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なぜ上司が「任せた」仕事を、部下は「押しつけられた」と思うのか?

私は、部下に仕事を「任せること」がヘタクソでした。

「これはさすがに自分しかできないな」という仕事をたくさん抱えて、上司の自分だけが忙しくなっている。

気がつけば、部下はまったく育っていませんでした

「このままじゃダメだ」と思いきって任せてみたら、部下は「押しつけられた」と不満をもつ。そのためモチベーションはぜんぜん上がらず、求めているクオリティまで達しません。

仕方がないから期日のギリギリで巻きとって、また上司の自分だけが忙しくなっている……。

そんな悪循環でした。

しかしいまは、200人規模の会社の代表として、社員にいろんな仕事を任せられるようになってきました。

いまの会社で「こういうふうに任せていけばいいのか」という感覚をつかみ始めたのは、40歳ごろ。

「任せる」というのは、やはりそれぐらい難しいのです。

このnoteでは、仕事を任せることのニガテだった私が、なぜ任せられるようになったのかについてお話しします。

「つい自分でやっちゃうんだよな」「部下がなかなか育ってくれない」と悩んでいる人のヒントになればうれしいです。

「自分が行かねば」と思っていた

2008年に起業してから7年くらい、私はずっと「仕事を任せることがヘタクソな上司」でした。

たとえば「営業」

うちの会社の事業は、自治体と協力して「マーケティングの力を使い、がん検診などの受診率を上げること」です。

実績を積むなかで、いろんな自治体から「受診率を上げるための研修会を、うちで開いてくれませんか?」と依頼をいただくことが増えました。

研修会をすると、参加した自治体の方々から「そんなにすごいノウハウがあるんですね! ぜひうちの受診率も上げてください」とお仕事を発注いただけることがあります。

つまり研修会はうちにとって、ある意味で「大切なプレゼンの機会」でもありました。

「そんな重要な場所で、失敗するわけにはいかない」
「マーケティングのことを話すのは、専門的な知識がいる」
「スライド通りには話せても、質疑応答は台本を準備できないよな」

そう考えた結果、研修会の講師はぜんぶ私が一人でやっていたのです。

売上が何年も「2億円」で止まっていた

研修会は、年に50回以上もありました。

毎週、東京から全国各地の自治体へ飛びまわっていたのです。午前は岩手、午後は青森というぐらい日程がつまっていることもありました。

正直、さすがにしんどかったです。

だけどふと気づいたら、自分はこんなにも忙しく働いているのに、年間の売上が何年もずっと「2億円」で止まっていました

利益も数百万円しかない。もうこれ以上、人を雇う余裕もなければ、みんなの給料を上げてあげられる余裕もなかったです。

「部下が成長しないリスク」は負えない

変わるきっかけは、DeNAの代表である南場智子さんの記事を読んだことでした。

そこには「私は仕事で失敗するリスクはとっても、人が育たないリスクはとらない」という話が書いてあったのです。

上司は、部下に任せることで仕事が失敗したときのカバーはできます。しかし任せないことで、部下が成長できなかったときのカバーはできません。

長期的にみると「いま目の前の仕事が失敗すること」より「人が育たないこと」のほうが、組織にとっては大きなリスクなのです。

南場さんの記事を読んで「いまの私は、人が育たないことをやってるな」と思いました。

部下の仕事をとることは罪である

思い返せば、新卒で入ったP&G時代も、新卒4年目でマネージャーになったはじめのころは、部下の打ち合わせに付いていっていました。そして打ち合わせに出ると、やっぱり私がしゃべってしまう。

当時の私は、部下に対して「なんでこんな簡単なこともできないんだよ」と思っていました。

そのとき私の上司から「部下の仕事をとるのは罪だよ」と教わったのです。

「罪」は英語で2種類あります。ひとつは「Crime(クライム)」という犯罪の罪。もうひとつは「Sin(シン)」という倫理的な罪です。部下の仕事をとることは「Crime」ではないけど「Sin」だと教わったのです。

部下の仕事を奪うことは、部下の成長を妨げる。

それ以来、P&G時代はその教えどおりに仕事を任せていた記憶があります。

だけど起業してからは、任せることができていなかった。やっぱり「自分の会社」だと考えると、失敗することが怖かったのです。

しかし自分自身のことを振り返ってみても「成長したな」と感じるのは、修羅場をくぐったとき。

ピンチのたびに上司が出てきて助けていたら、部下は成長しません。

そこで社長として、改めて「任せること」を意識するようになりました。「まあ現場に放り込めば、みんななんとかして帰ってくる。自分もそうやって成長させてもらったし」と考えるようにしたのです。

「60点」をとれるなら任せる

いまは「60点」をとれているなら、任せるようにしています。

ポイントは「上司の基準で60点」ということ。

そうすればお客さんの基準からすると、70点や80点くらいになっていることが多いのです。

なぜなら「上司の基準」のほうが「お客さんの求める基準」よりも、圧倒的に厳しいから。

つまり、上司が「このクオリティで大丈夫かな……」とすこし不安に思っているくらいで任せても、ちゃんとお客さんの期待以上のクオリティになっていることが多いのです。

最初にお話した研修会の講師も、私があまりにもしんどそうなのを見かねてか、ある営業の部下が「ぼくが代わりにやりますね」と言ってきたんです。私も体力的にギリギリだったので、引きとめる余裕もなく「じゃあお願い」と。

そうして任せてみたら、意外とできているんです。

もちろん、最初はあたふたする場面もありました。でも現場を経験するほど、どんどん成長していくんですよね。

私はいま、研修会の講師を一切やっていません。

フィードバックは「意図の確認」から

上司の基準で60点を超えていれば、任せればいい。

逆にいえば、任せるにあたっての問題は、そのラインすら超えていなくて「このままだとお客さんに見せられないな」というとき。

この際、いちばん重要なのが「フィードバック」です。

ここで上司が最初から最後までぜんぶ手直ししてしまうと、それ以降、部下は「どうせ上司が直してくれるから」と手を抜くこともあります。

そうなってしまうと、部下はいっさい育ちません

では具体的に、どうすればいいのか。確認すべきポイントは2点です。

「意図」と「やり方」が、それぞれズレていないかどうか。

かんたんに、図にまとめてみました。

①意図がズレていないかを確認する

最初に確認すべきは「意図」です。

上司が「ん?なんかしっくりこないな」と思ったら、部下に「だれに対してどんなメッセージを伝えたくて、この資料をつくったの?」という意図を確認する。

たとえば、部下に「がん検診に関心のない人に向けて『がんはかかりやすくて重大な病気だ』というメッセージを伝えるパンフレットをつくってほしい」と依頼したとします。

にもかかわらず、確認してみると「がん検診に関心のない人に向けて『検診は簡単に受けられますよ』というメッセージを伝えるパンフレットをつくりました」と返ってきたりすることがあるのです。

これは依頼をする過程のどこかで、コミュニケーションの齟齬などが生じていたのでしょう。

その際は、あらためて「意図をすり合わせる」ところからやります。

②やり方がズレていないかを確認する

つぎに「意図」は合っているけど「やり方」がズレていることもあります。

たとえば先ほどの例でいえば「がんはかかりやすくて重大な病気である」というメッセージを伝えたいのに、ピンクを基調としたポップな感じのデザインや文言だと、いまいち伝わりきらないですよね。

もし「がんはかかりやすくて重大な病気である」というメッセージを伝えたいのであれば「乳がんは40代女性の死亡率、第1位」という文言を、真ん中に大きく出したほうが効果的です。

文字がより目立つよう、パンフレットのサイズは少し大きめのA4。色はダークブルーの色を使って、シリアスな雰囲気を出す。

そうすれば「がんはかかりやすくて重大な病気だ」というメッセージが、伝わりやすくなります。

「やり方」がズレる原因は、大きく2パターン

ではなぜ「意図」は合っているのに「やり方」がズレてしまうことがあるのでしょうか。

原因は、おおきく2パターンあります。

1つ目は、いろいろと考えているうちに頭がこんがらがってしまうパターン。

この場合は、いろいろと上司が質問をすることで、部下の頭を整理してあげます。

たとえば「乳がんはかかりやすくて重大な病気である」というメッセージを伝えたいのに、部下が先ほどのピンクのパンフレットをつくってきたら「乳がんって、どうして重大な病気なんだっけ?」みたいに聞くんです。

そしたら「40代女性のがん死亡率で、第1位だからです」と答える。そしたら上司は「それをそのまま書きなよ」と伝えるというイメージ。

部下がすこし難しく考えすぎているなと思ったら、

「要するにどういうことが言いたいの?」
「そもそもなんでこれを言いたいんだっけ?」

といった根っこの部分を、あえて聞いてみるんです。

「ズレている」のではなく「そもそも知らない」

「意図は合っているのに、やり方がズレる」2つ目のパターンは「そもそもやり方を知らない」です。

たとえば「パンフレットのサイズって、べつにA4でもいいんだ」とか「ダークブルーを使えば、シリアスな雰囲気が出るのか」といったやり方を、部下が知らないだけのこともある。

その際にいちばん早い対処法は「上司が実際に1回やってみせる」です。

上司が「こうやってやるんだよ」と1回みせれば、部下も「ああ、そうやってやればいいんですね」と、自分の引き出しにすることができます。

このように「意図」と「やり方」のどちらでつまずいているかを把握しながら、フィードバックする。

そうすることで、部下は少しずつ成長していき、やがて任せられるようなクオリティまで高まります。

仕事を任せはじめたころにぶつかる「壁」

仕事を任せはじめると、上司はおそらく「1つの壁」にぶつかります。

それは、上司は「任せた」つもりなのに、部下は「押しつけられた」と思っているときがあること

P&G時代、マネージャーになった私は、ずっと不思議だったことがありました。

「こっちは任せているつもりなのに、なんで部下は押しつけられたと勘違いして、怒っているんだろう?」と。

いろんな理由を考えました。「仕事の頼み方が雑だ」とか「あまりにも負担がデカすぎる」とか。でも違いました。

いちばん大切なことは「信頼関係があるかどうか」だったのです。

部下が「私の成長のために、上司はこの仕事をお願いしてくれたんだな」と思っていれば、仕事の頼み方がすこしくらい雑でも気にしません。

逆に信頼関係がなければ、どれだけ丁寧に仕事のやり方や意義を説明しても「都合のいいことを言いやがって」としか思われないのです。

信頼関係の大切さに気づいた、P&G時代の研修

信頼関係の大切さに気づいたきっかけは、P&Gでマネージャーになってから半年くらい経ったころに受けた「研修」でした。

当時、社内の若手マネージャーが60人くらい集められた研修があったのです。

場所は神戸にある、30階建て本社ビルの30階。そこに研修室がありました。

60人が、6人1グループで席に座って。研修の担当は、人事部長でした。

まずは「いまマネージャーとして、なにに困っているか話し合ってください」と言われたのです。そこで私たちは「使えない部下ばっかりだ」と言いたい放題。どのマネージャーも、同じような悩みを抱えていました。

そしたら数分が経ったころ、人事部長が手を「パンっ」と叩いて「はいオッケー。わかりました」と議論を止めました。つづけて「次は白い紙を用意してください」と言って。

そして「その紙に部下の名前を書いてください。で、それぞれの部下に関して、仕事以外で知っていることを3つ書いてください」と言ったのです。

私は「そんなの簡単だよ」と思いながら、書き始めました。

「あの人は大阪に住んでるって言ってたな。たしか出身は静岡で……」

それ以上、思い浮かびませんでした。

本当の意味での「上司」とは

まわりを見てみると、3つ以上書けている人は、ほとんどいませんでした。

そのとき、人事部長が言ったんです。

「ビジネスは、人と人とでやるもんだ。相手のことを人として知っていることが3つもないのに、一緒に仕事なんかできるわけないでしょ」と。

つづけて、こんなことも言われました。

「たしかに、会社はあなたたちを昇格させた。でもまだ上司になったわけではない。部下からの信頼を獲得してはじめて、本当の意味での上司になれるんだ」。

そのあと、私は初めてチームのみんなをご飯に誘いました。

腹を割って話すなかで、それまでは「なんでこんなこともできないの」と思っていた部下のことが「彼らなりにいろいろがんばっているんだな」と、まったく違う見え方になってきたんです。

部下たちも「初めてご飯に誘ってくれて、うれしかったです」と言ってくれて。それまで溜まっていたお互いの本音を、思いっきりぶつけ合いました。

そうやって信頼関係ができるなかで、部下から「仕事を押しつけられた」と勘違いされることは、どんどん減っていったのです。

「任せる」ためにいちばん大切なこと

P&G時代、人事部長から言われた「上司は部下からの信頼を獲得しろ」という言葉。

私が「本当の意味での上司」になるきっかけを与えてくれました。

この原体験を忘れないため、うちの会社の4つの行動指針のひとつには「獲得する(Earn)」を入れています。 

上司という「立場や権限」だけで、部下を動かそうとしてはいけません。

上司は、部下からの「この人に付いていけば大丈夫だ」「この人のもとでなら、成長できる」と信頼を獲得できるよう、全力を尽くす必要があります。

それができていないまま、どれだけ「思いきって任せる」というマインドや「フィードバックの方法」というテクニックを身につけても、効果はありません。

任せるためにいちばん大切なのは「部下からの信頼を獲得すること」なのです。


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