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ミスターががべこ

▼粗筋
僕の体の中にはルナという名前を持った一人の蜘蛛が寄生している。寄生という表現が正しいのかどうかはわからない。ルナはいつしか知性を持ち、人語を解し、僕の中から世界を見ていたらしい。

▼前回

https://note.com/fuuke/n/nf8ce67d529a7

それは落語家に嫁いだ女の話だった。

 落語家に嫁ぐ前の女は太平洋戦争を命からがら乗り越えたそうだった。

だけど確かに自分の命こそ助かったが、両親が、3人の兄弟が、赤子だった弟がみな死んでしまった。

唯一生き残ったらしい別の兄貴とは生き別れとなった。それも、兄貴の自主的な別れだ。疎開していた女のもとに生き残った兄貴が遠路はるばる来、その惨状を伝えたあと、自主的に―――女の風評を下げたくなかったのか、せっかく生き残った自分の命を価値がないとでも捉えていたのか―――その場を去った。

目の前には女が保護されていた家族があるのに頼らなかった。これが未成年の判断なのだろうか。

兄貴は後に的屋として生きていることが解ったらしい。後の結婚相手である落語家の親分格に諭され、家業を継いだらしい。

女が落語家に嫁ぐことになったのもこの家業が縁だった。親父が江戸和竿を造る人だった。

それまでの女の生き様はひどいものだった。いや、生き様というべきではなさそうだ。「生かされ方」というべきだろうか。だって勝手に実家に他国の飛行機から爆薬を落とされ、両親と兄たちと弟がそれに当たって焼かれて殺された。たまたま静岡に疎開していたから生き残った。

その後、各親戚の家をたらい回しにされ(どうして、家族をなくした戦後の子どもは必ずと言っていいほど「たらい回し」にされるのだろう?都会ではなく戦禍を喰らわなかった家庭でも、食べ物不足とかに苦しめられるのだろうか。それで電話や通信も発達していない時代に、「不遇の理由で預かることになってしまった子がうちにいるから、お前たちにも責任があるから次はお前たちが養え」という連絡だけは必死につけようとするのだろうか?何も明らかにはされないのだ)た。

たらい回しにされるだけならまだしも、理由はわからんがその親戚ごとの家に滞在することになるたびに、遺された家族の大切な遺品を譲り渡す羽目になったらしい……

それはお母さんの美しい着物だったり、思い出の品だった。唯一生き残ったその最後の兄から当時の状況を聞いた後は声すら出なくなったのに、生まれてこなければ良かったとすら実の親戚に揶揄された……

これはこの世の地獄なのではないだろうか。青春期に家族をすべて失う。もういない家族の思い出すら「自分が存在するための手数料」として消費される。

そうまでの生き方を強要され、その後は考え方が変わったのかも知れないが―――それまではとんでもない軍国少女だったという。本気で国が勝つと思い、徴兵だのなんだのは名誉なことであり、命を失うことは尊いと……

なくしてしまった家族もそのような考えでいたようだったので、無理からぬことなのかも知れない。死んだ別の兄貴たちも、死ぬ直前、最後に姿がみとめられた瞬間までは、もう空襲から逃げられないと悟り、自ら舌を噛んで死ぬべきだと家族に表明したらしい……

生きているために金になるものを支払わなければ、誰かが殺しに来るのだろうか。命より金のほうが価値があるのだろうか。僕は女の話を聞いた時に―――昔の事を思い出さざるを得なかった。

小ぎたない恋のはなしEx(50-5):ミスターががべこ


▼次回

▼謝辞
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