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老害社長にセクハラされ退職したら給料未払い、同僚は賠償請求までされたハナシ

しがみついた転職先

次の仕事を必死に探していた私の目に、こんな求人が飛び込んできた。

「海外総合情報誌をつくる!海外出張あり」


”最低年に3回の海外出張、雑誌の編集職、記者、編集者”。

私は編集職というものが大好き。学生時代には文化祭の冊子作りや卒業アルバムづくり、広告代理店インターンなど、"つくる"系のものにはいつも頭を突っ込んでいた。
そんな子供のおままごとも虚しく、新卒での就活時には出版社や広告代理店を多数受けて全落ちしていた。

それで仕方なく入った、編集とはほど遠い仕事もなかなか続かなくて、というか私は何事も自分の持った性質のために継続することが難しくて、何度目かの転職活動だった。
当時は親元に住んでいて、私のようないっちょ前の大人ひとり養ってもらうのは難しかったから「とっとと仕事をしてくれ」と突っつかれていて、私自身も罪悪感があったし、なんで仕事が続かないんだろうと自分を責めていたし、後がなかった。

そんななか、編集職では珍しい、未経験可の正社員で、大好きな海外に関われる上記の求人は、私にとって天からの恵みに思えた。

会社は都内の小さなビルの一室にあり、席はたった5席ほど。耳が聞こえづらくて大声のおじいさんの社長と、それを支える女副社長のおばさんの二人で切り盛り。
社長本人から言葉を発することはできるけれど、社長に伝えるときは耳元で大声で話したり、難しい内容は筆談などをしてやりとりした。社長は足腰も弱っているそうで、立つ時によろけると女副社長が彼の腕を支えていた。
数十年続いている会社だというけれど、社長の意向で「会社はむやみに大きくしない。従業員は2〜3人」という、自称・少数精鋭方針でやってきたとのこと。

棚には、今まで刊行した雑誌がズラリと並んでいた。北欧で船に乗り損ねて大変だった話、ドイツで取材中にヒトラーの件について地雷を踏んでしまった話など、「こんなに大変なのに、本当にやっっていけるのか?」と試される苦労話を聞けば聞くほど、ワクワクが募った。
数回の面接を経て、私は採用された。同時に、同い年の女の子も入社した。
社長、女副社長、私、同僚の4人で、ときにはまるで家族のような雰囲気で仕事をした。

仕事がうまくいかない


入社して数か月後には、海外出張が控えていた。私は、現地で死んでもいい! と思うくらいルンルンな気持ちだった。出張に必要になると予想される機材や衣類なんかをいろいろ買って準備していた。

その頃私は首を痛め、湿布を貼って出社した。会社には私が一番乗り。次に、社長が出社。
社長は私の湿布を見て、どうしたんだ? 痛いのか? と心配してくれた。すると、首から肩にかけて突然じっとりと撫でられた。

私はたじろいで、いや、いいですと手をのけると、「なぁーに意識してんだよ! 俺は医者だから。見せてみろ」と呆れた様子で言われた。
医者というのはもちろん社長の冗談だ。こんなふうに、社長は誰に対してもスキンシップが多い。海外のお客様には、もちろん挨拶のハグもする。そのフレンドリーさを売りに、長年やってきているようだった。

私は仕事ができなかった。当初の求人内容よりも想像以上に語学スキルが必要になり、同時通訳、翻訳を求められたができなかった。
帰国子女で英語の堪能な同僚がカバーしてくれて、私はだんだんと重要な仕事から外されていった。

「私じゃ絶対この仕事勤まらんわ」
はっきりとそう感じていたけれど、転職したばかりだし、親は定年退職しているし、私のような大人もうひとり養う余裕はない。自分の情けないスキル不足なんかでポンと辞められる状況に無かった。

なんとか業務に着いていこうと、仕事終わりや休日に通訳講座にも通い出したけれど、言語は一朝一夕では身に付かない。
社長に毎日、お前ができないから! 仕事が回せない! 回らない! といったことを言われているうちに、「小さな会社だし、辞めさせるも辞めさせないも社長の裁量次第。この前、他の人の履歴書を引っ張り出して見ていたし…もしかして来週には解雇されるのでは?」と不安が募っていった。なるべく社長や社員の癪に触らないように行動しないとと思った。

ゲロキモ! なぐさめのキスとハグ


ある日、社内で社長と私が二人きりになるタイミングがあった。
夜7時頃。社長から「おい、もう仕事はいいから、お茶でもしよう」と誘われた。
テーブルにつき、お茶とお菓子を出す。社長は耳が聞こえにくく、筆談をするため同じ向きに座ったほうがいい、ということで、社員は彼と話すときはいつも隣に座ることになっていた。

社長は私に、今の仕事はどうだ? 辛くないか? と聞いた。腹を割ってすべてを話す、という雰囲気だった。そこで社長は、私にもっと仕事を振って伸ばしてあげたいけれど、スキルは自分で上げるしかない。何とか、できる仕事を見つけてあげたいと思っている、と言った。優しい口調でそう言ってくれて、切羽詰まっていた私は涙してしまった。

「お前には人に対する愛が足りない、人に興味がない、そういうのは客にも伝わる、まず人を無条件に好きになって、人に語りかけていって、心を開かないとだめだ。
例えば俺は足が悪くて、暗闇だとふらついてしまう。他の社員はそういう時、俺の腕を持って支えてくれる。過去に勤めていた子達もみんなそうだ。だけど、お前はそれをしない。人とのスキンシップを避けている。それが、悪いところなんだ」

といったようなことをアドバイスされた。女副社長はそれをしていたから、私は痛いところを突かれた気がしてまずます肩身が狭くなり、社長の意見を素直に聞き入れた。

「だから俺はみんなのことが好きだし、お前も大好きだ。だからハグなどできる」と社長が言うと、急に肩を抱かれて、偶然当たったように首にツバがつくようなキスをされた。

えっ、と一瞬時が止まったけれど、ちょうど「自分がスキンシップを避けるのが悪い」という話の流れだったから、これで拒否したらまた、だからお前は悪いんだ、と非難されるかも知れないと感じた。
突然のことでもあり、これがセクハラ? それとも、私が過敏すぎ? と悩んで、強くは拒否できなかった。

でも、キモいものはキモい! 軽く手で押してハグを引き剥がすと案の定、

「ほら、そういう引いているところが駄目なんだ!」

と社長は言って、過去に勤めていた子達はいかに彼と仲良く信頼関係を築いてきたかを話し出した。

「Aさん、Bさんは、はじめは警戒心があったけれど、一緒に寝たり旅行に行ったりすることで、それからは自分から部屋に入ってきた。裸になってもお互い何とも思わない。男女でなく人と人の信頼関係なんだ」
みたいなことを長々と説明された。

AさんやBさんというのは、社長がよく口にする、過去に勤めていたお気に入りの「デキる社員」。Aはよくやってたな、Bはこういうときにこうしたな、というのが口癖だった。

話し合いが終わると、社長が帰り際に、じゃあなと顔を覗き込んで頬にキスをされた。
社長のやることはいつも突然だ。拒否する間も無く、社長はスッと帰って行った。非常に気持ち悪くなり、水道で頬をゴシゴシと洗った。

社長のことを直接知っている人は、この話を聞いても「変な意味ではないんじゃない? いつもそんなかんじじゃん」って感じると思う。
社長によると、過去に勤めていた人たちも"家族のように"付き合っていたと言っていたし…やっぱり、私が意識しすぎなのだろうか。
こんなふうに外部との接触に敏感すぎるから、私は何事もだめなんだろうか。家族のようなスキンシップ、ということで、受け入れないといけないのだろうか。

そういう風に思い直して、社長の行動を、忘れようとか、大したことじゃないと思おうとした。だって、女副社長はしっかり腕を組んでいるし、同僚もたまに手を差し伸べている。無職にならないためには、この環境に適応した動物になるしかないんだ。
そう思って、その日の晩はぐっすり寝た。

でも、一日、一日と日が経つにつれて、段々と気持ちが悪くなってきた。なんであのキモジジイムーブを我慢しなきゃならないんだろうか? おかしくないか? 
毎晩夜中じゅう、「セクハラ どこまで」「セクハラ 相談」などと検索していた。

ある時は、フリーダイヤルのセクハラ相談センターに匿名で相談をしてみた。まるで自分が「被害妄想のある女」になったみたいで、後ろめたくて、手が震えた。

「嫌だと思ったときに、嫌だと言ってください。事を荒らげるのではなくて、次の状況を見ましょう」
という回答だった。

確かに社長の接触は、あの日限定のことだったかも知れない。私が必要以上に避けてしまっていたから、その壁を壊すためにやっただけかも知れない。次に何かあったら、ちゃんと対処しよう、と心に決めた。

それからは特に変なことも無く、毎日仕事に追われた。
仕事は毎日終電間際だった。土日出勤をすることも何度もあった。残業代や休日出勤代は出ない。私は、業界未経験で、従業員数名の小さな会社で編集の仕事をさせてもらうというのはこういうことだと思っていたし、了承して懸命に原稿を進めていた。
社長は何度も、「家に一度帰るのは大変だろうし、近くの俺の家に泊まっていっていいよ。気を遣う必要はない。みんなそうしてた」と何度も誘ってきた。女副社長はそれを聞いても別に変な顔をしないし、この会社ではそうなんだろうと思った。けれど、なんかヤバいと頭の中で警鐘が鳴っていて、泊まることは一度もなかった。

ゲロキモ! 裸の付き合いで仕事を向上させよう説


ある日社長に、「ちょっと、外出るぞ」と連れ出された。出張先の顧客たちのために、手土産を買い出しに二人でデパートへ行った。

デパートは人混みがすごかった。すると、社長が「ほら、腕を組め」と言う。
ためらったけれど、社長が常々「足が悪いから支えが必要なんだ」と言っているのを聞いているし、実際に女副社長や同僚が手を添えて支えてあげているのも目にしていたので、ここで断っては、また私の冷たさが露呈する。
私が腕を出すと、社長は私の腕をギュッと自分の脇に挟み、まるでカップルのような密着度の腕組みになった。もちろん気持ち悪い。

すべてのお土産を買い終えて、休憩にカフェに入ることになった。ここで、また私の「愛情足りない問題」の話をされた。

「お前は同僚と違って人への愛情が足りないし、なにか避けるような態度をとることがある。そういうのがダメだ。前にも言っただろう、どうして分かってくれないんだ。
過去に勤めていた子達は本当に良い子たちだったな。Aさんとは、部屋で裸になっても何とも思わない。それは男対女ではなく、人対人で接しているからだ。Aは、性的な相談もすべてしてくれていた。
Bはな、彼女は自分の見た目にコンプレックスがあったようで、正直可愛くはなかった。けれど俺は彼女の性格を好きになろうとして受け入れた。
Bはモテないタイプで男性というものを知らず、そういうところが営業にも出ていたので、俺が男とはどういうものかを教えてあげた。
そうしたらBはどんどん自信がついて、仕事もできるようになったし、彼ができて結婚した。
過去の女の子たちとはよく泊まりがけの旅行をした。二人で歩いていても、親子や孫にしか見えないから、腕を組んで歩いていても大丈夫だ。
お前には心の繋がりが大切だ。スキンシップの多さが、良い仕事に比例する。だから、お前とは旅行とかに行ったり、ハグなどのスキンシップを取ったほうがいいと思うんだ」

といったようなトンチンカンな話を、フガフガした呂律でされた。

これは、今「嫌だ」というべきチャンスだ! と思った。彼の耳元で大声で話したくなかったので、「そういったことは嫌だ」と筆談して見せると、彼はとたんに激昂した。

「お前の悪いところは、男を男として見ることだ! 男を男として見ると、ハグなどはおかしいかも知れないが、自分は人をそういう目で見ておらず、人として見ているから大丈夫。お前は彼がいるだろ、どうして彼と同じように俺を扱わない!」

静かなカフェで、男が女がということをフガフガと怒鳴る老人。怒鳴られる私。注目はじゅうぶんに浴びていたと思う。非常に恥ずかしくて、周りを見れなかった。
そして、「拒否しても通じる相手ではない」という確信を持った。でもまだ、席から立ってカフェを一人で後にして、仕事を飛ぶ勇気もなかった。
そのあとの社長の話はもう耳と感情をシャットダウンして、聞いたふりをしていた。

社長に100%の不信感を持っていた私は、もう社長と腕を組まずに歩いた。社長はどこかさみしそうにした。会社に着き、小さなエレベーターに乗った。

「旅行とかが嫌っていうなら、お前とは1時間だけハグかな?☺️」

社長は急にそんなことを言い出すと、普段のヨボヨボ状態からは考えられない強さできつく私を抱き締めて全身を密着させてきた。私は、か細い老人の骨が折れてもいいと思うくらいのものすごい勢いで引き剥がした。

社内では、女副社長と同僚が忙しそうに原稿を書いていた。
今起こったことを報告したかったけれど、女副社長はいつも社長の味方。確か独身だったけど、社長とは夫婦では無いが「社長は年だからね。面倒見ないと」という妾発言もあり、内縁の妻ではないかと疑っていた。相談相手としては考えられなかった。
また同僚に対しても、同期入社の同時スタートにも関わらず、私は彼女にかなり仕事面で迷惑をかけているはずで申し訳なく、イキイキと働いているように見えたし、社長がたびたび同僚と私を比べる発言をして互いに心を開くのが難しくなっていた。

親に言ったらどう思うかな?
今まで「社長と副社長の関係は、まるでお父さんとお母さんみたいなんだよ〜。お前ーって罵りあっても、最後は笑うみたいな」と、会社のアットホーム感を面白おかしく親に伝えていたので、会社のことを悪く言うのに勇気が要った。
それに、仕事がなかなか続かない娘が、また今回の職場でもだめだったのか、と思われたくなかった。

けれどもう、気持ちの悪さがどうしても拭えない。とりあえず親に伝えてみよう、と思い、母に「今の会社嫌だな〜。社長のスキンシップが気持ち悪いし」と言うと、「どういうこと?」と食いつかれた。
ハグや頬キスなどされて、という性的なことを伝えるのは恥ずかしかったけれど、開き直って伝えた。

「いやいや! おかしいでしょ、はやく離れろ」と言ってくれて、ああよかった、私のイヤという感情は普通なのか、とやっとわかった。
けれど、その晩には「お願いだから、次が決まってから辞めてくれ。それまで耐えてくれ」と言われた。
確かに、仕事の間が空くのは金銭的にとても厳しかった。内々に転職活動を始めた。

また、引き続きネットで「セクハラ 相談」と検索しているうちに、どうやら「東京労働局の雇用均等室?」が公的なセクハラ対策の場所のようだと分かった。

「前にも相談したんですけど、またこういことをされて、どうしたら良いんですかね」

相談するときは、いつも手や声が震える。人の悪事を伝える、後ろめたさからそうなるのだろうか。

回答は、

「明らかにセクハラになる。しかし、社内にセクハラ対策室みたいなのが無く、その従業員数。
当事者の社長が退職すると会社が成り立たない。
そういった状況では、社長に何か処置をするというのも難しい。
嫌だ、と思った人がすぐ逃げるのが一番の対処法。
セクハラ注意の冊子を送ります。相手をむやみに刺激しないようにひとまずあなたの名前宛に送るので、冊子を社長に見せてみてください」

とのことだった。

泣き寝入りで辞めた人たち


会社のPCには、過去に勤めていた人達の連絡先が無防備に残っていた。この人達は本当に、社長のセクハラと共存して普通に生きていたのだろうか。

社長が「裸で寝た」と申告していたAさんやBさんの連絡先もあった。
私は、持ち前のジャーナリスト精神でその人達に電話して聞いてみることにした。


仲間が欲しかった。もしも賛同してくれれば、世界で流行っている #metoo 運動のように集団訴訟のようなことを起こせる可能性もあるかもしれないと思っていた。それと、ここに来て悪趣味なミーハー精神が働いて、「社長がセクハラしてやって良くなったという人たちは本当にそれで良かったのか」という点が非常に気になってしまったのだ。

でも、私の行動は立派な"個人情報悪用"に当たるだろう。
もし、相手が社長たちとまだ関わりを持っていたら私は終わる。手も声もガクガク震えていた。
でも、そこはね!

Aさんとの電話。

ーーすみません、現在**に勤めている者なんですけれど、ちょっと、会社の事で困っていまして、前勤めてた方にご連絡してみました。

「そうですか。困ってるっていうのは?」

ーーえっと、その、社長のセクハラなんですけど。

「あぁー。」

セクハラ、という四文字で、瞬時に何か悟るものがあったようだった。
私は、ハグをされたり頬にキスをされたりした、とカマをかけて、「もしかしてAさんも何かされていましたか?」と聞くと、「…ちょっと言いたくありません。思い出したくないんです」とのことだった。

他の従業員はどうだったか、と聞くと、「実は会社を辞めた後、他の子に会って話をしたらそういうことがあったみたいで、その子は泣いてました」と。

しかし、社長を庇うかのように「セクハラということ以外にも、もっと大変なことは有りましたし…。けれど、すごくお世話になったから、悪く言いたくないんです」と言われて、電話が終わった。

Bさんとの会話。

ーーすみません、現在**に勤めている者なんですけれど、ちょっと、会社の事で困っていまして、前勤めてた方にご連絡してみました。

「…電話番号はどこから入手したんですか? これ、個人の電話番号なので困ります」

社長の話をしてみると、
「私は非常にやりがいを持ってやっていたので。でも、確かに特殊な環境だとは思うので、合わないと思うなら早く辞めた方がお互いのためなんじゃないですかね」

と、怒り気味で言われてしまった。何度も謝って電話を切った。

最後に、一番直近まで勤めていたと思われるCさん。

はじめ、社名を言うといぶかしげだったが、事情を説明すると堰を切ったように話してくれた。

海外出張に二人で行ったとき、私と同じように「AさんBさんと裸で寝た。だから俺たちもそうしなきゃいけない、ベッドをシェアしよう」と言われたこと、よろけるんだと言って腕を掴まれることなどを聞いた。

Cさんは、社長のそうした行動が主な原因で退社をしたそうだ。
理由を社長や副社長に伝えて辞めたのかと尋ねると、「副社長は社長の味方というかんじだったので、相談はできずに黙って辞めた」とのことだった。
さらに、最終月の給料がずっと支払われていないと言っていた。でも、入社してすぐに辞めた後ろめたさもあって、こちらから言い出せないのだと言っていた。

「社長のセクハラあるある」でひとしきり女子会のように盛り上がってしまった。また何かあったら連絡してしまうかも知れません、すみません、と言って電話を切った。

もしかして、私だけの考え過ぎなのかな、という不安が、この会社にずっと同じ問題が渦巻いていた、という確信になった。

同僚が辞めた

社長にカフェで「そういうのはイヤ」と言ったのち、私は海外出張メンバーから突如外された。社長、副社長、同僚の3人でとある国に出張に出た。

みんなが出張から帰ってきた出社初日、労働局から送ってもらった「セクハラダメ絶対!」的な冊子を社長の机に置いておいた。
出社した社長はその冊子を一瞥すると、ササッとゴミ箱に捨てた。
社長たちとともに出張していた同僚は、体調不良で休んでいた。

ある日。社長、女副社長、私の机の上に、同僚から「もう、社長の顔が見たくありません」といった内容の手紙が置かれていた。社長の机にはそれプラス退職届が置かれていた。

出張中になにかあったんだ! ちゃんと相談していればよかった、全部共有していればよかった。

社長と編集長はどう出るのだろうか? と、彼らがその手紙に目を通すのを横目で見た。

はじめに気づいたのは女副社長だった。手紙を凝視し読み終えると、何も言わずにぶっきらぼうに社長の机に置いて、仕事に戻った。

社長はコーヒーを飲んだり外を眺めたりしたあとにやっと手紙に気付き、手紙をじっと読むと、「これ、読んだか?」と狼狽えながら女副社長に聞いた。

「はい。読みましたよ、置いてあったから」
社長も、女副社長も、何でもないというふうに冷静を装ってしばらく作業していたが、段々と、これから何をしなければならないのか浮かんできたようで、「彼女に任せていたあの仕事はどうしよう」「彼女が居ないと英語のインタビューができない」とオロオロ、イライラし始めた。
私はそのオロオロ、イライラの影響を受けつつも、次の転職先が見つかるまで静かに仕事を進めた。

ある日やっと、私は次の就職先に内定した。しかし、時はまさに雑誌の入稿まで一刻を争う状況。せめて、この雑誌が完成するときまで仕事をして、月末くらいで区切りよく辞めたいな、という思いが芽生えていた。
それは、会社への奉仕心でも何でもなく、既に私が書いた原稿も数本あったので、「クレジットに自分の名前が載った本を出版したい」という下心だった。

両親に転職先が決まったことを報告した。
「おめでとう! じゃあ、今すぐに会社を辞められるな。」
「うーん、本当は、区切りよく月末で辞めたいんだけど…」
「何言ってんだ。お前、何されたか分かっているのか? そんなやりたい放題の会社に、義理立てする必要はない。そんなに馬鹿だとは思わなかった。そんな中途半端なこと言ってるなら、辞めなきゃいい。勝手にしろ」

そりゃ、明日にでも辞めたいけど、現場には現場の辞めづらい空気があるんだよ…私はモヤっとしたけれど、父の言っていることが正しいかも知れないと思い直して、「退職願いは2週間前にやること」というのを破り、転職先が決まった翌日に退職届を出すことにした。

出社してすぐ、女副社長に話しかけた。

ーーあの…すいません、ちょっと話があるんですけど。会社を辞めたいと思っていて。

女副社長は固まった。ハァ〜と肩を落とした。
「何でこのタイミング? 理由は?」

ーーえっと、社長の、セクハラがちょっと。

セクハラ、という言葉を出すと、女副社長はすぐに「そうですか。わかった、じゃ、今日付けで退職ということで」とぶっきらぼうに言って、社長に大声で報告した。

「ちょっと社長、彼女会社辞めるって。理由はセクハラ」

「セクハラ?! なぁーに言ってんだよ、勘違いするなよ、俺はそういうつもりでやったんじゃないぞ!」

呂律の回っていない社長はモフモフとそんなことを怒鳴った。

「もう、ちょっと、良いんですよ! 仕方ないじゃないですか、彼女がセクハラと受け取るなら」と女副社長。私は、当日きれいさっぱり辞められることになった。

社長はもはや会話ができる動物ではないので、女副社長に言った。

「ちょっと、聞いてください。社長の行動の内容。こういうのはあなたに聞かせておかないといけないと思うので」

「聞かせておかないと?」

女副社長が、私の言い回しに噛み付いた。意図せず、ひどく失礼な上から目線の言葉になってしまった。
普段だったら、すみません! と必死で訂正するところだったけれど、言葉尻を取って話を逸らすのは彼女の常套手段だったので、無視して話し出した。

時系列で話していき、二人きりになると抱きついたりしてくることや、頬にキスをされたという話、社長によると、AさんやBさんと裸の付き合いがあったそうで、その話を聞いて尚怖くなった、という話をした。

女副社長は話のところどころで、
「AさんBさんと裸で寝たっていうのは、流石に無いでしょう〜! 社長はいつも話を大きく話しちゃうから」
「まあ、セクハラの捉え方は人それぞれだからね。肩をちょっと触られただけで嫌っていう人も居るからね」と茶々を入れ、セクハラというものを認めたくないようだった。
私が話し終えたあとの彼女の反応は、「はい、分かりました」だった。

「おい! セクハラって何なんだよ、そんなつもりでやったんじゃないぞ?」

社長はまだ、私が「セクハラ」と言い出したことに呆れた、という態度で大声で話しかけてきた。

私は社長にも同じように時系列で説明してやろうと思い、筆談のための紙とペンを持って社長の机に置き、「エレベーターで」と筆を走らせると、社長は焦って「いや! いい、いい! もう分かった! 分かったよ!」と、やましい事でもあるかのように紙をグシャグシャと丸めてゴミ箱に捨てた。

今月ぶんの給料は翌月に入れます、とのことだった。
入社時から給料は手渡しだったので、「この口座に入金下さい」というメモを書いて、会社を出た。

これでは泣き寝入りなので、この件をセクハラとして公的機関を使って何か騒ぎたかった。
けれど、騒ぐためにも金が必要だし、公的機関は「物的証拠などがないと難しいですね〜しかもキスやハグだけでしょ?」という反応だったので諦めた。
私はこの件にこだわらないように日々を過ごそうと決めた。

社長からの手紙


あとは、翌月の給料日を待つのみ!


給料日の3日ほど前だっだろうか、一通の封筒が届いた。見慣れた、社長の手書きの字だ。何だろう、給料明細か何かかな? すべてを終えた私は、ルンルンと封を開けた。

「給料の分割支払い」
「一方的な業務放棄の退職」
「業務を遂行してください」


ホア??????

予想外の内容に、サーっと血の気が引いた。
“一方的な業務放棄”という名目で、無理な期間に無理な仕事量の押し付け。
給料の計算方法も、意味不明な計算で実際よりかなり少なく書かれていた。

辞めた同僚にすぐ連絡してみたところ、彼女にも手紙が届いていた。しかも同僚宛の手紙はさらにひどい内容で、「期限内に仕事を終えられなければ損害賠償請求をする」と書いてあった。

すぐに会社との金銭トラブルなどを相談できる公的機関を探して、事情を説明した。
「会社の場所によって管轄が違うので、週明けにxxxの労働局に相談してください」という運びになった。
もうとってもややこしい話になった。私はもう疲弊していた。私だけでは対応できないだろう、と、親が同行してくれることになった。また、同僚も同日に相談に行くことに。

会社との勝負


xxxの労働局は、駅からすぐ近くだった。受付番号を取り、席に着く。他にほとんど人は居らず、閑散としていた。

担当者に経緯を説明すると、手紙にあった「中央労働監督官からの指示」という文面には「なんだこれ? こんな部署無いし、送らないよ」とのことだった。社長たちは、嘘の機関をでっちあげて、手紙を寄越していたのだ。


そしてもちろん、文面の内容もめちゃくちゃ。
こんなにも相手を負かす条件が揃っているにも関わらず、私たちはすぐに対抗して何か動くということはできなかった。
労働局には"注意"をする機能しかないし、会社に突っぱねられたらそれで終わり。
弁護士を雇うにしても費用がかかるし、動いてもらうのは難しいのだそう。
それなら無料の法律相談窓口や法テラスなんかの利用はどうかというと、簡単に査定してもらうと、ギリギリ受けられなかった。

私たちは担当者の指示に従って、「給与が未払いです。一週間以内に支払ってください、さもないと労働監督署に申告します」という旨の手紙を書いた。
なにか一字でもミスがあると、あちらに弁護士がついている場合に無効だとか名誉毀損だとか、イチャモンをつけられる可能性があるのだそう。
これはこうだ、ああだと何度も担当者と推敲して印刷して、何度目かで完成したその手紙を封に入れ、「配達証明」で送った。社長のいう「不履行の仕事」やらは放棄した。

相手はどんなに焦るだろうかと期待に胸を膨らませた。

公的機関のミス


配達証明の日にちから一週間が過ぎた。私たちの指定した残りの給与は、支払われなかった。

あれ? おかしいな、相手には強力なバックでもついて居るのだろうか。監督署に申告されても良いのだろうか。私は不安な気持ちになった。

私はまた親に同行してもらい、労働局に足を運んだ。
「あのね、すいませんね、ちょっと説明しなきゃいけないことがあって…」
労働局の担当者によると、私たちが会社に送った手紙は"無効"に近かった、とのことだった。

私たちが送った手紙の内容は、「未払い分の給与を振込しろ」というもの。
しかし、私たちは給与をずっと〝手渡し〟で受け取っていたため、こちらが振込と言っても、会社が「いや、ウチは手渡しだから、給料日に取りに来なかったのが悪いんだ」と言われたら、そちらが正しいのだそう。

これからまた、「手渡しで受け取りにいきます」という手紙を作り直すことも可能だが、手間や日にちなどを考慮すると、会社が指定している翌月を待つほうが良いだろう、とのことだった。
近年は銀行振込が増えているだけで、給与の支払い方法の労基的な原則は手渡しなのだそう。
そして、給与の支払い方法について契約書などで明文化はされていなかったけれど、手渡しで貰っていた「実績」が、規則になってしまうのだという。

「いやー、給料手渡しだったなんて聞いてなかったからねえ!」
当初、労働局の担当者は、「言わなかったあなたたちが悪い!」という開き直った態度でこちらをまくし立てた。
もう、会社とケリをつけたいだけなのに、相談先とまでモヤッとしたくないよ! めんどうくさい。

担当者は親に、「ちょっと会社に試しに電話をしてみてくれないか」と言った。父が会社に電話をかけてくれた。スピーカーフォンにする。電話口には、女副社長が出た。

「その案件はすべて社長がやっていることですので分かりません」と言われ、それなら社長と話がしたいというと、「社長は耳が聞こえず対応ができないので書面でやりとりしてくれ」。うまい。取り付く島も無かった。

結局、会社が指定する翌月に、少なく計算された未払い分の振込を大人しく待つことになった。完全に、会社の意向に準ずる形になった。

労働局の担当者は、先程の態度とは打って変わって、申し訳ありません、本当に、私の不注意で、といったことを頭を下げながら言った。
父は、「いやあ、よくあることですから」と言った。帰り際、担当者はずっと頭を下げて私たちを見送った。

非常に悔しかったけれど、逃げ方、すり抜け方、法律の道の通り方が、会社側は何枚もうわてすぎて、「すごいな」という感想が湧いてしまうほどだった。

受け継がれるセクハラ


「ねえ」
同僚からメールのスクリーンショットが送られてきた。
それは、現在新しくこの忌まわしい会社に入社したと思われる女性からだった。

内容は、「色々なことがあり、会社に不信感を持っています。何かご存知でしたら教えて頂けたら幸いです」といったものだった。

私が以前勤めていた人に連絡をしたように、新しい子も会社の内情を知ろうと、手がかりを探しているようだった。また、メールにはセクハラらしきことも揶揄されていた。

しかし、こちらから全てを話してしまうと、会社側から名誉毀損や業務妨害で訴えられかねない。同僚は弁護士に相談して進行中の話だし、こちらから動くとマズイらしく、"何も話さないほうが良い"ということになった。
同僚はその子に、お力になれず申し訳ありません、といった文面のメールを送信した。
その後、現職の女の子がどうしたかは分からない。


できることはすべてしたつもりだった。
当時ちょうど #Metoo 全盛期だったので、わたしも名誉毀損覚悟でツイッターにあげたりnoteに書いたりもしてみた。
けれど、特に注目されなかったし誰の目にも留まっていないようだった。
「発信力や影響力がない」私が、「キスやハグをされてお泊まりに何度も誘われた程度」で、「無名な会社の無名な社長」のしたことなんて、誰も見向きはしてくれないのだ。

会社名を調べてみたら、まだのうのうと会社を運営しているようだった。
確実に、食い物にされている女の子がいるだろう。
私は、マイナビなどに求人が出るたびに「この会社とこんな騒動がありました、セクハラが横行しています」と掲載先にメッセージを送ったり、会社の評価サイトに★ひとつをつけて悪評(事実!)を書いたり(笑)したけれど、
求人が非公開になることもなかったし、悪評が審査を通って掲載されることもなかった。
私はもう、会社を痛い目に合わせることを諦めた。

世間でセクハラが表沙汰になるたびに、私の社長に対する怒りは当時と同じくらいの熱量でぶり返した。

私は別に、「セクハラこわかったんですう、か弱かったんですう」とアピールしたいわけじゃない。

社長とかセクハラに対して感じているのは「キモいことしやがって」という怒りで、あとは「雇用をなしにされるかもしれない」「また無職になるかもしれない」「また親に仕事を続けられなかったことを見られる」という恐怖
それと、どこからどこまでがセクハラで、どこまでが私の過敏反応なのかわからない曖昧さの不安だった。

もう数年も前のことだ! ずっとくよくよ引きずって、キスやハグ程度のことで。
その環境を選んだのは自分だ。

そうして客観的に見ようとしても、私はまだ彼への「苦しんで苦しんで死ね、消えろ」という強い怒りを抑えることができない。

私が書いた原稿が載っている雑誌はWEBで購入できるので、物好きな人がいたらぜひクソ会社の売上に貢献してクリ~★

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