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「残業100時間以上しても構わないので、異動させてください」

がくさんです。

【課長面談】

大学卒業後に
東京都特別区に入庁し、

子育て支援課に配属となり、
公務員としてのキャリアを
スタートしました。

私が勤務していた役所の通例では、


新人職員は4年で2箇所を
経験するものと決まっています。

3年間同じ部署だったら、
4年目は異動が原則。

※最初の部署に関する記事はこちら


毎年12月頃に課長との面談があります。
4年目の異動希望について、話をしました。


第一希望から第五希望まで
書くことができます。


異動希望先を全て書いて、
その理由もしっかり書きました。

私の第一希望は経営支援課でした。

福祉の分野とは真逆の領域の業務を通じて、
産業活性化に取り組みたいと思っていました。

【課長の一言】

「4年目も引き続きお願いしたいです」


こう言われました。

当時、担当業務のシステム改修の
タイミングもあり、その対応を
お願いしたいと。

4年目以降、

別の部署で新しい仕事が
できると思っていました。

その言葉を聞いた時、
一瞬だけ思考停止しました。

そして、

私「残業100時間以上しても構いません」

私「経営支援業務に携わりたいので、
異動させてください」


こう話しました。
(生意気な若手職員ですね)

課長「話はわかりました」

課長「ただどうなるかはわからないからね」


そう言われて
面談が終わりました。

落ち込んだ状態のまま、
年末年始を迎えました。

【呼び出し】

年明けの1月下旬頃、

子育て支援部長から呼び出しを受けました。
何事かと思いつつ、部長室に入りました。


課長も同席していました。

部長「経済産業省への派遣の話がある」

部長「いくか?」

私「行きます。行かせてください」

即答でした。

鳥肌が立ちました。


異動はないだろうと思っていました。


国の仕事のことは
全く分かっていませんでした。

これまでも先輩職員が2年交代で
派遣に行っておりましたが、


これからいく配属先への派遣は
私が初めてとなるとのことで、
どんなことになるのかもわからない。


多分しんどい業務にもなると思う、
と言われました。

完全に現状の外側、

なんの躊躇もなく

私「やります」



とだけ答えました。

私の心「俺ならいける、大丈夫」


その日の帰り道、

「よっしゃ―!!」

と叫んだのを覚えています。



※ちなみに本当に100時間残業していました。
(もっとハードワーカーな人はいるかと思いますが・・・)


それまでの人生の中で、



最もエフィカシーの高い瞬間でした。



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