ゲームが好きだからこそゲームと離れるぼくら というマガの方、造る
ゲームが好きだからこそゲームと離れるぼくら という文の束を造りました。※2024/01/06にまた変えました
当初は「天穂のサクナヒメについて話す時にぼくが自然に思うこと」という題名でした。
ついでにこのサイトを使う理由だった、どうぶつの森ポケットキャンプの所感を書きまくる おマガ の方をすでに立ち上げてしまっており、さらにはelonaとその続編みたいな自由ゲーの所感を書きまくるおマガについても造っていた。
なんだけど、ぼくが最近手にした感覚である「箱庭現象」こそがぼくがゲームだけでなくアウトドア系YouTuber的な人々にも求めていたのだということがわかり、
このポケ森なんたらいうおマガのほうは、いい思い出として(なんと言ってもそれ以上物理的にゲームが続けられなくなり、任天堂の下請けかなにかのサーバの海の中にぼくが過ごした生活データの全てが沈んでいったのだ)消さずに残しておき、初期衝動としていつでも見れるようにしとけばいいのかなと思うようになりました。
elonaについても同様であり、現在elinのクラファンが軌道に乗り始め(注:クラファンがいま現在でもできるかどうかは不明)、ゲームの正式リリースが見えてきた(ぼくが所感を書いていたのはアーリーアクセス版です)以上、ぼくがやることはなにもないなとただ作者のNoaを応援するだけである。
https://www.kickstarter.com/projects/noacat/elin
またこの上記箱庭現象について、ゲーム上の世界だけでなく実写世界のYouTuberについても同じであることが理解できたのは、そもそもぼくが能動的ゲーマーではなく、牧場物語系なりこうしたどつ森なり、ファーミングシミュレーターなりゲーム実況を見ているだけで満足できてしまうタイプであることはかなりでかい素因であるように思える。
自分語りでなんだが、つまり画面の中にぼくが何ら関与しておらず、関与したくてもできもせず、しかしながら確実に「現象」として何らかの別生命体たちがそこで生活してるという事実にぼくはおそらく異様に「安心」をするのでしょう。
ぼくが箱庭現象に気づいたきっかけの1つであるこのYouTuberたちも、恐ろしく長く険しく孤独な道のり(しかしながらもちろんそれを楽しんでいるのだろう)を経て、下準備として生き物が住みやすい環境を造ったあとは、別に俺に感謝せず自由に暮らしてくれというスタンス(であるようにぼくには見えている)であるように思えるため、そこまで環境形成を極めきったとしても思うことは神にでもなった視点のような傲慢なものではなく、場所は提供したけど同位置、同目線でその後は共に行き続けるよというだけなことに安心した。
このようにゲームを手放してもその中に誰かがいたり、そもそもぼくが求めていたものがゲーム上のみで再現されなければならないものではなかったことに気づき、このおマガの方の題名をつけたのだろうと今は思っています。つけたのはたった数日前だけど、なんでこんな題名にしたんだろうと思った。たぶん些かのゲーム業界への失望みたいなもの、これまで遊んだことはあっけどどんどん課金うながし豚みたいな生き物に変容してしまうゲームを見た悲しみも込めたかったのだろうかと思える。ゲームファンももしかしたら見てくれるかも知れないが、ゲーム全肯定でいるのもまずいだろうという防衛本能がはたらいたのだろうか。
だけど、アウトプットごときに世間の目を気にしながら出力するなんて、人の顔色を伺いながらドアの音も立てずにおどおどと出社し、風のように帰っていくような生活と同じように何の実入りもない。純粋な発露ではないためである。
アウトプットに他者の目を気にする意味とはせいぜい相当センシティブな話題に切り込んでしまった場合(政治、宗教、LGBTQ、民族、戦争、野球とか……?)であり、それをやらないのであれば、つまり思想を二分するようなジャンルを扱わないのであればこちらはクリアできるのだ。
ぼくは少なくともいま挙げたおマガに関しては、誰かの思想を二分したり否定しようとするつもりで書いてはいない。大企業や国家みたいなものがある視点から見た際にあまりに一方的かつ身勝手な行動をとっていた場合は、自己防衛のために批判する必要があるだろう。それは別のおマガの方でやっている。一個ぐらいしかないけど
題名をぼくら、と単数じゃなくしてしまったのは賛同して欲しいとかでもなく、過去のぼくと今がかなり違うからなのだと思われる。考え方がかなり変わっただろうし、その全てに責任を持ちたくないぐらい参照先として(同意したり、ここには戻らないほうがいいだろうとか思うなりするために)逆に意味を持つように……なったのだろうか。以前アウトプットとは見返すことに意義があるとか言ってたのでたぶんそうなのでしょう。
ぼくは別に誰かと戦いたいわけではない。そんなことはこのサイトに流れ着いて以降、一度も希望したことがない。その被験者となってしまうことはいくらでもあった。
このサイト内ではいかなる場合でも返信行為をしていません。