ミトコンドリアに関する幾つかの雑記(下)

退化したミトコンドリアという細胞内小器官の存在

退化したミトコンドリアが、ある生き物の中にいて面白いのだという話を、その研究室の主任教授より聞かされたことを、なぜかわからないが、ふと思い出した。トリコモナスやジアルディアといった嫌気性の呼吸を営む生物の体内にのみあるという、ハイドロジェノソームおよびマイトソームという名前の細胞内小器官である。ミトコンドリアとどのように形態や代謝経路や遺伝情報が異なるのか、思いをはせた未熟な時期が、私にはあった。これらの"退化したミトコンドリア"の起源や退縮までの過程については、詳細な研究成果が以下のリンクにある。ゲノム解析の技術や計算処理の技術が発展したことは大きいと思う。結局の所、その研究室では退化したミトコンドリアの研究など誰もしておらず、テーマにもなかったので、ある意味私は騙されたのかどうかは底まで記憶にないが、一つのミトコンドリア様の器官ができるまでの系統解析などの綿密さは私の能力の及ぶところではなく、最初からこのような謎とはご縁がなかったことは確かに自覚できるのである。

「ミトコンドリアを失った生物の軌跡」 ~大規模解析で探るミトコンドリアの退縮~ | 筑波大学生物学類「ミトコンドリアを失った生物の軌跡」 ~大規模解析で探るミトコンドリアの退縮~ | 筑波大学生物学類の生物学類生によるページ

cbs.biol.tsukuba.ac.jp

橋本 哲男氏、神川 龍馬氏、稲垣 祐司氏:大規模な比較トランスクリプトーム解析で、ミトコンドリアの縮退機序を探る! | 著者インタビュー | Nature Ecology & Evolution | Nature Portfolio生物の進化系統樹上には、一度獲得したミトコンドリアの機能を二次的に縮退させた真核微生物が散見される。残された構造体は「ミトコンドリア関連オルガネラ(MROs)」と総称されるが、その大きさ、失った機能、残された機能等は実に多様で、謎も多い。今回、筑波大学の橋本哲男さんらは5カ国からなる国際チームを組み、嫌気性の真核単細胞生物の一群、メタモナス類に属する18種を…

www.natureasia.com

上記インタビューの関連文献の説明。

TrichomonasのヒドロゲノソームとGiardiaのマイトソームの起源の手がかりとなる細胞小器官 | おすすめのコンテンツ | Nature Ecology & Evolution | Nature PortfolioNature Ecology & Evolutionは生態学および進化生物学の全領域に目を向け、分子、生物個体、集団、群集および生態系のレベルでの研究に加えて、社会科学の関連領域も対象とします。生物の多様性のあらゆる側面に関心のある全ての研究者と政策立案者がともに、この分野の最も優れた重要な進歩について知り、また、関連する時事問題を議論するための場を提供しま…

www.natureasia.com


ミトコンドリアは培養できるか?という夢物語を突発的に思い起こして

ミトコンドリアは生存に必須な遺伝子を自身では持っていないので仮に無傷で遠心などで分離しても、培養することは不可能であると、何処かから教えられたことがある。誰がいつそんなことを私に問いかけ、そして教えたのかは今も思い出せないが、確かに若かりし日、私はそのことを謎かけされたのだった。実際、数々の研究で得られた知見より、ミトコンドリアが真正細菌由来であり、その細菌の候補にはアルファプロテオバクテリアが有力視されている。


具体的には、1975年にはNature誌でParacoccus denitrificansというアルファプロテオバクテリアが、当時の代謝や遺伝情報の知見から、最もミトコンドリアに近いという考察が発表されている。また、1999年のScience誌でMitochonridrial Evolutionという論文では、リッケチアから各種ミトコンドリアのゲノムサイズが比較されていた。リッケチアのゲノムが最も大きく、これに限りなく近いミトコンドリアが原始的なミトコンドリアではないかという思いに、私は駆られた。アルファプロテオバクテリアの培養方法は検索した限りでは存在するようだが、合成生物学やナノテクノロジーなど様々な科学が発展しても、ミトコンドリアを培養する方法、または、ミトコンドリアにアルファプロテオバクテリアに近い形でゲノムを合成・追加して培養する試みといったものは、全くなされていないようである。

存在を否定された卒業論文というシリーズを、私は本ブログで連載した。これについては、私は全てを表現しきった感触を得ており、定期の自動ツイートにも記事のリンクを紹介していない。掲載当時は思い起こすこともできなかったが、ありとあらゆる自身への過剰評価そして卒論における苛烈な日々の始まりとなったきっかけは、この問いにあったのではないか、と今は思い始めている。


思考トレーニングなのか、卒論の労働力の選別なのか、私には今もなおよくわからないが、胸を高鳴らせる問いは、時には学生に凄絶な日々を過ごさせる地獄の選択を確定させる。もし卒業研究というものが必須でなければ、今回の記事で述べたような「ミトコンドリアの培養」に関する試論を膨大な量の文献よりまとめあげるというのもあったかもしれない、と今は思う。卒業研究にオリジナリティは不要である。そんな高尚な異次元の世界を夢見る前に、己を鍛錬できる時間を、しっかりと消化するべきなのだ、それも己の最も興味のある対象を利用して。

ミトコンドリアDNAにコードされた転移RNAに関して、ドンキホーテ的な手遊び

唐突だが、ミトコンドリアDNAにおける、ロイシンの転移RNAの遺伝子配列はどのようになっているか?という疑問を持ったとする。


PubMedのnucleotideの検索で、4種類の動物で、このように検索できた。以下のサイトを使用して、実施できたことである。


Home - Nucleotide - NCBI

www.ncbi.nlm.nih.gov



①ATTAGGGTGGCAGAGCCAGGAAATTGCGTAAGACTTAAAACCTTGTTCCCAGAGGTTCAAATCCTCTCCCTAATA

②ATTAGGGTGGCAGAGCCAGGTAATTGCGTAAGACTTAAAACCTTGTTCCCAGAGGTTCAAATCCTCTCCCTAATA

③GCTAAGATGGCAGAGCCCGGTAATTGCACAAGACTTAAACCCTTGAATCCAGAGGTTCAACTCCTCTTCTTAGCA

④GTTAAGGTGGCAGAGCCCGGTAATTGCATAAAACTTAAAACTTTACCATCAGAGGTTCAACTCCTCTCCTTAGCA


ここで問題。①~④の動物名を正確に答えなさい。何も調べずに、答えなさい。こう問われたとする。答えられる人はいるだろうか?おそらくいないと思う。何かの症候群で、以前調べた記憶があって、その記憶を決して忘却できない脳機能の方なら即答可能だろうが、まずいないと思う。


答えを以下に示す。


①Mus musculus(ハツカネズミ)

②Rattus norvegicus(ドブネズミ)

③Jaculus jaculus(ヒメミユビトビネズミ)

④Heterocephalus glaber(ハダカデバネズミ)


いずれも哺乳綱齧歯目であるが、大きさや外見は異なる。①と②は大した違いはないが、これらと③および④になると、違いは大きい。③は後肢が跳躍に適して特殊化しており、④は毛がなく、腫瘍ができない、ネズミとして長寿、など、独特な特徴を持つ。


しかし、配列を見た限り、①=②であり、③および④も大きな違いは見られない。この情報だけで、どの動物がどのように種としての個性を持っているか、を推測することもできない。転移RNAはヘアピン状の二次構造をとる。この情報から転写されたRNAは、ほぼ同じヘアピン状の形をしているだろう。


構造は間違いなく保証されているが、この構造自体が生物種を特定してはくれない。種の個性も教えてくれない。


以上のような展開を、研究関係の組織で絶対に実施してはならない。間違いなく殺されます。その後の人生はありません。


この配列はロイシンというアミノ酸の翻訳に必要な転移RNAの情報に過ぎない。これは、私が勝手に名付けたが、「ドンキホーテ的手遊び」である。興味のある方は、各生物の情報を適当に検索し、どのような研究がなされているか、見渡すと面白いだろう。


<番外編>


以下のミトコンドリアDNAにおける、ロイシンの転移RNAの遺伝子配列は、どの生物のものか?正確に答えなさい。


①GCTGAGATAGCAAAGTGGTCAATGCATTAGACTTAGGATCTAATACCAAAGGTTCAACCCCTTTTCTCAGCT

②GCTTTTAAAGGAAAATAGCTTTCCTCTGGTTTTAGGGTTCAGCACTTCTTGGTGCAAGTCCAAGTAAAAGCT

③GTGAAAGTAGCTTAAAAGGTATAGTCGCATTTTGATAAAATGTAGGATACAGGTTCAAATCCTGTCTTTCATA

④TTAGGGTGGCAGATTAAGTGCAAAGATTTTAAGAGTCTTTTATAATGTTAAAGTTTCCTAAAA


誰が筆記試験で全問正解できるものだろうか?その通りである。できる必要は全くない。以下が回答になる。


①Diadema setosum(ガンガゼ:ウニの一種)

②Phyllobates terribilis(モウドクフキイヤガエル:蛙の一種)

③Trichoplax adhaerens(センモウヒラムシ:板形動物)

④Hypsibius dujardini(ドゥジャルダンヤマクマムシ:クマムシの一種)


系統の全く違う動物たちである...ところで、配列の微妙な違いから、各生物の特徴や系統の位置づけはできるのか?前者は不可能であり、後者はMEGAなど系統解析のソフトウェアを用いればできるかもしれないが、正確な系統樹作成には数多くのルールがある。系統樹は19世紀以前の生物学者の記録が芸術的なので、芸術作品に捉えられる傾向があるが、厳密な計算であり、数学的な背景がしっかりある。決して混同してはいけない。


サポートは皆様の自由なご意志に委ねています。