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悲しみの上書き

オフィス。
 
女性三人。
 
「山崎先輩…」
 
隣の後輩の鈴木さんが、
私の机に付箋紙ふせんしを貼ってきた。
 
(何これ?)
 
可愛いハリネズミの付箋紙。
 
【平井さん恋人と別れちゃって、
 朝から元気がありません。
 仕事も手につかないみたいです。
 こっちの仕事も進みません。
 どうにかして下さい】
 
(そうなの?
 確かに平井さん、ぼぉ~っとしてる?
 って言うか、なんで私?!
 あなた幼なじみで同期でしょ!)
 
大仏の付箋紙に思いを書き殴り、
鈴木さんの机に貼り返した。
 
親友の鈴木さんが駄目なら、
 私にはどうにもできないわ。
 もしもの時は、
 平井さんに付き合って残業よ
 
(私じゃ無理だったから相談したのに~。
 え~嫌だ、残業~)
 
鈴木さんはまた付箋紙に書いて、
私の机に貼り付ける。
 
今度はハシビロコウの付箋紙
 
【先輩、メンタルケアリーダーですよね?
 社員の悩みひとつ解決できなくて、
 いいんですか~?】
 
(キー!何がムカつくって、
 このハシビロコウの顔が、
 言ってそうで腹立つわ~!
 わかったわよ!
 そこまで言うならやるわよ!)
 
「部長。
 私と鈴木と平井の3人で
 ミーティングルーム借りたいのですが?
「何だ?問題か?」
 
「ちょっと進捗しんちょくの優先順位に、
 認識のズレがあるみたいなので再確認を」
「そうか。空いてれば使っていいぞ」
 
「わかりました…3番いてますね。
 1時間ほど使わせてもらいます。
 ……ほら、2人とも、荷物持って。
 行くよ」

「はい!」 「…はい…」
 
ミーティングルーム3。
 
「で、説明して」
 
「平井ちゃん…私が言ってもいい?」
「…いいよ…」
 
「平井ちゃんは学生時代から
 お付き合いしてたこうくんと、
 昨日別れたんです
 
「そうなんだ。
 学生時代からって大学?」
「…はい…1年の春からです」
 
「じゃあ、5年かぁ…。
 それだけ長いお付き合いだと、
 色々あったでしょ?」
「はい」
 
「彼と何かあった時はどうしてたの?」
「喧嘩した時とかは、
 いつも鈴木さんに相談したりして、
 何とかしてきたんですけど…」
 
「今回は何があったの?」
彼が……新しい職場の人と…
 お付き合いし始めてて…

 
「…それって二股。
 浮気でしょ?
「はい、そうなんだと思います」
 
「どうしてわかったの?」
「昨日の会社の親睦会しんぼくかいで、
 どうやら彼の会社も、
 近くで飲み会だったみたいで、
 ちょうど私がお店を出た時、
 彼が女の人と手をつないでて
 
(幹事の部長~!ミスチョイス選択ミス!!)
 
「見ちゃったんだ」
「はい。
 そして仲良さそうに歩いて行くので、
 つい私、追いかけてしまって…」
 
「それは気になるからね」
「そしたら彼が急に通りの真ん中で、
 その人をギュッと…抱きしめて…
 何か嬉しそうに…言ってて…

 もう私…」
 
「平井さんいいよ、無理しなくて。
 それは辛かったね」
「…はぃ…」
 
「現場を目撃したから、
 その後、彼に確認取ったって…
 感じかな?」
「はい。
 でも、もうお前とは終わってるって…
 別れの言葉、その時…初めて…」
 
「大丈夫よ~無理しないで~」
「…はぃ」
 
「……平井さん、
 より…戻したい?」
 
平井さんは首を激しく振った。
 
「そう」
「…もう無理っぽいし、
 私の方がもう信じられなくて…。
 ただ急なことで、
 感情が冷静な考えに追いつけなくて…」
 
「まあ昨日の今日だしね」
「…鈴木さんにもたくさん
 愚痴ぐちを聞いて貰ったんですけど…」
 
「はい!たくさん聞きました!
 彼がドタキャンした時の話とか、
 デートに男友達連れてきた話とか、
 元彼が大阪旅行の途中で、
 帰っちゃった話
とか?」
「それは…むしろ…
 よく今まで我慢してきたわね?」
 
「私のアドバイスのおかげよね?」
「うん…」
 
「?……鈴木さん…
 そこ詳しく話してくれる?」
 
「え?!ああ、いいですよ!
 え~と、ドタキャンされた時は、
 私なんて…
 彼を1時間待った後に、
 キャンセルの連絡きたんだよって。

 あとデートに男友達連れてきたって
 話の時には、
 私なんか…
 彼が家族連れて来て、
 その時のご飯代全部払されたよって

「……」
 
「あと旅行の途中で、
 元彼が帰っちゃった話の時は、
 私は海外で置いていかれたんだよって
「……ハァ~。
 で、平井さんはそれ聞いてどう思った?」
 
「私は…
 私なんか、まだまだだなぁって。
 世の中にはもっと可哀想な人が
 いるんだと…

「これっ!!
 これよ!これっ!!」
 
「先輩、急になんですか?!」
「鈴木さん。
 あなたは相談された側なのに、
 どうして自分の話したの!」
 
「ええ~?!
 だって平井さんつらそうだから、
 私の苦労話でなごんでほしくて
「あなたはそういう気でも、
 平井さんはそう受け取ってないでしょ?」
 
「え?!そうなの?」
「あなた良かれと思ったんでしょうけど、
 それは、
 悲しみの上書きって言うの」
 
「悲しみの上書き?」
 
「そうよ。
 平井さんの辛い体験を、
 鈴木さんのさらに辛い話で消したの。

 そんなことはよくあるよ~、
 大したことではないよ~って。
 平井さん…
 元彼に謝ってもらったことある?
「…ありません」
 
「元彼は平井さんを辛抱強い女
 もしくは何をしても怒らない女と、
 思わせちゃったのかもね。
 悲しい気持ちや寂しい気持ちが、
 元彼には伝わってなかったんじゃない?

「そんなつもりじゃあ!
 ごめん!平井ちゃん!
 本当に、ごめん!!」
 
「大丈夫だよ。
 だっていつも話聞いてくれたし、
 そもそも悪いのはあの人なんだから。
 でも私…
 本当にあの人の…
 彼女だったのかな…私…」
 
「平井さん……」
「平井さん……」
 
つづく。


 このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。

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