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ふたしきの小説

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「ものかき筋トレ」作品たちです。 どうぞ読んでやってくださいませませ。 (ㅅ˙³˙)オネガイダカラサ
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#掌編小説

掌編小説『仮にそれを原初と呼ぶなら』

掌編小説『仮にそれを原初と呼ぶなら』

 それは風に乗る蒲公英の綿毛のように、ふわりふわりと舞い降りて、無色の世界に私を宿した。

 目の前を覆っていた霧が形や色を成して、遥か遠い現世を模る。
 気がつけば私は、草原に膝をついた状態で前方をぼんやりと見ていた。
 柔らかな草が腿をなでる。くすぐったい。立ちあがりながら自分の体を見やると、なにも身に着けていないことがわかった。
 深呼吸をする。青い匂い。風が最後の仕上げとばかりに、生まれた

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掌編小説『悔恨の靄』

掌編小説『悔恨の靄』

 私が異変に気付いたのは、夫の死体を運んでいるときだった。
 月のない良い夜だった。

 あたりは暗く、首から提げたペンダント式のライトが無ければ、まともに歩くこともできなかっただろう。十二月の夜気はどこまでも鋭く砥がれていて、夫の足首を掴む両手の感覚はとうに失われていた。
 死体を引きずる私の進路上に現れたのは、青白く光る靄だった。ライトの光が届かない距離にもかかわらず、靄は神秘的な光を纏ってい

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掌編小説『ただよりこわいものはなし』

掌編小説『ただよりこわいものはなし』

 ある日のことだ。
 私はいつものように、広場の片隅に屋台を設置した。人の姿はまばらで、それぞれが思い思いに休日の昼下がりを楽しんでいる。
 私が商品を陳列していると、高級そうな衣服を身にまとった、恰幅の良い男がやってきた。後ろをついて歩く使用人と思わしき青年は、気づかわし気に主人の額に浮かぶ汗をぬぐっている。
 その日初めてのお客とあって、私は張り切って接客に臨んだ。
「ようこそいらっしゃいまし

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掌編小説(23)『死活問題』

掌編小説(23)『死活問題』

「ごめん。俺、好きな人いるから」
「そうなんだ……じゃあ、仕方ない……よね」
「それに、君とは合わないと思うんだ。その——世界観が」
「なにそれ……」
 唖然とした表情の女子。これ以上かける言葉もないと思って、無言で立ち去った。なるべく早く、その場から離れたかったから。
 世界観が合わないというのは、別に言い訳のための抽象的表現というわけではない。
 幼い頃から何故か、俺には世界が歪んで見えた。

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掌編小説(22)『雨が止まないなら』

掌編小説(22)『雨が止まないなら』

 傘をひらけばいつも雨。
 それも土砂降り。
 傘をさそうがささまいが、どのみちびしょ濡れ。
 だから僕は傘を使わない。
 雨が降るなら降ればいい。たとえそれが止まない雨だとしても。

「あんたまたずぶ濡れじゃないの! 傘を使いなさいって言ってるじゃない!」
 お母さんが喚く。
「仕方ないよ。傘の中も雨なんだから」
「そんなわけないでしょ! いい加減うそはやめなさい!」
 僕はぐしょぐしょになった

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掌編小説(21)『クロミミとウォルナット』

掌編小説(21)『クロミミとウォルナット』

 風に吹かれた人形が、カタカタ音を立てました。
 パカっと開いた頭の蓋が、風の力で開いたり閉じたりを繰り返します。
 露天で売りに出されていた頃は、大きな飴を頭に入れられていましたが今は空っぽ。飴を失った人形は用無しとばかりに、道端に投げ捨てられてしまったのです。たまたまそこに生えていた、大きな胡桃の木の下に。

 偶然とは不思議なものです。それに、不思議であるからこそ偶然といえます。
 言い方を

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掌編小説(20)『選択する時間』

掌編小説(20)『選択する時間』

「お待ちのお客様、こちらにどうぞー」
 大学生くらいだろうか。明るい髪の色をしたスタッフの女の子が、こちらに向かって手をあげる。私は促されるままにカウンターへと歩み寄った。
「こちらからお選びください」
 彼女が二つ折りのメニューを広げる。最上段にはカラフルなドリンクの写真。限定商品らしい。その下には見慣れない単語がずらりと並んでいる。
 じっくり確認して、それらがサイズやトッピングというくくりで

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掌編小説(19)『風前の灯』

掌編小説(19)『風前の灯』

 気持ちよく昼寝していた私を誰かが揺り起した。
 夢の中でもちょうど誰かに呼び止められたところだったので、目が覚めたあと、現で私の肩をゆする呼び声の主が風の便りとわかるまで、少々の時間を有した。
「最近、妻の夢見が悪いようなんだ。見てやってくれないか」
 澄み切った森の空気に似つかわしくない曇り顔をして、風の便りは私の手を引いた。
 よほど気が急いているのか、風の便りは起き抜けの寝巻き姿のままだ。

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掌編小説(18)『根は腐らせぬよう』

掌編小説(18)『根は腐らせぬよう』

 深い深い森の奥。拓けた土地の中に、まばらに点在する人々の姿があった。人々は身じろぎもせず、朝日を一身に浴びている。遠目には、服を着た枯れ木のようにも見える。
 老若男女問わず、実に様々な人種が地に根を張っている。木こり、農夫、羊飼い、はては司祭にいたるまで。およそ数百ほどの人間は、薄くあけた眼で空を見つめている。
 憂いにまつろう人々は、その根が乾くまでここを去ることはできない。

 何日かぶり

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掌編小説(17)『夜半の邂逅』

掌編小説(17)『夜半の邂逅』

 ホーホー鳥が鳴いた。一度ならず二度も!
 こうしてはいられない。刻限は迫りつつある。
 戸口に立てかけた愛用の弓をつかみ取り、私は森を目指して走った。

     ◆

 予定通り、三日月の夜を選んで私は狩りに出た。
 夜目が利くほうではないが、そうも言ってはいられない。ホーホー鳥が鳴いたのだ。おちおち眠ってなどいられるものか。
 鬱蒼と生い茂る木々。枝葉をかき分けて進む。物音は立てない。相手は

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掌編小説(16)『降らす調べの送り風』

掌編小説(16)『降らす調べの送り風』

 風の名は知らない。
 そのひとつひとつに呼び名があることは承知していたが、ひゅうひゅうと嘯く彼らの言葉は私の枝葉を震わせるばかりで、ざわざわという音にすべてがかき消されてしまって、いつも何を聞き取ることもできなかった。

 春。
 どこからかふわりとやってきた風が、私に向かっておもむろに告げた。
「御身は知らねばならぬ。今はもう枯れゆかんとする御身の最期は、今はまだ芽吹かぬ写身たちへの教化なれば

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掌編小説(15)『赤い実』

掌編小説(15)『赤い実』

 空が青ければそれでよかった。
 天気が良ければそれだけ実は成るし、両親の機嫌も良い。それに、穏やかな波が適度に塩気を含んだ海風を連れてきてくれるから。

 私は島の外の世界を知らない。外の国の、名前も形もなにもかも。
 生まれ育った小さな島。時折やっかいな嵐もやってくるが、優しい島人の性格と、それを育んだ温暖な気候や豊かな自然が好きだった。
 島にはこれといった産業はない。島の外と交易などしなく

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掌編小説(14)『拾う標の向こう花』

掌編小説(14)『拾う標の向こう花』

 桜の丘が溶ける頃には、私はここを去らねばならない。

 清流の打ち崩す薄紅の山は、微かな名残も残さずにその姿を消そうとしている。頬を打つ冷たい水に髪をたなびかせて、私は今まさに「かつて」になろうとする【理の丘】を見つめていた。
 どこからか流れてきた青がどこかへと過ぎ去って行く。その只中に【理の丘】はあった。私が生まれ、糧を得る術を身につける頃には、その淡い色をした小高い山は、きらめく水面をはる

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掌編小説(13)『辿り着くものたち』

掌編小説(13)『辿り着くものたち』

 自宅から逃げ出し、這う這うの体で近所の公園に駆け込んだ私は、蛸を模した巨大な滑り台にぽっかりとくり抜かれたトンネルの中に身を潜めた。
 取るものもとりあえず家を出たので、靴は片方しか履いていない。街は不自然に静まりかえっていて、耳が痛いくらいだった。それに、昼過ぎだというのに、外の景色が薄衣越しに見る世界のように薄暗い。
 少し離れたところにあるフェンスの向こう側では、そこらじゅうからあふれ出た

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