作り手のまち群馬県「桐生」の工房を巡る
群馬県桐生市は「作り手のまち」だと思う。
繊維の複合産地として、日本でも珍しい地域だ。自転車で行けてしまう距離に、紡績、染色、刺繍、織りなど、個性豊かな作り手が集まり、繊維にまつわる工程のほとんど全てが詰まっている。
いたるところに工房があり、機織りの音が聞こえ、印象的なノコギリ屋根の工場跡地でクラフト作家の日曜市が開かれていたりする。
大正・昭和・平成の色んな時代の建物がモザイク状にある町並みと同様に、様々な種類の工房があり、それぞれに個性が際立っている。
桐生に来たら、ぜひ工房やファクトリーブランドを巡ってみてほしい。桐生が持つカオティックな魅力やクリエイティビティの源泉に、触れることができる。
糸のようにしなやかに強く─挑戦し続ける老舗の新しい拠点「笠盛パーク」
1877年、帯の織物業として創業した老舗、株式会社 笠盛は、その歴史の中で染めや編み、独自技術によるレースの開発など変化し挑戦し続けてきた。
同社は、2020年「笠盛パーク」をオープン。
糸をつかった繊細な風合いのアクセサリーを展開するファクトリーブランド「000(トリプル・オゥ)」の新しい生産拠点だ。
既存事業である刺繍業から生まれたこの新しいブランドは、現在では売上の4割を担うまでになった。
桐生ファッションウィークで行われたオープンファクトリーで見せて頂いたのは、立体的な造形が人気のスフィアシリーズの工程。糸を重ねることで球体にするという独自技術は試行錯誤のもとで生み出され、今も日々、地道な改善を繰り返しているそうだ。
「会長が、挑戦している間は失敗はない、ということをよくおっしゃるんです。たとえ失敗しても、改良、改善を重ねてチャレンジしていくというのは笠盛らしいかなと思います」と広報の野村さんは教えてくれた。
創業以来、変化を恐れず挑戦し続けてきた精神は、この会社の象徴だと思う。しなやかで繊細さが魅力のクラフトアクセサリーの裏側にある、妥協をゆるさない職人気質も、変化を恐れない柔軟さにも、触れた気がした。
絹を使ったサステナブルなものづくり体験「工房風花」
作るための場所を常に開いている工房もある。
桐生天満宮のほど近く、赤煉瓦造りのノコギリ屋根の一角にある「工房風花(かざはな)」だ。
ここでは、誰でも工房を借りられ、好きなものを染めたり、作ったりすることができる。
草木染めの絹糸を選び、機械の使い方を教えてもらう。たて糸を自分ではり、その後、機織り機で織っていく。そうすると、たて糸もよこ糸も自分好みの絹ストールが、1日で作れてしまうそうだ。しかも、価格は空間使用料1日1500円と破格(材料代別途)。
この日来ていたお客さんも、思い思いの素材で、実験するように楽しんで作っている姿が印象的だった。
代表の板野さんは「作ったものを売るより、私が面白いと思っているプロセスを楽しんでもらいたいんです。だから私が作ったものを欲しいと言われても、『自分で作ったら?』って言っちゃう」と笑う。
風花のショップスペースは入り口にある一角のみで、その奥には糸づくり、染色、機織りができる工房が広がっている。確かに、ここは「作る」ための場所だと感じた。
京都の職人さんが誰でも動かせるようにと作った手動の機織り機や、国内での稼働が珍しくなった糸を紡ぐ「ガラ紡機」、経糸(たていと)を整えるための「回転式整経手織り機」などの希少な機械のほか、染色に使う多種多様な植物、材料として「使えない」と判断された選除繭(せんじょけん)などの素材が所狭しと並んでいる。
ふと、化学染色した黒と草木染めの混ざった色合いが個性的なネックウォーマーが目に止まった。色の組み合わせに加えて、選除繭(せんじょけん)を使った不揃いな糸の風合いが、まさに一点ものといった雰囲気。
思わず「買えませんか?」と聞きそうになった。しかし、「買うよりも作ってほしい。自分で作ったものって特別だし、きっと楽しいから」と言う板野さんの前で、野暮かなと思い、なんとか飲み込んだ。
針を刺すだけで表情が変わる─世界のデザイナーが訪ねる「楽しい」テキスタイル発信基地「Tex.Box」
桐生市新宿にある「Tex.Box」は、日本だけでなく、世界からデザイナーやバイヤーが訪れることもある、テキスタイルの聖地だ。存在感のある六連のノコギリ屋根の中で、世界でも珍しいニードルパンチの技術を使って、オリジナリティ溢れるテキスタイルを発信している。
ニードルパンチは、複数の布を重ねて剣山のような針を突き刺すことで、繊維同士を絡ませ、全く新しい生地にしてしまう技術。だからこそ、誰も見たこともないような質感や表情のあるテキスタイルを生み出すことができる。
「Tex.Box」の澤さんは、独立してから18年、様々なテキスタイルを作り続けてきた。独立してすぐに、テキスタイルを発注してくれたメーカーや、展示会で出会った新人デザイナー、イッセイミヤケのパリコレのフィナーレを「Tex Box」の作品が飾ったこともある。
見せて頂いた生地だけでも、ボーダー柄の綿のカットソーを皺寄せしたものや、エナメルクロスを掛け合わせたもの、プリーツ加工をしてポリエステルのレースを組み合わせたもの、さらには和紙を組み合わせたものまで、様々な種類があった。
0.1mm単位で針の深さを調整しながら、次々と新しいものを生み出し続けている澤さんは、今でも「新しい生地を生み出すことが楽しくてしょうがない」と語ってくれた。
「個性」がつながり、ぶつかり合う場所を「桐生テキスタイルマンス」
個性豊かな作り手がたくさんいる桐生には、伝統を捉え直し、作り手たちとつながりながら、次の展開を模索する新しいクリエイターたちもいる。
「桐生テキスタイルマンス」(以下KTM)はその一つ。コピーライターでもある星野智昭さんが4年前に立ち上げ、桐生の作り手たちとともに、イベントやワークショップ、展示といった活動を行なっている。
星野さんがKTMで大切にしているのは、「つながりの深度」だという。
「例えば、スマートフォンによって音楽を聴く体験が変わったように、AとBがぶつかり合うことで、何か新しいことが起きるんじゃないかと思って。KTMという旗を掲げて、そこに集まってくれた人や遊びに来てくれた人たちが新結合するような、プラスアルファがあればいい」
毎年秋に開催される桐生ファッションウィーク2022のKTMの展示では、桐生の作り手によるものづくりワークショップや物販、国際ファッション専門職大学の学生による作品展示とDJブース、「きものかわいい撮影会」やトークショーが行われていた。確かに、いくつも立体的に組み合わされた企画には、「つながり」をうむ仕掛けが施されていた。
それぞれが個性を確立しながら、お互いにつながれる場所。カオティックな桐生には、そうした場所に価値があるのかもしれない。