吉村

ひとりごとや短編小説みたいなものなど

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    こんにちは。吉村です。ここには吉村のよく読まれているnoteや特に気に入っているnoteを集めました。もうすこし読んでみたいな、というかたはぜひこちらもどうぞ。

最近の記事

陰日向

自分という存在こそが、実は最も見えにくいのではないか。 8歳のころ鏡に映る自分の顔を見てふとそう思った。目の前に移るこの子のことを私は一体どれほど分かっているのだろう、と。 以来、自分について考えてきた。探って生きてきた。なかなか解明までは遠く、いまでも新たな自分を見つけることがある。思いがけないことで、自分自身を謎解くことがあったりする。 今年、私は自分について大発見をした。 昨年ちいさな土地を買った。そこにちいさな家を建てることにした。 家を建てるのは(もちろん

    • 先生と呼ぶ人

      「先生」 と言った口元がニヤリとしている。 「吉村”先生”はさすがだな~」 ニヤリとして、目はもう別の方を向いている。 賞賛の形をしたなにかに、私は義務的にほんの少し笑顔をつくる。 私は、ただの同僚である彼女の、なんの先生でもない。 へりくだってみせることで相手を持ち上げる処世術、か。 と脳内で「先生」の活用法に新たに書き加えた。この後、先生はさすがだからという理由で仕事が押し付けられることもすぐに連想した。この手のコミュニケーションが有効だと思って乱用する人は疲れ

      • クライマーズ・ハイ|横山秀夫

        クライマーズ・ハイを読みました。 読み終えて、これは傑作だ、と思いました。 題材は、1985年御巣鷹山の日航機墜落事故。 地元記者の葛藤、混乱、闘いを描きながら、家族との軋轢、部下の事故死、同僚の謎の言葉のミステリー、そして十七年後の衝立岩への登攀、といくつもの要素が絡まり合います。緊張感のある展開と、複雑な要素が紐解かれていく結末は圧巻で、読了後は清々しく山登りをしたかのような爽快感がありました。圧倒的な熱量と緻密さがなければ描けない物語だと思います。 日航機事故の悲

        • 海と記憶

          はじめて息子を海に連れて行った。 晩秋の風の強い日のことである。空はどんよりと薄暗かった。 誰もいない砂浜で、息子は海を見ていた。 入ることも泳ぐこともできない海を、眺めていた。 波が寄せる。 子供が驚く。 引波を見送り、水に近づこうとする。 危ないよ、と声を掛ける。 また波が寄せてくる。 子供が笑って逃げる。 何度も繰り返した。 違うとこ見に行こう、寒くないの、と聞いても、 もっと海が見たい、寒くない、と言って離れない。 そうしてしばらくの間、そこに

        陰日向

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          6本

        記事

          f植物園の巣穴

          先日、梨木香歩さんの『椿宿の辺りに』を読んだ。 そうして「これはしまったぞ」と思った。 梨木香歩さんは、私の大好きな作家さんだ。 好きなあまり、作品のすべてを読み切ってしまうのが惜しい。だからいつも図書館で背表紙を眺めるに止め手には取らず、そろそろ梨木香歩的な成分が足りなくなってきたな、もしくはこちらに十分受け入れる態勢が整っているな、というタイミングで満を持して借りてくる。そうやって1冊ずつ長く楽しもうと思っている作家さんなのだ。 先日もようやくその時がきて久しぶりに借

          f植物園の巣穴

          親知らずとかの話

          2年ほど前、親知らずを抜いた。 年末に奥歯がズキズキと痛み出し歯医者に行くと「親知らずのせいです」と言われた。ストレスや疲れなどがあると痛み出すものらしく、放っておくとまた痛むだろうとも言う。それならと抜くことにしたが、これがただの親知らずではなかった。 真っすぐ生えてさえいれば良かったものの、どうやら横から伸びている。そうなるとそのままは抜けず、歯を分解して少しずつ取り除くしかないと言う。 歯を、分解…? この堅い歯をいかにも狭そうな口の奥の方で分解できるものなのか

          親知らずとかの話

          世界で一番すきなもの

          ママは、〇〇ちゃんが世界で一番大好きだよ。 そう息子に言うと、彼はさも当然という風に「ふぅん」と言った。 ドラッグストアに車を停め、シートベルトを外す彼の、まだふくふくとした横顔をながめていたときのことだ。 じゃあさ。 息子がやや考えて言う。 じゃあ、ママが世界で一番好きなものはなに? 息子が私を見上げる。これは、どういう意図なんだろう。 〇〇ちゃんだよ。 私がそう言うと、彼は苦笑いした。 世界で一番好きなものだよ。僕は『モノ』じゃないよ。 なるほど答えは

          世界で一番すきなもの

          切 取る 世界

          小学校一年生のことだったと思う。 父と、二つ下の弟と、春の田んぼに来ていた。 田植え前の春の田んぼ。つなぎ姿の父。 私と弟は、いつもと同じように小さな用水路で虫やカエルを探してまわる。やがて父に呼ばれ軽トラックの助手席に二人でよじ登った。弟を足元に押し込み、私は助手席に座る。おまわりさんに見つからないように。私たちは笑う。 たのしいな、と思った。 田んぼにくるなんてなんでもないことだけど、ふんわりと、たのしい。 そのとき私は、たしかにそう思った。 でもふと、こうも

          切 取る 世界

          変わることのたのしさ

          変わることが好きです。 馴染んでいた暮らしや、生活スタイルや、環境に、ふいに違和感を覚えるときがあります。日々時間は流れ、世の中はたえず動いて、私自身もやはり変質していくこと止められないのだから、当たり前のことでしょう。私は特にも、ずっと同じところにはいられない性分なのだと思います。 そういうときは変えてみることにしています。 なにかをやめたり捨てたりはじめたり、してみることにしているのです。 いま、まさにそんな変化のときを迎えています。 一番おおきな変化は、だらだ

          変わることのたのしさ

          朝を贈る。

           彼は朝の気配に敏感だった。  外の空が白みはじめ、夜にじんわりと朝の光が溶け出すころ、彼はまだうす暗い部屋のベットを抜けだす。  ベットから離れきる前、いつもきまって私の額の上あたりの髪をくるくると2周なでてくれた。私は眠りが浅くて彼がそうするといつも起きてしまうのだけど、それでも目は開けないで眠ったふうにしていた。嘘寝をして彼の手のひらの感触を味わう。人が、誰かを起こしてしまわないようにゆっくりと静かに立ち回るのは、この世で一番つつましく優しい行為だと、私は思っている。

          朝を贈る。

          ベンチの中の背番号2

          校舎の1階の視聴覚室へ続く廊下は、放課後になると通る生徒がほとんどいない。だから女子バレー部の筋トレはその場所で行うのが決まりだった。 腹筋、腕立てふせ、スクワット。 みんなで廊下に1列になって、おのおののペースで進めていく。 体力も筋力もない私には、筋トレはきつい。 でも運動神経も悪いから、コートでのプレーもきつい。 どちらがよりきついかと言うと、他のメンバーに迷惑を掛ける、という意味でコートでプレーするほうに軍配が上がる。 だから筋トレは、つらいけれどもまぁ、嫌い

          ベンチの中の背番号2

          読むことと書くことに、救われる。

          ストレスが体中に巡って、ぶわっと、むくむくと膨らんで、指先足先までが膨張する。 昨夜はそういう夜でした。 ストレスというのは凄いです。 こんなに短時間で人間の体をむくませて、眠れなくさせるのだから。 健やかな生活の一番の敵はストレスなのだろうなぁと、真夜中の1時にチョコレートを何粒も食べながら思ったりしました。 そうしてごく短い眠りの明くる朝。 やっぱりとても怠い。 怠いというか、私は体が弱いので、眠いナァを通り越して、普通に気持ちが悪い。 でも土曜日の家の忙し

          読むことと書くことに、救われる。

          あのひとの読む本|きらきらひかる

          趣味がほしいんや、と彼が言った。 いつものように本を読みながら。 あるじゃない、趣味。とその本を指さして私は言う。 彼は私をみて本をみて首を振った。 読書は趣味やないよ。ライフワークやから。 長野まゆみがすきなの、と言って あぁ少年アリスのひとやろ。それだけ読んだことあるわ、 と返ってきたとき、私はびっくりした。 男性で、長野まゆみを読んだことのあるひとを、はじめて見たのだ。 浮気性で軽薄な彼は、意外にも、無類の読書ずきだった。 本なぁ、まあまあ読むで、と言うのは、別

          あのひとの読む本|きらきらひかる

          書く読む眠る

          ゆるゆると、雑記です。 ▷小説を書いてみる今年の目標に「小説を書き上げる」「公募に応募する」というのを据えてます。 4月現在、公募用の小説をまったく書き出せていなかったので、このごろはnoteを見たり書いたりする時間を減らし、そちらに注力していることが多いです。 読書は昔から好きなのですが、不思議なことに自分で書いてみたいとはあまり思わずにここまで生きてきました。 それが、なんの因果かこの年になって「書きたい!」と猛烈に思ってしまったわけです。 なので書き方がよくわ

          書く読む眠る

          CRままならない休日

          寮の近くのスーパーで夕飯の買い出しをしていたら同僚に見つかった。 内心、ゲッと思い隠れようとしたが、ときすでに遅し。 「あれ? 吉村~ひとり~?」と声が掛かってしまった。 「はぁ」と見ると、先輩の男と同期の男の二人が、やはり夕飯の買い出しに来ていた。 「え、ほんとにひとりなの?」 先輩がまわりをキョロキョロして改めて聞いてきた。寮に住んでいる社員は連れ立って歩くことが多いからだろう。現にいま彼らも一緒に買い出しに来ている。 「そうですよ」 そう言って一人分の食材が

          CRままならない休日

          子供は1人です。それがなにか?

          誰にだって、そこを踏まれると即座に爆発する地雷みたいな言葉が、一つはあると思う。 二人目は? 早く産んだ方がいいよ。 私はこれを言われると、爆発する。 相手が誰であろうと「うるさい! 黙れ!」と心で叫んで、できることなら即座にそのひととは縁を切る。 大抵そういう発言をするのは年配の女性で、たしかにむかしはそういう価値観だったんですよね、あなたのために言ってあげてるってかんじで悪気なんてないんですよね、と相手の立場に立って発言の意図を考えよう……という理性的思考をすべて

          子供は1人です。それがなにか?