様々な個体発生の変態制御:共生細菌、バイオフィルムの微生物、ウイルス感染。

共生細菌がもたらす後生動物の発生様式の変遷・雑種形成の阻害について

2021年に国際的な研究チームがPNAS誌に発表した、発生様式の異なる同属異種のウニについての報告を、偶然見つけることができたことを、幸運に思う。Heliocidaris tuberculata(以下Ht)およびHeliocidaris erythrogramma(以下Hg)については、前者が小さい卵のサイズでプルテウス幼生になり摂食を行うこと、後者が大きい卵のサイズで摂食を行わない哺育型の幼生になること、は進化発生学の研究分野では有名なのだが、今回はこの2種の体内に生息する共生細菌について解析がなされた。

Htでは共生細菌が豊富かつ多様に存在し、この特徴はプルテウス幼生になる間接発生の発生様式をとる他のウニに似た傾向とされたが、Hgではこの特徴が見られず、共生細菌の多様性はHtの約1/3であった。ただし、Hgにおいては、Htにはほぼ見られない細菌が豊富に存在していた。16sRNAの解析の結果、線形動物や節足動物に寄生するリッケチア目Anaplasmataceae科に属する未記載の細菌であることがわかった。このウニの研究の先駆者であるラフ博士の名前を用いて、Candidatus Echinorickettsia raffii(以下E.raffii)と命名された。

この細菌は、鞭毛の生合成に必要な遺伝子を完全に備えており、宿主の体外に移動できると考えられた。また、シキミ酸経路の生合成の関連遺伝子も見つかり、必須アミノ酸をこの細菌から合成できることが考えられた。さらに、グリセロリン脂質の代謝経路に関連する酵素もコードしていることがわかり、その中にはジアシルグリセロールエステルの代謝に必要な酵素も含まれていたので、必須アミノ酸同様にHgの大きな卵の栄養に関連すると考えられた。実際、E.raffii自身細胞質の卵黄顆粒間に生息しており、親から子への垂直伝搬がなされていると考えられた。

研究チームは、今回の結果から、間接発生から摂食幼生を経由しない直接発生への変遷の過程として、①宿主の母性由来の栄養の充実による、共生細菌の多様性の減少・喪失、②E.raffiiの共生によって栄養を補完する体制が生じ、宿主側で腸管の消失など摂食をしない方向への変遷(腸管がなくなればそこに生息する細菌もなくなるので細菌の環境は多様ではなくなり少なくなる)、③E.raffiiが親から子へ伝搬するようになり、宿主は必要な栄養をこの細菌に依存し、幼生が摂食不要になる生活環を確立、という仮説を考えたのだった。


私が、雑種形成に興味のある身として特に注目したのは、以下のことである。E.raffiiには精子と卵が受精のために結合するときに必要な尖体反応に関与するタンパク質がコードされていた、というのである。Htの精子とHgの卵を受精させようとしても、卵のゼリー層の除去しなければ、受精は全くできないが、除去すれば85%は受精可能だという。これについては、以下のリンク先にあるように、1999年に雑種形成の実験がなされている。詳細は省くが、一種類の細菌によって、栄養のみならず生殖まで支配されていることには驚きを隠せなかった。


しかし、この細菌がもし実験的に除去された場合は、雑種形成は容易なのか?その場合はどのような個体発生なのか?については個人的に興味があるが、報告はないようである。ただし、2013年にはヤドリコバチを用いた報告があり、興味深かった。今回の研究チームの中に、雑種形成と共生細菌について長年研究してきた専門家がいて、彼等が2013年にScience誌に発表していたのである。

Nasonia属のヤドリコバチは半倍数性の寄生蜂であるが、知られている3種はいずれも同じ宿主のハエに卵を産み、14日ほどで成虫になる事が知られ、雑種形成も容易であるという。親世代から雑種第1代(以下F1)を作り、ここからさらに雑種第2代(以下F2)を作って死亡率や共生細菌を調べた。N.vitripenis(以下Nv)とN.giraulri(以下Ng)、NvとN.longicornis(以下Nl)のF2の雄は死亡率が90%に達したが、NgとNlのF2では僅か8%であった。NvとNgのF2では、4齢幼虫までに78%が死亡したが、死ぬときには幼虫の色が変わって茶色くなった。これは宿主の病原体との免疫反応が示唆された。

死亡率の著しい違いは、腸内細菌の環境がF2と親世代で大きく異なっていることがわかった。死亡率の高いF2では大きく異なるが、死亡率の低いF2では親世代と類似していたのである。また、腸内細菌を除去したF2では、生存率が何倍も上がるが、親世代の主な腸内細菌を再感染させると死亡率が元に戻ることも確認された。

遺伝子発現の状況をトランスクリプトーム解析で、2齢幼虫を対象に調べたところ、自然免疫の遺伝子で、腸内細菌を除去した個体では著しい発現量の低下がみられたが、除去前および再感染させた個体では同程度であることもわかった。雑種形成の過程で、宿主と共生微生物の間で死に至る相互作用があると示唆されたのだった。


前世紀は、雑種形成が阻害される原因として、共生細菌が原因とされる例は見られなかったが、今世紀に入り、ゲノム解析技術の進展などにより、今回取り上げた知見も含め、様々な発見が報告されるようになってきた。ヤドリコバチ以外にも、共生細菌が雑種形成に関わる知見は知られているので、参考文献を本記事の最後にあげたい。


太古の海で後生動物の体内環境については断定することは難しいであろうが、雑種形成が共生細菌の有無や種類・生息数によって可能になるのであれば、幼生転移につながる面白い発見も今後あるように思う。実際、ラフ博士のチームがかつて発表した1999年の報告では、Htの精子とHgの卵が接合して生まれた雑種個体は、いずれの種の個体発生にも見られないディプリュールラ様幼生になったのである。その逆の組み合わせは幼生にまで至らなかったが、共生細菌の除去によって何らかの個体発生の変更が見られるかもしれない。



使用文献

Microbiome reduction and endosymbiont gain from a switch in sea urchin life history Tyler J.Carrier他著 PNAS 2021 vol.118 No.16

The Hologenomic Basis of Speciation : Gut Bacteria Cause Hybrid Lethality in the Genus Nasonia Robert M.Brucker他著 SCIENCE VOL 341 9 AUGUST 2013


参考文献

The microbiome impacts host hybridization and speciation Asia K.Miller他著 PLOS Biology October 26, 2021


海底のバイオフィルムの微生物が、カサネカンザシの変態を誘導する知見に遭遇して

海綿動物・刺胞動物・節足動物・外肛動物・軟体動物・環形動物・棘皮動物・脊索動物では、細菌が変態を誘導する知見が得られている。こうした形式での変態においては、細菌による何らかの誘導がなければ、個体発生は変態前の幼生の段階から先に進めないということである。今回は、環形動物で面白い知見に遭遇したので、一例を紹介してみたい。

環形動物のカサネカンザシ(Hydroides elegans)は、幼生から変態して、底生の管棲虫の成体となるが、この変態は自らの成長のみでは遂行することができないことを、最近になって知った。この変態には、カサネカンザシが生息する海底のバイオフィルムに生息する微生物の作用が必要になる。

生息する細菌Pseudoalteromonas luteoriolaceaがそれで、シリンジ状の構造を持った変態関連収縮構造(MACs)で変態を刺激するタンパク質をカサネカンザシの幼生に注入するというのである。このMCAsはバクテリオファージの収縮性のある尾部と相同性のある構造である、収縮注入系(CIS)というシリンジ状の構造に属するようである。CIS自体はタンパク質を標的細胞に通過させることがよくあり、様々な細菌で生産されている。(健康な人間の腸内細菌叢には、BacteroidalesにこのCIS遺伝子のクラスターがあることがわかっていることも補足したい)

MACsはおよそ100個もの収縮構造から成り、外面に底板を持ち、この底板がバクテリオファージのような尾部の線維そしてダイナミックな六方晶系の網構造と連結している。2014年のScience誌には詳細な顕微鏡写真や立体構造の画像が掲載され、初見では天然の水晶のようにしか見えない。また、遺伝子欠損の実験で、間違いなくカサネカンザシの幼生にがバイオフィルムに物理的に摂食して、MACsが変態誘導に必要なタンパク質を送り込む必要である。実際、MACsの尾部の構造には内側と外側があり、収縮性のある外側の殻が内側の管を回して、末端のスパイクが標的の体内に入る仕組みになっている。

MACsの複合体内に出され、カサネカンザシの幼生に注入される単一のタンパク質は同定されており、変態誘導因子(Mif1)と名付けられている。MACsのこの仕組み自体は、昆虫細胞やマウスのマクロファージを標的にもしているようだが、変態の誘導に関しては、唯一の知見になる模様だ。ただし、Mif1のタンパク質配列や機能ドメインについては不明のようである。

細菌Pseudoalteromonas luteoriolaceaはMif1以外にもPne1(Pseudoalteromonas nuclease effector 1)というタンパク質を持つことがわかっており、これはマウスの細胞に毒性を持つが、カサネカンザシの幼生には毒性も変態誘導の効果もない。また、Mif1をマウスの細胞に加えても、何も起こらない。

カサネカンザシの変態誘導においては、他には、αプロテオバクテリウムであるLoktanolla hongkongensisは低分子化合物を出して変態を誘導することがわかっているが、MACsの形成はこの細菌では起こらない。Cellulophaga lytica, Bacillus aquimaris, Staphylococcus warneriが変態を誘導できるが、いずれもMACsを形成せず、細胞外に小胞を分泌させる方法になる。また、バイオフィルム内の特定の長鎖脂肪酸や炭水化物が幼生の底面への接着を誘導している知見もある。

細菌が様々な変態を誘導するメカニズムとして興味深いのは、この変態誘導に自然免疫が関与しているかもしれない、ということである。Toll-like receptorが関与しているかもしれないというのだ。だが、カサネカンザシにおいてはここまでは明らかになっていないようで、変態誘導を必要とする動物において共通なシグナル経路(p38, c-Jun, JNK/MAPK経路)の存在が明らかになっている模様である。2016年のPNAS誌で発表されている。


他の動物の例も、せっかくなので列挙する。

・テトラブロモピロール(TBP)という物質がサンゴの変態を誘導することが知られており、Pseudoalteromonasなど様々な細菌の株でこれを生産する遺伝子が見つかっている。このTBPは臭化芳香族炭化水素になり、Mif1のようなタンパク質ではない。

・固着性の海藻であるcrustose coralline alge (CAA)が、サンゴであるagariciid coralの変態を誘導する。何らかの細菌が海藻に生息して生産しているのかもしれない。

・刺胞動物のウミヒドラHydractina属では、細菌であるAlteromonas, Pseudoalteromonas, Akaligenes faecalisが変態を誘導する。Pseudoalteromonasでは、これより分泌されるリン脂質や多糖が、変態に関与していると思われる。

・バイオフィルムの炭水化物が環形動物のゴカイの一種であるJanua(Dexiospira)brasiliensisの変態を誘導している。炭水化物は、脊索動物であるユウレイボヤの幼生の底面への接着も誘導しているとされている。

・海藻由来のヒスタミンや海藻を被覆したバイオフィルムが、棘皮動物のウニの一種であるHolopneustes purpurascensの変態を誘導する。

変態の分子機構の共通性は、非公式の卒業論文の補遺でも述べたが、微生物による介入を必要とする欠損した分子機構が系統を離れた動物間で共通して存在する、という事実は、生物の普遍性と多様性という観点から、興味深いと思った。雑種形成による幼生形態や諸器官の獲得は関連する遺伝子を得ることで成り立つが、バイオフィルムの関与は、遺伝子の水平移動ではないにしても、外部環境からの変態の分子機構を補っているといえ、雑種形成がもたらす幼生転移を大々的な遺伝子移動による個体発生の巨視的変容と解釈すれば、今回紹介した生命現象は幼生転移のミニチュア版のようにも思える。個体発生の変容という観点で空想するなら、カサネカンザシの体内で予めMif1を生産できるようにすれば、MACsの接触を必要としない個体発生が確立されるのだろうか、そうした場合、細菌側のMACsの役割は変わるのだろうか、という空想もできると思った。


使用文献
Bacteria-Stimulated Metamorphosis : an Ocean of Insights from Investigating a Transient Host-Microbe Interaction Nicholas J.Shikuma著 mSystems July/August 2021 Volume 6 Issue 4 e00754-21
The Influence of Bacteria on Animal Metamorphosis Ciselle S.Cavalcanti他著 Annual Review of Microbiology 2020. 74:137-158

参考文献
Marine Tubeworm Metamorphosis Induced by Arrays of Bacterial Phage Tail-Like Structures Nicholas J.Shikuma他著 SCIENCE VOL 343 31 JANUARY 2014
Stepwise metamorphosis of the tubeworm Hydroides elegans is mediated by a bacterial inducer and MAPK signaling Nicholas J.Shikuma他著 PNAS September 6, 2016 vol.113 no.36 10097-10102


ウイルス感染による昆虫の変態抑制から、幼生転移仮説の意義を展望して

2017年に我が国の森林総合研究所の成果がScientific Report誌に掲載されたが、私は最近までこの事実を知らず、半年近く前に初めてこの報告に出会った時は、衝撃を受けたものだった。ポックスウイルス科に属するDNAウイルスである昆虫ポックスウイルス(EPV)をアジアのトウモロコシの害虫として知られる蛾の一種であるアクヨトウMythima separataの幼虫に感染させると、幼虫の蛹への変態が阻害されるというのである。実際、感染した幼虫のリンパ血における幼若ホルモン(JH)の値は感染していない幼虫よりも高くなることは知られており、論文中の写真には、蛹に変態できず大きくなった幼虫がケースの中でうずくまっていた。

研究チームは、今回、このウイルスの遺伝子にコードしている幼若ホルモン酸メチル基転移酵素(JHAMT:JHを不活性な状態から活性化した状態に転換するのに必要)を発見し、昆虫由来の配列と相同性を持つこと、活性を有することも確認した。更に、EPV由来のJHAMTが幼虫内のリンパ血で存在することも確認した。通常の個体発生では、5齢幼虫から6齢幼虫になるにつれ、体内のJHの発現は少なくなっていくことがわかっており、体内で元から作られるJHAMTも同様だが、ウイルス由来のJHAMTにおいてもその傾向は見られた。ただし、感染のない幼虫よりも全体的なJHAMTの量は多く残るので、最終的にJHは十分量作られ、幼虫は蛹へと変態できなくなることがわかった。最後に、アミノ酸配列に基づく系統樹を作成したところ、ウイルス由来のJHAMTは無脊椎動物のイリドウイルス6(DNAウイルスであるイリドウイルス科の一種)とクラスターを形成することがわかった。このウイルスは昆虫に感染するウイルスになる。このクラスターと近縁のものとしてはダニに共生するグラム陰性細菌であるDiplorickettia massiliensisが挙げられる。こちらについても、別の報告により、JHの活性のあることがわかっている。

研究チームは、EPVの感染がJHの上昇のみならず、JHの分解酵素の生産の抑制にも関与しているかもしれないと推測しているが、確信できることは、ウイルス由来のJHAMT自身がJHの合成を促進していることである、と述べている。

本研究は、あくまで農学関連の研究機関の研究であるため、環境に優しい害虫駆除を睨んでの研究になることは容易に想像できるが、自然界では宿主のホルモンを制御する寄生体は数多く知られており、生命現象としては珍しいものではないようだ。本論文にあげられた例としては、昆虫に感染するバキュロウイルスや昆虫に病原性のあるメタリジウム(糸状菌)で、変態を促進するエクジステロイドを不活性型に転換させる事が知られている。また、微胞子虫Nosema ceranaeは蜜蜂に寄生してJHの値を上げる事が知られ、最終的に蜜蜂の営巣活動をできなくすることが知られている。

ホルモン等化学物質による変態の分子機構は動物間で共通性があり、環境により変態の進行が依存する例も知られている(関連記事を以下に示す)。変態の制御の原因は至る所にあり、ウイルスも例外ではない。幼生転移仮説に本気で関心を持つ生物系の科学者は今日見られなくなった感があるが、雑種形成による幼生や器官の獲得という仮説は、今回発見された個体発生の変容の究極というべきものであり、ウイルスのコードする遺伝子の情報如何によっては、変態の制御に限らず、巨視的な形態や発生様式の変容につながることもあり得るのではないだろうか。

使用文献
A virus carries a gene encoding juvenile hormone acid methyltransferase, a key regulatory enzyme in insect metamorphosis. SCIENTIFIC REPORTS | 7: 13522 | DOI:10.1038/s41598-017-14059-8 2017

以下は、森林総合研究所公式HPによる本研究の報告になる。

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所/ウイルスが幼若ホルモンを合成する酵素を作って昆虫の発育を操作ウイルスが昆虫の変態を制御する幼若ホルモン酸メチル基転移酵素遺伝子を持っている

www.ffpri.affrc.go.jp


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