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扉の向こう

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#自由詩

「足音」

「足音」

もうすぐ冬がやってくる
君と出逢った季節だ
澄んだ空気と太陽が
僕らを結び
ツグミが静かに祝福の舞いを
踊っていた

僕らの記憶は曖昧で
細かく刻んだ365日と
いつも
距離を置いていた
そうして
風の足音を聞いていた

ぼんやりとした
風景の中で
ふたりは互いに
笑い合えば
それはいつでも
記念日になった

刹那の巡りで
回転木馬はまわり続け
永遠の一瞬を
僕らは見つけた
地層の奥深く
深海の中

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「眼差し」

「眼差し」

君が君らしく
私が私らしく
暮らしている
この空間が好きだ

時折
君の寝息を
聴きながら
終着駅を知らない列車で
旅をしているふたりを
夜空に浮かべる

外で見せない顔も
さらけ出したあの日の
満月も
どの記憶を辿っても
最終的に
ふたりは互いを
受容していた

あの日偶然
君と出逢った

ほかの誰より
輝いていたとか
一目惚れとか
そういう
たぐいではなく

ふたりとも
そういうシンデレラ物語

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「重力」

時間には
重さがある。

わしはこの森で
時間と対話して暮らしてきた。
だから君らの云う
虚無感の波に襲われたことも
無気力の雨にさらされたこともなかった。
何気ない暮らしの
ほんのひと欠片に
どれだけ重さを感じられるか
それが肝なのだよ。

にっこりと笑って
私にそう教えてくれたのは
この島の日影の森にひっそりと住んでいる
影法師だった

ひとつの生命として
この世に生まれる前から
時間は人々の

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地平線のかなたへ

地平線のかなたへ

幸せということばは

とても曖昧だ

なんでもないような

偶然のめぐり合わせのような

絞り出した結晶のような

変幻自在な点滅の星

くすんだ空を見上げ

ごらん!そこらじゅう幸せでいっぱいだ!と

微笑む羊飼いもいれば

こんな世の中、良いことなんて何ひとつありゃしない!と

嘆き悲しむ世捨て人もいる

君は毎日

幸せになるための羽根を磨いていて

負の感情は

君の中の焼却炉で燃やして

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小さな神様

小さな神様

「小さな神様」

それは一編の詩のような映画だった。

雪が降っていた
サクッ。サクッ。
雪深く刻まれた足跡は
日の光の照らされ
命の鼓動のように
躍動して 儚げだ

まるでおとぎ話のような
懐かしいにおいのする森の近くに
都会からきた少年が引っ越してきた

神様を信じていない少年の前に
唐突に現れた
ミクロの神様

小さな神様は
ちいさな ちいさな願いを叶えてくれて
少年はよろこんだ

そんなあ

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ことば―ジャック・プレヴェールに捧ぐ

止むことのないような空の憂鬱は
物語より
ノンフィクションより
ことばの魔術師の
詩集がいい

海を越え
時を越えて
鳥が羽ばたき
心に還るような
透明なことばと
その余白

僕は
あなたの時代も
その風景も
絶望も
肉眼でみることが
できないけれど

そのことばから
茶目っ気と
風刺と
愛を
感じることができる

あなたが見たパリの暗闇と
ぼくの憂鬱は
同じではないけれど

太陽と月が
この上な

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「波の音」

「波の音」

幾つもの糸が
絡み合って
心が窮屈になってくると
玉ねぎをみじん切りにしなくても
ささいな場面を見ているだけで
涙は溢れる

心は
ほんのひと握りの
戸惑いさえ
丁寧に拾い集め
消化しきれない量を
抱え込んで
働いている

なにがどう悲しいのか
なにがどうして沈むのか

子供の頃
夕焼け空の帰り道
道端で転んで
傷口から赤い血がにじんで
ズキズキ痛くなって
泣いた。
その悲しみは
手のひらに降りた

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刹那

絶え間なく流れる河のように
時は過ぎて行く

それなのに
どうして
心の浮き沈みに
一喜一憂して
あたかもそれが
永遠の重しのように
わたしの肩は
頼りなくため息を
繰り返すのか

それは
甘えである

この身も蓋もない
自問自答に
わたしの心はかえって
笑ってしまった
むしろ笑い転げて
我に返った

この世界の
壮大なる悲劇も
華麗なる喜劇も
ひとつの生命にすぎない
陰と陽
光と影
そうして無数

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そら

そら

はじまりが
いつだったのか
定かではない

選択の紐は
風になびいていた

別の選択をしたわたしと
ここに居るわたし

もしも
それぞれが
選択の数だけ
わたしという別の人生を
歩いていたら
何処かで交わることは
あるのだろうか

顕微鏡に映らない心は
空と仲良しだ

空は
ここに存在しているすべてを
包み込んで
答えのない現実を
ただ見つめている

好き嫌いも
言葉もない
何かを
求めもしなけれ

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シンプルな時間

シンプルであること
シンプルになること

それが目下の課題だ

記憶は
休むまもなくはたらいていて
一糸乱れず
アタマの中で上書きされる
ある日の情熱さえ
ふと振り返ってみれば
ぼんやり霞んで
青春を仰いでいた
ふたりの影は
夕陽の空に溶けていった

子供のころの記憶は
無防備で残酷だ
いつかの夕焼けに
海岸でひとり佇む少女は
孤独と安らぎを感じていた

大人になると
記憶は
縮んだり
膨らんだり

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「秋」

街中が広告で溢れている
都会は
希望という未来を
人工的に作ろうとしていて
無機質な空を増殖させている
廃墟の街のようだ

いつからか
深呼吸のない未来と
距離を置くようになった

ふたりの暮らしは
都会から少し離れた
大きな公園のそばで
はじまった

とびきりの贅沢というと
余計なものを削ぎ落とし
シンプルで
ささやかで
そうして
静けさ

ことばにしない愛を
ふたりの空間が満たしたとき
沈黙は

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樹のこころ

樹のこころ

エネルギーが満ちているとき
空は明るく
とてつもなく肯定していて
たとえ
隣人が不機嫌な小雨だとしても
いっこうに気にならない

何かが足りないと
えらく自分の重力が気にかかっていると
空はどんより霞んでいて
肯定もしなければ
否定もしない
ただ曖昧に口を結んでいる

私の心模様は
幾度も
あの空にこだましていて
空は
何よりもその孤独を
受け止め
優しく還してくれる

足早に行き交う
人々の群衆

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ありふれた箱

ありふれた日常が
とても静かに
微笑んでいた

一輪一輪
小さな幸福の花びらは
わたしたちの暮らしの中に
溶け込み
それはまるで
ごく当たり前に
永遠に続いていくかのような
錯覚をさせてしまう

優しい日差しが
朝の食卓を照らし
旬の野菜で彩られた
サラダとスープと
真っ赤なトマトのスパゲッティを
口いっぱいにほおばる
君とわたし

10年前
ことばをいっぱい必要とした
ふたりだった

いまは

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「樹木」

「樹木」

出逢った頃より
あの頃よりも
あなたが、好きです。
なんて
面と向かってきみに、言えないけれど

時折のぞかせる
きみらしさに
花ひらく薔薇さえ敵わない
愛の雫が、私の頬を伝う

「君は、ほんとうの苦労を知らないね。
しあわせの量は、自分で作るんだよ。」

ふたりが出逢う前の
あなたを、私は知らない
けれど
軽はずみのない
沈黙を好み
時間をかけて、ことばに変換する姿を
肌で感じて
そうしてふたり

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