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第12章:甲殻類の研究者からの反論・幼生転移以外の可能性に関する博士の考察

<甲殻類の分類系統研究者から幼生転移仮説への反論>

甲殻類のノープリウス幼生は現存しないノープリウス様幼生naupliomorphを起源とし、雑種交配を通じて甲殻類ひいてはそれ以外の節足動物に転移されていったというのが博士の考えであるが、博士の本来の専門である甲殻類の系統分類の研究者からも、反論があった。


デンマーク王国のグレイフスワールド大学のハーグ夫妻は、2013年のGeoscience誌88巻1号で、archelatan lobsterのフィロソーマ様幼生の化石の発生過程について発表している。幼生の化石の観察からは幼生転移は考え難く、選択圧および個体発生パターンの混合(および両方同時に起こること)が大規模な幼生の形態変化を起こしたと主張する。特に、選択圧については、化石の写真も掲載して例を挙げている。


口脚類の幼生はフィロソーマ幼生に匹敵し、薄くて大きくなった頭の楯を持っている。いずれも浮遊装置として働くが、本来のフィロソーマとは異なり、口脚類の幼生は、全ての幼生がこのような楯を持っているわけではない。また、口脚類の幼生の中には、長くて動かない棘を持つ種がある。成体ではこの棘はない。ポストラーバに変態する過程で消えることが知られている。楯にしても、棘にしても、幼生の時期だけに選択圧がかかった結果、適応して形質になっていると考えられるのである。


石炭紀に生きた昆虫の若虫の時期にあるwing padの形は、有翅亜綱の昆虫の祖先形質から徐々に発生パターンを変えて成立した形質と考えられるが、これは若虫の時期に地上を走る関係で、葉などの障害から若虫が身を守ることが目的になってないか、とされている。これも幼生の時期だけに選択圧がかかった可能性が高い、とのことである。


この反論に対し、博士の回答に関する情報は見つかっていない。ただし、博士自身は選択圧が器官の形態を多様化させる考えは否定していない。


<博士は幼生転移以外の可能性を考えていたか?>

幼生転移仮説を主張しつづけた博士だが、上記のような、他の可能性について、全く考えようとしなかったわけではない。1982年に出版された甲殻類の総説集「The Biology of Crustacea Volume 2-Embryology, Morphology and Genetics」の第2章Larval Morphology and Evolutionを博士が執筆しており、本来の専門である甲殻類の幼生形質と分類について、詳細に記述をしている。その最後の章Larvae in Taxonomy and Phylogenyにおいて、幼生および成体の比較において、幼生間で検討した結果が成体間で検討した結果と一致しないことがあることを、数多くの実例を挙げて説明している。当時の博士は、幼生転移については一言も触れておらず、これらの事実が成立したのは平行進化(parallel evolution)によるものではないか、と述べるにとどまっている。その形式の進化がどのような原因でどのような仕組みにより実現したか、については述べていないが、何らかの試行錯誤をしていたであろうことは、本文での例証が非常に細かいことからも想像できる。


この例証については煩雑さを極めてもいるため、列挙することが困難であるが、博士が当時見出すことのできた平行進化の経路について、可能な限り言語化できればと思う。


・ヤドカリ(異尾下目Anomura)に属するワラエビ科Chriostylidaeのゾエア幼生がカニ(短尾下目Brachyura)に属するホモラ科Homolidae(博士の研究してきたホモラHomolaはここに属する)のゾエア幼生の起源かもしれない。ふ化後のゾエアが互いに平行進化をして、両者の類似が生まれたのかもしれない。

・このホモラ科のゾエア幼生と別のカニの仲間(本文ではbrachyuranとのみ記載)の中間型といえるのが、同じくカニに属するアサヒガニ科Raninidaeおよびクモガニ科Majiidae(博士が研究してきたDorhynchus.thomsoniはここに属する)のゾエア幼生である。ただし、D.thomsoniはゾエア幼生の甲皮がヤドカリではなくカニのゾエア幼生と類似しており、ヤドカリのゾエア幼生の甲皮を作る遺伝子は抑制されているのではないかと思われる。

・カイカムリ科Dromiidae(博士の研究してきたカイカムリDromiaはここに属する)の成体は明らかにカニそのものであるが、ゾエア幼生の形態はヤドカリそのものである。しかし、このゾエア幼生については平行進化の比較対象についての記載は見られなかった。

・Dromiaのゾエア幼生については、ヤドカリの仲間であるBleplaripodaのゾエア幼生と棘の形態が類似している。この両者には平行進化が働いたかもしれない。


当時の博士は雑種形成を含めた遺伝子の転移を一切述べていないが、平行進化が伝わった経路という見方で整理すると、以下のようになるだろう。

ワラエビ科(ヤドカリ)➡ホモラ科(カニ)➡アサヒガニ科・クモガニ科(カニ)

?➡カイカムリ科(カニ)➡Bleplaripoda(ヤドカリ)


同じく1982年に博士は同様のテーマの論文を発表している。積極的にホモラ科とD.thomsoniのゾエア幼生を比較し、試行錯誤している。




使用文献

An unusual fossil larva, the ontogeny of achelatan lobsters, and the evolution of metamorphosis Joachim T. Haug, Caroline Haug著 Geoscience 2013年(DOI 10.3140/bull.geosci.1374)

The Biology of Crustacea Volume 2-Embryology, Morphology and Genetics Academic Press 1982年

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