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アウェイ上等、スルーしない覚悟のマイライフ

「その気持ち、シェアしよう」と呼びかけてくるFacebookのホーム画面に萎える。シェアできるお気持ち、ねーから。そういえば、某青春ドラマの「オメーの席ねーから!」という過激なセリフが流行ったのは二〇〇〇年代後半のことだった。通学バスの最後尾を陣取り「席ねーから!」「ねーから!」と爆笑する女子集団から逃れ、高校一年の私は二つ折りの携帯電話をお守りのように握りしめていた。

 当時何より恐れていたのは、「KY(空気読めないダルい奴)」のレッテルを貼られて孤立すること。あれから十三年、私は「お気持ち」を表明しては孤立し、そのやるせなさに心底参っている。

 あるオンライン飲み会に参加した際、年配男性Aが連発するセクハラや性差別発言(女装男性をネタにして笑う等)に辟易し、私は度々反論を挟んだ。画面に映る自分の目は、怒りのあまり、塗り潰したように真っ黒だった。

 終了後、A氏不在のLINEグループには一様に「楽しかったです! また!」という感想が絵文字付きで並んだ。私は一旦その流れに従ったものの、腹痛でトイレを出られないまま、日付も変わった頃、ついに次のようなメッセージをグループトークに投下した。「正直Aさんの発言はしんどかったです」「もし他に苦しかった人がいたら、守り切れなくてすいません。次はより心地よい会にしたいですね(返信のお気遣い不要です)」。そしてようやくトイレを出た。

 だが、予想だにしない展開が待っていた。「あの世代の人は仕方ない」「気にしないで」とたしなめる年上の知人たち。その中には、性的マイノリティであることを全員に公表している方もいた。「無駄にダメージ受けないで~」。無駄な怒りは手放し、違和感を受け流すこと。それは、彼らが実人生で傷つきながら開発した「処世術」だと容易に想像できた。その説得力の大きさを前に、私は黙るほかなかった。

 過去に受けたセクハラやパワハラを思い出す度、私が耐えられない気持ちになるのは、傍観者の存在だ。誰にも助けてもらえなかったこと、全員に気づかないふりをされたこと、私自身に原因があるかのように笑われたこと。だからこそ、自分がそういった場面に居合わせたら、被害者を「絶対独りにしない!」と固く決意していた。でも目の前の現実はどうか? 怒りもろとも無様に空回り。過去の傷は癒えず、思い出す度にただれていく。

 一体どうすればよかったのか。翌日も泣き崩れていた私に、友人は助言した。「スルースキルを身につけないと」。正論だ。でもなぜこの期に及んで、こちらが「スキルを学ぶ」側なのか?「スルーする空気」に私自身が潰され、殺されてきたというのに。スルーは過去の自分を裏切る行為だからできない、とまた涙があふれた。同時に笑えてきた。少数者を踏み潰すアウェイな人を注意しにいったら、逆に自分が「空気読めない困った人」になり果てるとは。立派だな、みんな「社会化」されてるんだな、と皮肉を吐くのが精一杯だった。

 心折れていた八月末、私はTBSラジオ「文化系トークラジオ Life」の外伝(ラジオクラウド限定配信)にリモート出演することになった。普段から愛聴している深夜番組だが、今回は女性出演者が多数の異色な回だった。テーマは「アウェイはつらいよ」。

 生放送の様子は、毎回ツイキャスで同時中継される。女性パーソナリティ勢揃いのスタジオの光景は新鮮で、「かわいい!」「みんな可愛い」と容姿への言及がコメント欄に続々と流れた。途端に違和感を覚えた。唐突で無防備な反応が怖い。「女性陣が画面に映るからなのか、ルッキズム寄りなコメントが多くてどきどきしてしまう……」。私はこわごわ注意喚起のコメントを書き込んだ。女性多数の場だからこそ、初めて口にできた疑問でもあった。

 また孤立してしまうかも、と身構えていた私に、リスナーさんからリプライが飛んできた。「文月さんの指摘にハッとしました」「次は自分から勇気を持ちたいです」。泣き出しそうになる。もしスルーされていたら、今度こそ立ち直れなかった。Life公式Twitterですぐ告示が出たことも救いだった。ありがとう、私を独りにしないでくれて。

「オメーの席ねーから」元ネタの原作漫画『ライフ』は、いじめと闘う少女の強い瞳が印象的な作品だった。夜ごとすがる思いで『ライフ』を読みふけった十五歳の自分に伝えたい。アウェイになる勇気と、この世に踏み留まる意志さえあれば、あなたの席は在り続けると。そうだ、誰にも奪わせはしない。

*初出:「ケトル」Vol.56 2020年10月発売号
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●エッセイ〈回遊思考〉、カルチャー誌「ケトル」にて連載中です。
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*12/15発売のvol.57〈いくえみ綾 特集〉をもって、「ケトル」は休刊となります。本連載の最終回も掲載されています。

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