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"航海で最も緊張する瞬間"をデータで支援したい。理想と現実の差に挑む若手エンジニアに聞く開発ストーリー【自動運航船シリーズ vol.3】

海運業の担い手不足や離島航路の維持などの社会課題の解決策として期待が高まっている"自動運航船"。
オールジャパンで進んでいるこのプロジェクトを長年航海計器で業界を支えてきたフルノの目線で取り組みを紹介している「マガジン|自動運航船で世界をリードせよ!」
第三弾は離着岸支援システムを紹介します。

今回お話しを伺ったのは入社2年目の若手エンジニアである生口 幹也さんです。

生口 幹也さん
2022年ソフトウェアエンジニアとして新卒で入社。自律航行システム開発部に配属され、主にLiDARを活用した離着岸システムのアルゴリズム開発を担当している。
休日の過ごし方はと聞くと、「フルノの野球部に入っています!」とのこと。ポジションはショート・ピッチャー、打順は3番を務めている"フルノの二刀流選手"であることが判明。直近の成績は見事2023年西宮市勤労者野球大会、尼崎市民スポーツ祭野球大会B級ベスト4!

航海で最も緊張する瞬間?
感覚の部分をデータで提供したい

離着岸とはその名前の通り、船を岸に付けたり、出発すること。船舶免許を取得している筆者も仕事でよく船を操縦するのですが毎回緊張します。それを安全に支援してもらえるのは確かにありがたい話。まずは概要から教えてもらいました。

生口さん「私たちのグループで開発している離着岸支援システムは"LiDAR"という光を使ったセンシング技術を使って船と岸壁との距離や角度を測定し、操船者に判断指標を提供するものです。
離着岸の際に重要となるのは船体と岸壁の距離や角度を正確に把握することですが、操船者はそれらを自分の目で全てを見ることができず、他人の目視にも頼っています。
開発したシステムでは船体の前方・後方それぞれと岸壁との距離、またその角度を非常に正確な数値で提供することができます。
また船体の挙動も測定しているため、岸壁接触時の予測速度やその時の角度など、人間には分からないことも計算して操船者に提示しています」

離着岸支援システムの表示イメージ
上部では前方、後方部分の船体と岸までの距離がリアルタイムで重畳表示している

実映像に距離が表示されるのはとても分かりやすい印象を受けます。やはりプロの船長さんでも離着岸の瞬間は緊張するものなのでしょうか。

生口さん「港に入ってからの操船作業は船長さんだけでなく、船員のみなさんが緊張されているように感じました。私も実験で乗船させていただきましたが、着岸時はブリッジの空気が変わったことがとても印象に残っています。
着岸というのは船体と岸壁の距離を最小にすることですから、一瞬のミスが命取り、事故が発生すると大きな被害になります。大きな船体は風の影響を受けやすく、かつ低速では舵も効きにくいため船を微調整することはとても難しいこと。
その中で船体の姿勢を整えつつ、岸壁と船体を平行に保ちながら着岸する作業はベテランの船長さんであっても緊張する時間なのだそうです」

少し計算してみると200m近いフェリーやコンテナ船では1度の傾きでも船の前方と後方では3.5mものズレが発生します。そのまま数万トンもの巨体が岸にぶつかると思うと、かなりの被害が船体、岸壁の両方にありそうです。事故にはならずともヒヤリとすることが日々の運航の中でもあるのだとか。

生口さん「現在は"船体と岸壁間の正確な距離や角度"の提示に加えて、自船の速度や船首の方向、回頭角速度、岸壁との角度など操船作業に必要な情報も操船者さんに提供しています。さらに岸壁に衝突する危険が迫った際には通知も出して事故リスクを下げるように働きかけています」

理想と現実の差に挑む
アルゴリズム開発の難しさと面白さ

生口さんは現在入社2年目、新卒から自律航行システム開発部に配属されました。本人もこの分野の仕事に興味があったと言います。

生口さん「大学の時は応用物理を専攻していましたが、社会人になったら産業全体に関わるような仕事、いろんな方々に恩恵があるような仕事をしたいと考えていました。そういう想いもあり、フルノという会社を知ったときに”自動運航船"というキーワードに興味を持つようになりました。船舶は日本の物流を支える重要な基盤ですから。」

そうして現在の離着岸支援グループに配属され、システムのアルゴリズム開発に従事しています。最初の1年、どんなことが難しかったかと聞くと、今も分からないことが多く、苦労の連続なのだとか。

生口さん「何事も理想通りにいかないというのがアルゴリズム開発の難しさだなと感じています。LiDARのセンシングが理想通りであれば、答えを出すことは簡単かも知れませんが、現実には測定誤差などがあり、中々うまく答えに導けません。
ハードウェアと理想の間にいろんな差があるため、机上の論理とは簡単には合いません。そこに難しさを感じていますが、逆に理解したときの気持ち良さが魅力ですね」

机上の論理と現場での差分を埋めるためにも多くのリアルなデータが必要とのことで、お客様の船に協力いただきトライアルも繰り返したそうです。

生口さん「現場に出て実感したことは港の環境は普段街中で暮らしていると分からないことも多いということでした。例えば早朝などはうっすら霧かかった状況になる港も多いのですが、そうなるとLiDARの精度は劣化します。その実験のためにフルノの釧路営業所に協力してもらい、センサーを屋上に付けて霧がたくさん出る中で実験を繰り返しました。
その結果、入港制限が出るような霧でなければ、実用性に問題がないレベルまで作り込むことが出来ました」

最後の最後まで
航海の安心・安全を見守りたい

現在この離着岸支援システムは製品化に向けて開発を進めている段階。これからどのように開発を進めていきたいか伺いました。

生口さん「今のシステムの精度は"船長様の判断指標として頂く用途では十分満足いく精度"であり、トライアルの中で船長様からも高い評価を得ています。将来的に自動離着岸に使えるようなセンサーに育てていくためには、精度向上・可用性拡充など、さらにコア技術を磨いていく必要があり、まだまだ頑張らなくてはと感じています。」

直近の目標としてはこのシステムを製品化し、市場にリリースすること。そのためには離着岸支援システムを船長さんに使ってもらいやすいシステムに作りあげることが不可欠で、表示の仕方も分かりやすく改良していきたいと言います。

生口さん「例えば、"船と岸壁との距離も実運用で人が見ているポイントに合わせた距離を表示してほしい"という要望をいただきました。そういった現場の要望にひとつひとつ対応していくことで、わかりやすく使いやすいシステムへと仕上がりつつあると感じます」

製品化に向け、日々チームメンバーと議論を重ねています

さらに製品化に向けて社内との連携も加速させたいと話します。

生口さん「今まではトライアルということで、自分たちで作った装置を船に設置していましたが、製品化ではそうはいきません。海という環境に耐えうる装置を作るために機構を担当する部署や品質部門とも連携が必要になります。フルノ内で関わる人が増えたことも自身にとって刺激になっています」

船の離着岸という最も緊張する部分を支援したいと奮闘している生口さん。自動運航船でも安全な離着岸は大きな課題となります。

生口さん「開発当初、システムへの信用を得ること自体が難しいことでしたが、トライアルと改良を重ねるごとに信頼していただけるようになり、最終的には良い評価いただきました。エンジニアの楽しさや達成感を実感する1年となりました。
これからも自動離着岸という将来の大きな目標に向けて、コア技術を磨いていきたいです」

活用されるタイミングは長い航海のほんの一部かも知れませんが、自動運航船の実用化には必要不可欠な技術。
最後の最後まで航海の安心・安全を見守りたい。
その願いを叶えるために、これからも技術を進化させていきます。

執筆 高津 みなと


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