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1年でピザ窯をつくった話 5 「屋根を作ろう」

雨垂れ石を穿つ(あまだれ いし を うがつ)
ということわざがある。

「小さな努力でもコツコツと根気よく続けていれば、最後には成功しますよ」という意味なのだけれど、直接的な「雨の小さな雫でも、何度も同じ場所に当てると石にも穴を開けてしまう」という状況は、野外でピザ窯を作ろうとする身からすれば、ちょっとした脅威だ。

参考にしている「DIYでピザ窯を作る本」にも

ピザ窯は乾燥した状態でその性能が発揮されるものであり、湿った窯は温めるのに時間がかかるだけでなく、確実にパワーダウンする
ピザ窯を使用して1年半。雨ざらしの湿った耐火モルタルに加えた度重なる熱で、耐火キャスタブルで作った焼きどこがまっぷたつに…。 

と窯に屋根をつけることは強く推奨されている。
メインの窯作りを進める前に、僕たちは屋根を作ることにした。

ただ餃子を喰べただけの男

6月16日。
季節は梅雨に突入していた。

前回から約1ヶ月ぶりの妻のご実家。
裏の倉庫に行くと、親方(義父)がペンチやドライバーなどの道具が雑然と置かれたテーブルから、ペラッと紙を1枚出してきた。

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「こんな感じで作り方考えてみたけど」

で、出来ている…。

そこには、支柱に加え、側板・背板の寸法や必要な数量など、これから考えようとしていた屋根の作り方のアイデアがすでに描かれていた。

「そこに古い木材が何本かあるから、お昼食べた後に切ってみたら?」

親方に早々にアドバンテージを取られてしまった僕。

「そうですね!やります!」

相変わらず返事だけは一丁前だ。午後には何とか出来るところを見せなければと考えながら昼食を済ませ、作業着に着替え終わった直後にそれは起こった。謎の腰痛に襲われたのである。

「イテテ…」

片側の腰が急に痛くなってしまった。腹痛は無いので、昼食が原因という訳では無さそうだ。立っているのが辛くなってきたので、座りながら腰をさすっていると、妻や義父母が心配してくれ、和室に布団が敷かれ、横になって少し休むことになった。
ちなみに、自分の名誉のために言うと、決して仮病ではない。本当に…。ちょうど数日前から飲み始めた薬があり、その副作用が「人によっては筋肉痛の様な症状になる」というものだったので、もしかしたらそれが原因かもしれない。(この薬はすぐに飲むのを止めた)

気づくと3時間ほど眠ってしまっていた。

いくらかマシになった腰に手を当てながら身体を起こし、再び倉庫へ顔を出すと、ノコギリできれいに切断された古材の柱が並べられていた。しかもサンダーで磨かれ、木の表面に防腐剤もしっかりと塗られている。

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で、出来ている…。

どうやら妻が1人でやってくれていたらしい。「大丈夫?」と心配してくれてはいたが、作業用ゴーグルの奥の眼光が鋭い。本心は「コイツ大丈夫か?」と思っていたのかもしれない。思えばこの日からだろうか。妻から時折「クソじじい」と言うあだ名で呼ばれるようになったのは…。
※妻からは他にもいくつかあだ名が付けられているが、それはまた別の機会に

ともかく僕はこの日何もしないまま作業は終了し、次回は足りなかった木材など残りの材料買いに行こうということになった。

そのままの流れで夕食をご馳走になる。妖精様(義母)が焼いてくれたばかりのホワイト餃子が出てきた。
ホワイト餃子をご存知だろうか。丸っこい俵のような形状の肉厚の皮に包まれた餃子で、油をたっぷり使って焼くことで、外の皮はパリパリしながら中はモチモチで食べ応えがある。

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ご実家の食卓で出されるまで縁が無かったのだが、元々の餃子好きも相まって、今ではすっかりハマってしまった。僕が最初に食べた時のリアクションが大きかったのか、過去に義父が運転する車に連れられ、義母と妻の4人で千葉の野田本店まで食べに行ったこともある。
いつもであれば、かぶりついてしまうほど大好きなホワイト餃子。しかし、今日に限っては、親方と妻に作業を進めてもらった不甲斐なさも感じつつ、おちょぼ口で慎ましやかに食べた。

材料をそろえる

7月15日。
さらに1ヶ月経った。

この日は日曜日。前日の土曜から泊まらせていただき、朝食後に車2台で近所のホームセンターへ向かった。

乗用車には、義母と妻。
小型トラックには、親方と僕だ。

車中は義父と義理息子という関係だが、2人でも特に気まずいということはなく「あそこの家には天文台があるんだよ」などとバスガイドの様に案内してもらったり、とりとめのない会話が結構楽しい。

20分ほどでホームセンターに到着。今回はトラックで来たのもあり、木材や波板、レンガなど普段の乗用車では乗せられない材料を買い込んだ。

<買ったもの>
木材(追加分/ちなみに杉)
・羽子板付沓石(はごいたつき くついし)
 →支柱を立てる時の基礎石。
・L型金具
 →防腐剤を塗った支柱の茶色に合わせて黒色を選択
・ビス
・ポリカーボネート波板
 →屋根に使用。両面耐候という紫外線に強いものを選択
・耐火レンガ
 →すぐには使用しないが、16個ほど購入

計22,000円ほどかかった。なかなか高い出費だ。

いつもピザ窯の材料を買うときに思うのは、ただピザを食べるだけであれば、スーパーで冷凍を買ったり、デリバリーした方が正直安く済むという事実。当初は全予算を5万円くらいの上限に決めていた気がするけれど、いつしか考えない様なった。決めたところでオーバーする可能性もあるし、それで窮屈になるのはちょっと違うかなと。その場その場でなるべく安く良いものを選びつつ、あくまでも仕事ではなく趣味なので、ある程度はゆるくして好きにやろうと決めた。

「これはロマンなんだ。ロマンに値段は付けられないんだ。」

そう、自分に言い聞かせている。
十中八九、こういう人がギャンブルを始めると破産するだろう。

柱を立てる

ご実家に戻り、着替えて準備をする。
幸い、腰はあれから何ともなくて助かった。

昔話の桃太郎の「おじいさんは芝刈りに…」のくだりではないけれど、妻は倉庫の掃除。親方は愛犬メリーちゃん(シェパード)の散歩。妖精様は庭いじりをするとのことで、この日は1人で作業を進めることになった。

先日妻がやってくれた作業と同様に、買ってきた木材を切断し、防腐剤を塗布してしばらくの間、乾燥させる。

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乾いたら羽子板付沓石の上に支柱を4本立てていく。
ちなみにこの羽子板というのは、沓石から垂直に飛び出た鉄板のことを指す。この鉄板にビス止め用の穴が空いているので、木材を乗せて打ち込むことで固定される。

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4本の支柱を立てた後は、脚立を使って柱と柱の上部に木を通していく。その際きちんと平行になる様に水平器を使い、接続部分を金具で止めていく。

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1回やり方さえ覚えてしまえば、後は繰り返すだけなので後半なるにつれて楽になっていく。

途中、妖精様が切ってくれたスイカや柿を食べて涼を取りつつ、屋根の部分の骨組みまでは一気に進めることができた。

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我ながら今日はよくやれたのではないかと思いつつ、この前のことを考えるとプラスマイナスゼロか。まぁ、それでも前進したから良しとしよう。

雨垂れ石を穿つ。

このピザ窯にも言えるのかもしれない。完成を目指し、地道に少しずつ工程を進めていく。きっと自作の窯で焼いたピザは美味いはずだ。

夏のお約束

片付けをして、お風呂に入らせていただいた後、夕食をご馳走になる。
今回出てきたのは妖精様が揚げてくれた大量の天ぷら。ちなみに前日の夕食はすき焼きお寿司だった。「これぞ和食!」という感じでテンションの上がるラインナップだ。

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ホワイト餃子の時とは違い、今日はちゃんと働いたぞという自負から、かつて「天ぷらは親の仇のように食え」という名言を残した池波正太郎の如く、遠慮なくバクバクと頬張る。最高だ!季節も夏に近づき、ビールも一段と美味く感じる。年中美味しく呑んでいる気もするけど。

食卓の会話で、親方から「暑くなってきたし、今度庭でBBQやろうよ」とお誘いいただいた。友人も誘っても良いとのことだったので、元同僚の友人数名に連絡したところ、すぐに快諾の返事が来た。

妻のご実家に友人たちが遊びに来る。
なかなかレアなシチュエーションだけど、想像するだけで何だかワクワクしてきた。

もうすぐ梅雨が明ける。
夏がそこまで来ていた。

(つづく)

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