【カオス病院 #7】服役中の人が病気になったらどうなるの?〜外来編〜
病院という場所は、あらゆる人が利用する非常にカオスな空間だ。
すぐキレるおばあさん。入院する前まではホームレスだったおじいさん。外国人のおねえさん。お金持ちのお兄さん。刑務所に服役中のおじさん。
本当に色々である。共通しているのは、「病気である」という一点のみだ。
ある日、私は衝撃的な光景を目の当たりにした。
いつものように外来の待合室をちらりと覗く。今日もたくさんの患者が自分の番を待っていた。どんな患者が来ているか観察する。様子がおかしい人や、困っている人はいないだろうか?
たくさんの患者たちの中で、車椅子の男性に私の目は止まった。たった一人の男性の周りに、3-4人もの人達が付き添っていたのだ。それだけであれば、「おじさんのことが心配で家族みんなでついてきた」という微笑ましい家族である可能性もあった。しかし、誰一人として一言も発しない上に、全員やたらと眼光が鋭い。異様な雰囲気だ。
その時、ふとした拍子に車椅子の男性に掛けられていたブランケットが、はらりと床に落ちた。
……両手にかかる冷たい銀色の輪、そして腰に巻かれた縄。よく見ると縄の先を付き添いの一人が持っていた。
「え!? ……え!?」
私は目を疑った。
「あらあら~どうしたのー?」
先輩が私の慌てた様子を見て声をかけてくれた。
「あ、あの人……っ。手錠……縄も……してました。なんですかあの人達……!? ハードな趣味をお持ちの集団的な……?」
「うふふ、そんなわけないでしょ~? 刑務所の人たちよ」
「え!?」
「うちは刑務所と提携している病院だから、時々受刑者さんが来るわよ~」
「そうだったんですか……! こんなに普通に来るんですね……てっきり、一般の目に触れないように来院するものかと思っていました」
「一応、待ち時間は個室で待っていてもらうんだけどね。もう順番がくるから、今はそこで待っているみたいね」
「なるほど……」
ところで、刑務所で服役中の人が病気になったらどうするのか、ご存じだろうか。
当然ながら受刑者も病気はするし、持病があって毎日薬が必要な人もたくさんいる。そのため、刑務所には専属の医者がいるのだ。具合が悪くなったり、定期的に飲む薬を処方するのが刑務所勤務医の仕事だ。そこでもし「こりゃあ手には負えないぞ」となった時に、初めて一般の病院へ連絡が来るのだ。
「せっかくだし、受刑者さんの対応、練習する? といっても、別に特別なことはないけどね~」
「は、はい!」
「じゃあ、よろしくね~」
一般の人とは違い、受刑者の名前を大声で呼ぶわけにはいかないので、直接声をかけにいく。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
「よろしくぅ……」
刑務官に続いて車椅子の男性が礼を言う。よろしくと挨拶されただけなのに、あまりの眼光の鋭さに思わず少し後ずさる。
(なんだか迫力のある人だな……)
私は少し戸惑いながらも受刑者さんご一行を診察室へ案内した。
「こんにちは~! 恐山(おそれざん)さんですね! お腹が痛いと聞いていましたが!」
今日の外来担当は、外科の茶良元気(ちゃらげんき)先生だ。医学に対する興味が人一倍強く、患者にも親身で元気な先生である。
「おう、威勢の良い医者だ! 頼むぜ~。昨日から腹が痛くってよぉ」
「分かりました! 触診してみましょう! 診察台に横になってください!」
初めて車椅子から離れ、診察台に横たわる。ちなみに、車椅子に乗っているのは歩けないわけではなく、手錠や腰につけた縄を隠すためだ。もちろん、手錠や腰に巻き付けられた縄は診察中も邪魔にならない限りはそのままだ。
「ふむふむ。はい、オーケーです! 検査一通りしましょう! これは多分入院になります!」
「頼むぜぇ、先生。……いててて」
検査室へ案内し、私は診察室に戻った。
(目つきはかなり怖かったけど、気さく(?)な人で良かった~)
(……なんで刑務所入ってるんだろう……? 刑務所って言っても、色々な罪があるだろうし……詐欺とか? 窃盗とか?)
私は患者のカルテに目をやった。
恐山重治(おそれざん しげはる)。40代男性。覚せい剤取締法違反、暴行、脅迫などで服役中。
……超悪いじゃん。
(入院編へ続く)
著者:藤見葉月
イラスト・編集協力:つかもとかずき
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