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【感想】浮遊世界のエアロノーツ

余談:信じるって難しい

「信じる」って難しいですね、筆折れば名無しです。
信じるという言葉は伝える方も、伝えられる方にも重くのしかかるものです。それはときに大きな枷になることもあるでしょう。「信じているよ」なんて言われたら私はプレッシャーにやられてしまいます。
私達はときに魔法使いになれます。
ワルい魔法使いにも、いい魔法使いにも……。
あなたの言葉が誰かの希望にもなれば、絶望にもなる。最近、ニュースを騒がせる侮辱罪。表現の自由。誹謗中傷やTwitter買収の件などなにかと騒がれるコトバの周辺世界ですね。

浮遊世界のエアロノーツ / 森日向

提供:版元ドットコム

さて、本日紹介する本は、「浮遊世界のエアロノーツ」。キーワードは「信頼」。記憶を失ったアリアと、孤独を日常にしてきた泊人。さて二人はどのように信頼関係を紡いでいくのか。最後には、作品と明治時代の公害問題と絡めて論じてみようと思います。

あらすじ

優しさに包まれたハイファンタジーをどうぞ!
バラバラに砕けた世界は、浮遊島として宇宙をまどろむ。 精霊のいる島、時を繰り返す島、一つだけ願いを叶える島……。飛空艇の操縦者・泊人は、とある島で記憶と家族を喪失したアリアにであう。それは運命か? 喪失した記憶の断片を繋いでいくように浮遊島を旅して成長するアリア。彼女はもう、殻にこもった彼女じゃない!


どんなに人にオススメ?

  • スキマ時間に読みたい

  • 頭が空っぽな状態でも読める

  • バディものが好き!

  • 心があたたまる作品が好き!


Good Point, Bad Point.

良かったところ

①世界観にワクワクさせられる
②主人公・泊人の成長が見どころ

まず、なんといっても世界観に引き込まれます。バラバラに砕けて浮遊している島々。その島々はそれぞれ世界の破片となって独自の進化を遂げています。精霊がいる島や、ねがいを叶える島、監獄島。それぞれに別の価値観をもった、あたらしい人々がいる。さまざまな浮遊島を訪れて、まったく自分の世界と異なる秩序を探訪する楽しみは、旅行前にガイドブックをめくるワクワクと同質です。よんでいて飽きないし、それはこの作品が続く限り、その世界観によって担保されています。
次に、主人公の成長も大きな見どころです。表に出ているプロットは、「記憶と家族を失ったヒロインの成長譚」。自分の殻にこもった彼女が、人との関わりの中で徐々に世界と向き合う術を獲得していく様子は、読んでいて心地よいです。ただ、そこにさらに一工夫、加えられているのがよかったです。つまり、サイドプロットに主人公の成長がある。アリアの成長に促されて、再帰的に主人公の心に変化が起きていく。この「再帰的」なのがいいですね。彼女との出逢いが化学反応を起こし、自分の成長につながる。アリアを主人公とした旅モノ・探しモノではなく、あくまで泊人の心の再生譚なんです。だからこそ、第二巻、第三巻と待ち遠しい思いが読後に残るのではないでしょうか。


悪かったところ

① 心理描写が足りない
② 文章が軽い
③ うす味

①について。全体的に駆け足な印象がぬぐえないことは否定できません。特に、ヒロインの成長部分は、あまりにもあっさりしているな、と。いくら物語世界のふたりが長く濃密な旅をしていたとしても、わたし達読者が彼らと出会ったのはほんの十数ページです。彼女は風を操る干渉力を持っていましたが、ものにできてはいない。その能力を彼女が自分の支配下に完全に治めるキッカケとなったのが、泊人との信頼関係なワケです。しかし、その信頼の構築までが描かれていないのではないかと感じました。やはりこの作品の心臓部分は「信頼」なわけですから、もう少し葛藤とか障害を入れてほしかった。
言い換えれば、

もっと読者をイジメてほしかった(Mっ気)

読者を焦らして、焦らして、そこから成長するカタルシスが好きなんです。

さて、②について。文章はもう少し、落ちついているといいなあ、というのが正直なところです。基本的に三人称視点をベースにしているはず。だけでも冒頭はヒロイン・アリアの一人称。かと思えば、泊人の視点。幕間も挟まれるから、また視点が移動する。視点人物が変わったりすると、文章に重みが出てこない。私はこの作品が大好きで、とくに第三話「繰り返しの島」はうるっと涙。けどやっぱり視点がころころかわると、読者も感情移入しにくくい。その作品に「泣ける」かどうかって、どの人物に自分の感情を投影できるかで大きく変わってきます。視点人物が変わると、読者の感情が迷子になってしまう。

以上のことがあって、最終的な印象として「③うす味」に感じて、ダイジェストを読んでいる感覚に陥る。
作者さんの「書きたい!」がよく伝わってくるよいラノベなんですが、それゆえに話のファクターと描写量に不均衡が生じていると感じました。世界観も、内容も十分に面白さを備えた小説だと感じているので、あとはもうすこし話の余白を埋めることができればいいと感じました。次回以降への期待は非常に大きいです。


ここから先、ネタバレ注意
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ライトノベルは現実世界の夢を見るか? ~明治期の公害問題~

ひとつ、気がかりなことが残る。
それはアリアの両親の死因。

お父さんとお母さんは浮遊結晶を採掘する島の出身で、そこで暮らしていた人々は若くして亡くなる者が少なくなかったこと、そしてお父さんとお母さんも最近になって特有の症状が出始めたということ〔……〕。

浮遊世界のエアロノーツ


両親の死因は、
明治時代の炭鉱労働者の姿と重なる

たとえば、明治期には筑豊炭田などで炭鉱労働が非常に盛んだった。じつはこの労働者の働き方っていうのが、非常に面白くて、夫婦で行うんです。父親が採掘して、それを母親が運ぶという二人三脚の働き方。もちろん当時は防じんマスクのようなものをする労働者はいなかった。だからそこで働く人は、肺を患うという特有の症状が表れる。それも時間差で……。
しかもその炭鉱というのはもちろん燃料であって、さまざまな交通機関で使われたり、動力源として活用されてきている。『浮遊世界の~』でも同様に、浮遊結晶は動力源として使われている。
これはこじつけになりますが、炭鉱労働者はよりよい労働環境や賃金をもとめて、広域に移動していたこと。それはアリアの両親が「ひとつだけ願いがかなう島」を目指している漂流者としての性格とも一致したり、しなかったり……。

『浮遊世界の~』と、炭鉱労働の共通点
・結晶(炭鉱)は動力源として使われる
・炭鉱町の人々は特有の病を患う
・夫婦で働く姿


さてさて、これは偶然なのか?

なにより私が引っかかったのは、著者紹介で「たまに研究者っぽいこともしている」と記述していること。もしかして、森日向さんは労働問題の研究をされているのかもしれませんね。(⚠完全に私の憶測です)


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