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熊にバター(行き場のない掌編集)

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日常と異世界。哀しみとおかしみ。行き場のないことばたちのために。
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ライオンのスープ

ライオンのスープ

動物園のライオンというのは、だいたい寝ている。

アムールトラなんかが、せわしなく檻の中を行ったり来たりしているのに比べると、ライオンはいつも横たわっている。

ときどき大儀そうに眼を開けて、5分前の世界と何も変わりがないことを確かめて、また眼を閉じる。

どうして、そんなに寝ていられるんだろうね、と僕が訊ねると、
「そういうふうにできてるからだよ」と、ライオンは面倒くさそうに答える。

「たまに

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黄色い夜(再放送)

黄色い夜(再放送)

ターミナルのひとつ手前の駅、というのが好きだ。
なにもないことがわかっていても無駄に降りたくなってしまう。

その日も、森林公園で行われたイベント取材の帰りに、夕闇迫る北池袋で降りてしまった。池袋まで、べつに歩けない距離ではない。

風はぬるく、街の光はまだぼんやりとしている。中途半端な時間ということもあって、人通りも少ない。

だいたい、日曜日の夕暮れに人は無目的に歩かないものだ。こんな時間にふ

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「求む」やる気のない方

「求む」やる気のない方

厚介は逡巡していた。思ってもなかった求人を発見したからだ。

厚介の特徴は「やる気のないこと」である。世間一般ではやる気のなさはあまり評判がよくない。

けれども厚介は意に介してないのである。こんなに世の中にやる気が溢れているのだ。一人ぐらいやる気のない人間がいてもいいんじゃないか。

むしろ、そういう人間がいたほうがバランスが保てるってものだ。それぐらいに考えている。

以前の職場でも彼は、あま

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トモナガさんのお仕事

トモナガさんのお仕事

トモナガさんの仕事場は山手線の中だった。

といっても、スリや痴漢などではない。そういうのは、もちろん犯罪であって仕事とは呼べない。

じゃあ電車の運転士? それとも鉄道警察隊か何か? どれもちがう。ほとんどの人は、彼の仕事をしらない。

その日も、トモナガさんは五反田駅のホームにいた。

彼は、とある社章を胸に着けた男をマークして、 男が8両目の4番ドア付近に乗ったのを確かめると自分も隣のドアか

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指の音

指の音

階段を上がって真紀の部屋に着いてピンポンを押したら、知らない男の人が出てきてびっくりした。

部屋を間違えた? でも見覚えのある真紀の傘がドアの横に立て掛けてあるし。わたしが言葉を探していると、

「あ、友達だからいいの。ゴメンいま手が離せなくて。奈緒でしょ? 上がって」
と、奥のベランダのほうから真紀の声がするので、友達だからいいというのはわたしのことなのか、男のことなのかどっちだろうと思いなが

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夜の入り口でサボテンは

夜の入り口でサボテンは

「暗くなるのが早くなりましたね」

打ち合わせからの帰り道。まだ明るい時間だったので、いつもは通らない公園の脇道に入ろうとしたところでサボテンに話しかけられた。

しまった、と思った。日没前の明るさが残る時間はサボテンの活動時間なのだ。

サボテンは知人にでも偶然会ったかのように話しかけてきて、不意をつかれた僕は、うっかり「ええ」と返事をしてしまった。

「もうすぐ立冬ですからね」

サボテンはす

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逆コンビニ強盗

逆コンビニ強盗

コンビニのレジで店員から「手を挙げろ」と言われたことがある。仕事からの帰り道。習性のように立ち寄る近所のコンビニでのことだ。

お弁当と部屋の冷蔵庫に常備しているヨーグルトと目についたポテチの新作を手に取って、いつものようにレジに置いた。

今どき珍しいぐらい髪に何か塗りたくった男性店員が無言でお弁当を手に取り、バーコードをスキャンする代わりに僕に拳銃のようなものを向けたのだ。

一瞬、店員がレジ

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