きく違うのだが、次の検討では、以前の検討をベースに考慮すべきパラメーターを入れ替えたり追加したりして精度を高めていく。
そうすることで、コンクリート打設という場面で手作業的に考える部分を減らしていく。徐々に、AIによる作業に置き換わっていくということだ。

清水にとっては、共同研究だけが仕事ではない。いつものように現場を回って必要な資機材を手配するという業務は当然ながら続いているし、どこもかしこも復興工事が本格化している中で繁忙を極めていた。だが、通常の仕事は共同研究にも当然役立つ要素が多く、清水にとってスリリングな経験となっている。

だが一抹の不安も覚えた。

このままではAIに全部置き換えられるな。
清水は、そんな風に感じていた。

だから、さっきのやり取りには思わず笑ってしまった。

「ああ! 水中ポンプ、手配するの忘れていた。危ない危ない。
清水さんの顔を見て思い出しました。来週までに持ってきてください!」

共同研究の打ち合わせでCJVの事務所に行くと、中西に会った途端に、そう言われたのだ。

人の顔を見て、「あ、借りなきゃ」って思い出すのか。人間には、そういうスイッチもある。

まだまだ、自分が必要な場面はありそうだ。そう思うと、ちょっとほっとした。

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