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軽妙にして鮮やか。パリの香りに酔う。「赤いモレスキンの女」と「ミッテランの帽子」

 憧れのパリ。街並みや匂い、抑えたトーンで話す人々のざわめきを感じる。そして残念ながらそこには危険も。
 深夜に自宅の門扉を開けようとしたところで突然襲われ、ハンドバッグを奪われる。家の鍵も、貴重品も、携帯電話も、何もかもバッグの中だ。そして何よりも彼女、ロールにとって大切な「赤い手帳」が入っていた。
 「赤い手帳の女」という原題を、日本版で「赤いモレスキンの女」としたのは気が利いている。実際にストーリーの中でロールが使っていたのは多くのアーチストやデザイナーに愛用されている「モレスキン」ブランドの手帳で、そうした実名を出すことでロールの人となりがぐっと具体化する。
 自ら経営する書店への道すがら、ハンドバッグを拾ったローランは、魔術師のポケット並みにあらゆるモノが詰まったそのバッグの中の赤いモレスキンに気づく。
 落し物から持ち主を探り当てる、そう言ってしまえば古典的とも言える。ただ、それがパリの街の中で起こると、どうしてこう魅力的に見えるのだろう。ただ「軽い」のとは違って、あくまでも軽妙で洒脱で。日本ともイタリアとも違うオシャレなパリが匂い立つ。なぜ、何がどう違うんだろう???
 この物語ではまた、「赤」(rougue)が全体にアクセントを与えている。赤い手帳、ル・カイエ・ルージュ(赤いノート)書店、赤い救急車、ヴァンショー(スパイス入り赤のホットワイン)、赤いベリーを添えた前菜、マルティーニ・ルージュ(赤いマルティーニ)・・・。これがモノクロの活字の中で、ふと赤い色が浮き上がって見えるような効果を感じて、なんともオシャレだ。

 具体的な固有名詞がそのままタイトルになっている「ミッテランの帽子」は、フランソワ・ミッテラン氏がフランスで大統領を務めていたときに、これもまたパリの街角で起きた(と仮定した)ことから始まる物語。大統領がレストランで置き忘れた帽子は、偶然と故意とにより次々と別の人の手に渡ってゆく。それをかぶる仮の持ち主に、素敵な魔法をかけながら。
 あ!と思ったのは、こうして次々と人の手に・・・と思っていたところで、ぱたっとリズムが変わること。時間軸がぐぐっと戻されて、ストーリーは違う回転を始める。「モレスキン」同様、いくつかの時間軸が単なる直線でも平行でもなく、行きつ戻りつ速度や向きを変えることで、何か複雑な織物が織り出されているような、弦楽器による美しい音楽が奏でられているような、そんな心地がする。

 そしてそして!ああ、なんと、これもまたさすがフランス!というべきなのか、どちらの本でも、ヴェネツィアが非常に重要な役どころとして登場する。とりわけフランス人の大好きなヴェネツィア、有名人も案外普通にぶらりと歩いているヴェネツィアなら、なるほどそこでミッテラン氏とすれ違うこともあっただろう。そして、大都会パリの喧騒の中から、ヴェネツィアへ飛ぶことで、文字通りいい息抜きのような空気を物語に与えている。

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 パリの喧騒やヴェネツィアの観光客が、少しでも早く戻ることを切に願いつつ・・・。

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ミッテランの帽子 Le chapeau de Mitterrand
アントワーヌ・ローラン
吉田洋之 訳
新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/590155/

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赤いモレスキンの女 La femme au carnet rouge
アントワーヌ・ローラン Antoine Laurain
吉田洋之 訳
新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/590170/

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Fumie M. 01.22.2021


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