『サンクラウンの花嫁〜泥の街〜』
【泥の街】
あらすじ:ある街のある雑貨屋で働く少女のお話。彼女の生まれたこの街は、流行病で人口が減りすっかり廃れてしまっていた。
ある日この街に旅人が来るが……。
海洋帝国オルキヌスと世界観を同じくする物語。
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微睡みの中に幸福はある
本日も曇天。私は日が昇る頃に起き、朝食も取らぬまま家を出る。何故朝食を取らないかって? 簡単な話、食糧が足りていないからだ。この村は、伝染病のせいで未曾有の危機に見舞われていた。
前髪を整えて右目だけ見えるようにする。短い茶髪は手櫛で梳かすだけだ。相変わらず嫌いなそばかすにフンとケチを付ける。
「いってきます、母さん」
亡くなった母の写真に挨拶をし、支度をして外へ出る。道に転がってるホームレスのおじさんやおばさんを尻目に職場である雑貨屋に足を運ぶ。みんな苦しそうにしているが、こっちは病気を移されないようにするのが精一杯だった。
「おはようございます。店長ー、いますかー?」
私は勝手口から店の中へ。今はおそらく六時半ごろだから、店長も目を覚ましているはずだ。
「やあ、ティナ。おはよう」
「品出し、これだけですか?」
「ん、ああ。そうだよ」
「じゃあ、出しておきます」
「頼んだよ」
入荷された食器やタオルなどを私はゆっくり並べ始める。どうせ客は十時になったって来やしない。品出しに時間がかかったって誰も気にしないんだ。
「奥さんの具合どうですか? 店長」
「ん? ああ、まあ……いつも通り、かな? ありがとうね」
「いえ……」
先ほども言ったが、この村は伝染病のせいで多くの人が苦しんでいる。店長の奥さんも、そのうちの一人だ。奥さんはすっかり寝たきりのまま、何年も過ごしている。生きているのが不思議なぐらいだ。
「また後で、私がリンゴでもむいておきますよ」
「ああ、いつもありがとう。そうしてくれると助かるよ」
ここは狭い村だ。店長と私はほとんど家族ぐるみの付き合いで、母が亡くなった後も私の世話を焼いてくれている。助け合うのは当然のことだった。しばらくすると、遠くからカーン、カーンと教会の鐘の音が鳴り響く。今は誰が鳴らしているのだろう? 鐘つきのショーンじいさんもその弟子のケネスもみんな病で死んでしまった。
私と店長は品出しを終え、いつも通り暇な時間を過ごす。病のせいで外を歩く人も減った。客がいないのは当然の状況だ。昼になり、私は店舗の奥にある小さな生活スペースに移動する。エプロンをして、氷室兼倉庫から適当に食材を持ってくる。鍋を出して食材を切って、といつも通りに食事を作り始める。今日は私が食事当番の日だ。店長と私はお互いの食費を多少でも浮かすために、こうやって一緒に食事を取っていた。店長には奥さんがいるが、私は家に戻っても一人きり。働いても給与は少ない、せめて賄いを一緒にと店長が私を案じてくれた結果こうなった。
「店長、昼飯できましたよ」
「……ああ、ありがとう。今行くよ」
彼もひどい咳をしているが、なんとかして動いている。彼が今倒れれば、奥さんと彼の面倒を見るのは私になるだろう。亡くなった母の看病を思い出しながら目を伏せ、私は店長の奥さんのところに向かう。
「クリスさん、食事できましたよ」
店長の奥さんは開いているのかどうかわからない目の、土気色の顔を私に向ける。何かもごもご口を動かしているが、言葉は聞き取れない。本当はまだ働き盛りの年齢だというのに、彼女の姿は老婆そのものだった。
「今、店長も来ますからね。後でまた、リンゴも剥いて持ってきます」
私がそう声をかけると、彼女はようやっと腕を伸ばして私の頭を撫でる。音にならない声で、いつもありがとうと言ったのがわかった。
小さなテーブルを囲み私たちはささやかな食事をとる。鍋を開け、出てきたのはなけなしのベーコンが入ったジャガイモの炒め物。パンはここのところ手に入らないので、しばらく口にしていない。店長も私も本当は腹一杯食べたいのだが、それは到底叶う話ではなかった。
「こんな状態だというのに国は何をやっているんだろうな」
「本当ですね」
食事の時に私たちの口から出るのは大概体たらくな政府への不満だ。伝染病は何もこの村に限った話ではなく、国家全体の問題だった。このままでは国そのものがダメになってしまう事態だというのに、政府は具体的な対策に出たのかどうかすら怪しい。
「もしかしたら政府の人間も伝染病のせいで人が足りていないのかもな」
「そうだとしたらかなり深刻ですよね」
二人一緒にため息をつく。
鍋の中身がなくなり、私は食器を下げて今度はリンゴを剥き始める。同時に、店長は奥さんのためにおかゆを作り始める。トントン、コトコト、ショリショリ。小気味よい音を聞きながらクリスさんはうとうとしている。今日はひどく熱にはうなされていないらしく、比較的穏やかな顔をしている。その顔を見て私も安心する。
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