バイト先のノンケを好きになった話(前編)
店内にはあいみょんの「君はロックを聴かない」が流れている。大学2年生になり始めたカラオケのバイト。ピロリンという音とともにフライドポテトとメロンソーダの注文が入る。素早くタイマーをセットしてフライドポテトを揚げ物エリアにぶち込み、メロンソーダをドリンクバーからコップに入れ客に持っていく。厨房に戻ってポテトが揚がるのをじっと待つ。
じわじわじわ。じゅーじゅー。ぱりぱりぱり。油が踊り狂っているかのように音を立てる。2分30秒、29、28、27。私はボーッとしながらタイマーの秒数が小さくなっていくのを見る。このままシフト終わりの時間までタイムスキップしてしまえばいいのに。まあ、ポテトだけ揚げるだけの楽なバイトなんてないよな。そんなことを考えていると
「なあなありょうすけー!!昨日のサッカー観た!?すごかったよな!日本ってあんなに強かったっけ??マジやべーよ!」
と興奮を抑えられないように大きな声が突然厨房に響いた。
「びっくりした〜。ダイスケか。あー昨日の試合すごかったね。観たよ。まさか日本が勝つなんて思わなかったよ。」
「ごめんごめん。りょうすけは絶対試合観てるって思ったからさ。」
こいつはダイスケ。バイト先で唯一の同い年。彼の性格を端的に説明すれば、世話焼き。爽やか。いいやつ。そんな感じの好青年だ。私が仕事で困った時は「しょうがないな〜りょうすけにはとっておきの効率的なやりかた教えてやるよ。」といって誰よりも丁寧に仕事を教えてくれたし、嫌な客が来たときは頼んでもないのにスッと出てきて接客を代わってくれた。
その年はサッカーのワールドカップが開催され、世間は連日放送される日本代表の試合で盛り上がっていた。その年の日本代表は強かった。最終的に予選グループリーグを勝ち残り、ベルギー戦で2点先制したものの、凄まじい攻防の末逆転負けを喫してベスト16という結果を残した。
ダイスケは私の教育係として同じシフトに入れられていたため、客がいない暇な時間は彼と話すことが多かった。彼とは同い年というのもあって共通の話題はたくさんあった。受けてる授業が退屈だの、バイトの◯◯さんがどういう人だの、高校時代はどういう青春を過ごしただの。私達が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。私がバイト先の近くに一人暮らしをしていることを知ると
「マジで!?昨日の試合観たって言ったよな?次の試合の日さ、丁度シフト被ってるしりょうすけの家で一緒にワールドカップ観ようよ。いい?」
「え、別にいいけど。俺たちのシフトってだいたい試合が始まるくらいに終わるもんね。」
「確かに、シフトも店長にいえば20分くらいは早めてくれるよ。そしたらお酒でも買ってつまみでも食べながら見ようぜ!」
「分かった。じゃあそうしよう。」
「よーし、じゃあちゃんと部屋の掃除しておけよ?笑」
「いつも綺麗だから大丈夫です。まあ、一応掃除するけどね。」
こうしてダイスケとバイト終わりにサッカーの試合を一緒に観るようになった。そういえばバイト先の人を家に呼ぶのは初めてだな。
試合開始のホイッスルが鳴る。バイトはダイスケの提案の通り店長が融通を利かせてくれて開始時間に余裕で間に合った。
「この前は日本の中盤がめっちゃいい動きをしてたけど、今回の相手はMFに◯◯っていうキレキレのドリブルと良いパスするやつがいるからそいつ抑えればいけそうだなー。いや、苦戦するかなー。」
ダイスケはサッカーを高校まで続けていたのもあってさすがに詳しい。私はワールドカップやオリンピックくらいしかサッカーの試合を見ることがないニワカ中のニワカなので、だよなー。確かに。と話をなんとなく合わせていた。
試合中盤にもなると酒が回ってきているのもあり、叫びすぎて隣の人に怒られそうなくらいには大きな声で応援していた。
「あーーーっっ!!!!!惜しい!!なんでそれ外すんだよー!!!」
悔しそうなダイスケ。
「あーーーー。あと30センチ内側なら入ってたね。」
それっぽい言葉でダイスケに合わせる。
そのときは突然やってきた。
「え、めっちゃ良いパス。繋がった!」
「行け行け・・・決めろ・・・。」
センターラインの味方DFから鮮やかな縦パスが入る。それを受けた選手がペナルティエリアに切り込む。相手のDFをかわし、FWにパス。1人かわしてシュート。
「うおおおおおお!!!!!決めた!!!!決めた!!!」
決まった。ゴールだ。
「マジ!?今のシュートやばくない???本当に人間!?」
「今年の日本代表は違うぞーーーーーーーー!!!!」
飛び跳ね、今までにないくらいの大声で叫ぶ私とダイスケ。
「やっったああああああああああ!!!!」
2人で飛び跳ねた後、私をいつの間にか床に背をついていた。
ダイスケが私に抱きついている。
テレビから聞こえてくるサポーターの歓声、彼の嬉しそうな顔、声、背中に回される手、驚きながらもとりあえず抱きしめ返す私。トゥンク。心臓の鼓動する音が耳の近くで高鳴る。これは・・・。まずいやつだぞ。
その日、日本代表は勝利した。そして私はあっけなく恋に落ちた。自分でもこんなにチョロい形で恋に落ちるとは思わなかった。少女漫画かよ。トゥンク、じゃねえよ。
試合中相手のペナルティエリアにドリブルで切り込んだり、パスが繋がったりするたびにダイスケは抱きつくモーションに入り、決まりそうになればなるほど距離は近づいてくる。そしてシュートが外れると抱きつきモーションが急にキャンセルされ残念そうに声を上げる。気が気ではない。私は受け止めモーションに入っているのに。
最初のうちは本当に試合を楽しんでいたのだが、彼が抱きついてくるのを期待してシュートが決まるように、と願うようになった。私と彼が触れられる機会は日本代表に委ねられている。香川、柴崎、原口、岡崎。誰でもいいからシュートを決めてくれ、そして勝ってくれ。頼む。と本気で祈っていた。愚かすぎるだろ。
試合が終わると、2人とも酒が回り切ってベロベロである。ダイスケも私もほろ酔い白いサワー味をを1缶しか飲んでいないのに。
酔ったダイスケと私はベロベロになりながら床に寝ていた。
「うーわ。ダメだ。こんなに酔うの久しぶりかも〜。」
「俺も。ちょっと盛り上がりすぎたね。大丈夫?」
「おう。平気平気。いや〜楽しかったな〜。今年のワールドカップおもろいわ〜。」
「ね。面白いね。」
天井を見ながら感想を言い合う。大学生が1人暮らしで住む1Rの部屋は狭い。私と彼は40センチも離れていない。
「あ、ちょっとトイレ行ってくるね。酒飲むとトイレ近くなるんだよね。」
と立ち上がろうとしたときダイスケの手が私の足を捕まえた。
「ダメ!俺が先に行く!お前がいうから行きたくなった。」
「なんでだよ!離せwそんなにトイレ行きたいのかよ!」
「行きたい!」
「じゃあ先行けよ。」
「ありがと(笑)」
私の肩に思いっきり体重を乗っけて立ち上がるダイスケ。どんないちゃいちゃだよ。と思いつつ、内心めちゃくちゃドキドキしていた。私はこんなに単純なやつだったのか。背中と肩に彼の手の感触がはっきり残っている。
それからというもの、私とダイスケは試合がある度にアパートに集合した。日本戦以外にも日本と当たる国の試合を見たりしていたが、日本代表が勝ち続ける限り、彼と一緒にいられる理由ができるのであった。
(続く)
↓続き↓
ゲイとして生きていく④〜バイト先のノンケを好きになった話(後編)
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