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体のオトナ≠精神のオトナ

 18歳のとき、うつ病になった。高校3年生の夏休み明けだった。
 同じ年の秋、職員室の隣の会議室で、担任から私の病状について2時間ほど尋問され、恐くて学校に行けなくなった。自室の真ん中に置いてあるテーブルの下に潜り込んで、朝から晩まで泣いていた。楽しみにしていた卒業式にも出席できなかった。最寄りの駅の、高校方面――下りホームにさえ立てなくなった。
 両親が学校に抗議をするために出かけて行ったとき、私の胸は期待に高鳴っていた。そして帰宅した両親の「ふみが出るはずだった2時間ぶんの数学の単位、取り返してきたよ!」と言う言葉に、私は絶望した。その後、担任は電話口でこう言った。「謝ったつもりなんですけど、伝わっていなかったですか?」。私はこんなクズから教育を施されていたのか。
 体のオトナと精神のオトナは違う。体がオトナのひとは20歳を迎えたひと。精神がオトナのひとは――これはあくまで私個人の意見だけれど――例え、他意がなかったとしても、相手を傷付けてしまったとき、保身に走ることなく、清く自らの非を認め、どんなに恥ずかしかろうと頭を下げることができるひと。
 その、人間の精神における真髄を、身をもって知ることができたのだから、あの体験はある意味での正解だったのかもしれない。
 私の、人生でたった1回の普通科高校の卒業式の日は、もう永遠に戻ってこないけれど。

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