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【ケーキの夢】

「お母様・・お嬢さんは大学に行って勉強を続けるべきです。勿体ないです」

娘の成績がなかなか良かったことから、高校3年の進路指導親子懇談会で、家内は担任の先生からそんなことを言われていた。

娘は陸上部のクラブ活動と学業を両立させて、それなりに高校生活を楽しんでいたようだ。陸上部では、後に〈100mハードル〉で日本の第一人者になる、美人の先輩に可愛がってもらってもいた。

そんな訳で、学業もクラブ活動も卒なくこなしていたのだが、娘には兼ねてからの夢があったのである。

それは〈パティシエール〉になることだった。

先生からの再三の大学進学への誘いもどこ吹く風とばかりに、娘は〈製菓専門学校〉への道を選んだのであった。

2・3の専門学校の面接を受けたのだが、関西のとある製菓学校では、娘の成績表を見て面接官がこう言ったという。

「こんなにいい成績の方が、ウチに来て頂いてもいいんですか?」

けれども結局そこには行かずに、地元の〈専門学校〉に通うことになった。

娘は僕に似て割りと器用なほうだったので、〈マジパン〉という、アーモンドと砂糖を混ぜた生地で作る〈砂糖細工〉は特に得意としていて、東京での全国区コンテストに学校を代表して出場した程だ。

そんな娘でも、流石に全国のレベルには届かなかったようで、参加賞だけを貰って帰ってきた。

しかしそれにもメゲず、手作りの〈1ホールケーキ〉のテッペンに〈マジパン〉で作った友達の愛車〈クラウン〉を乗っけてプレゼントしたこともあった。。

・・・・・・・

やがて〈製菓専門学校〉を卒業した娘は、パティシエールとしての将来の夢を叶える為に、ある洋菓子店に就職する。

ところが〈菓子職人〉としての仕事の現実は大変に厳しかった。朝の出勤時間は滅茶苦茶に早くて、夜は遅いという有り様だったのだ。オマケに給料は安いときていた。

そこで2年は辛抱したのだが、現実を悟った娘は〈パティシエール〉の道を断念した。

そして心機一転して〈歯科医療事務〉の資格を取り、歯科医院に勤務することになったのである。

それは大いに喜ばしいことなのだが、娘が〈パティシエール〉を辞めてからは、毎日のように持って帰ってくれていた、沢山の〈ケーキ〉が、もう食べられなくなったということが、只一つの心残りなのであった。


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