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短編小説『E♭の夜想曲』Op.5

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9月3日

翌日。
今日はおっさんに報告に行くため、朝からいそいそと準備をしていた。

そろそろ出発しようと思っていたとき、私のスマホに着信が鳴った。

美江子さんだ。電話なんて珍しいな、何の用だろう。

「もしもし。美江子さんどうしました?」

私が問いかけると、美江子さんは一息置いて

「昨晩勇気が亡くなったの。家に安置しているから、最後に会ってやってほしい」


私は言葉が出なかった。

嘘だ、前会った時は笑顔で受け答えしていたのに。

ショックでまだおっさんが亡くなったことを受け容れられずにいたが、なんとか華澄と舞莉に連絡し、一緒に美江子さんから聞いた自宅へ向かった。

おっさんの家は、あの河川敷から少し歩いた住宅街にあった。

到着すると、美江子さんが出迎えてくれた。
目が赤く腫れていて、それだけで私は胸が締め付けられた。

一室に通されると、大きな祭壇が目に入った。その下に布団が敷いてあった。顔には白い布が掛かっていて見えないが、こういった祭事に縁がなかった私は、それだけで堪えた。

他にも何人か人が居て、入れ代わり立ち代わりといった感じだ。中には保護者と一緒に来たこどももいて、

「勇気先生!!!」

と泣いていた。子どもたちから慕われていたことが伺えた。

少しして、私たちが線香をあげる番になった。

「顔見ていくかい?」

と美江子さんに言われ、言われるがまま私は頷いた。

美江子さんが顔に掛かった布を取ると、おっさんが安らかな顔で眠っていた。
とはいってもずいぶん痩せ細って顔色も悪かったため、最初はギョッとしたが、自然と怖くはなかった。

私たちがひと通り線香をあげ終わると、美江子さんは話し出した。

これまで体調が落ち着いて話もできていたおっさんだったが、県大会前日である1日に突然体調が悪化。意識不明の状態が続いていたそうだ。

医者からは覚悟するようにと言われており、大会前日の私に気を使わせまいと、私には連絡を控えていたと教えてくれた。

それからおっさんの意識が戻ることはなく、大会当日の2日の夜、息を引き取ったという。家族に囲まれ、安らかに眠っていったと、美江子さんは涙ながらに語ってくれた。

私たちは涙をすすりながら話を聞いていると、美江子さんは懐から一通の手紙を取り出し、

「勇気から奏ちゃんに手紙を預かってたの。自分が死んだら渡してくれって。読んでもらえるかしら」

と、手紙を渡された。

私は涙を拭きつつ、手紙を開いた。
そこには震えていながらも、きちっと整った字が並んでいた。

          奏へ

 まずはこれまで病気を黙っていたこと、俺が死んだ後に気持ちを伝えること、申し訳なく思う。少々自分語りをするが、聞いてほしい。

 病気で倒れてから、俺はすべてのやる気を失っていた。ただ病室の天井を眺めながら治療の痛みに耐える日々が、何年も続いていた。
 今年の春から自宅に戻ってきた俺は、場所が変わっただけで相変わらず家の天井を眺めているだけだった。自分のことは自分が一番分かっている。俺がそう長くないことも薄々勘づいていた。

 だからだろうか。俺は何だかこのまま天寿をまっとうするのが悔しくなってきた。最後くらい自分の好きに生きたい、神に抗いたいと思ったんだ。可笑しいだろ、笑ってくれw

 それから俺はずっと辞めていた酒を呑み、吸ったこともないタバコを吸い始めた。経験がないからずいぶんむせた。奏にもよくバカにされたっけなw

 そんな生活をしていたとき、奏に出会ったんだ。生きることへ自暴自棄になっていた俺にとって、無邪気で夢に向かってひたむきに努力する奏は、ものすごく眩しく見えた。酒ばかり呑んでフラフラしている俺はだらしない大人と思われてもおかしくないのに、奏はそんなことは一切言わずに慕ってくれた。それだけで俺は、残りの人生を頑張って生きようと思えた。奏は間違いなく、俺の生きる希望だったんだ。

 河川敷で奏の演奏を聴いたり、たくさん話したり、時には勉強会をしたりしたこと。奏と友達が開いてくれた演奏会。たくさんの思い出をくれた奏には、本当に感謝している。ありがとう。

 今、俺は病室でこれを書いている。手が震えて、ずいぶん字が汚くなったもんだw
そろそろ検査の時間だから、ここら辺にする。
奏に出会えて本当によかった。俺は天国から見守っている。あんまり早くこっちに来るんじゃねえぞw
 奏が幸多き人生を歩むことを祈って。

         おっさんこと   三谷勇気より


「おっさん、私関東大会行ったんだよ!おっさんとの約束ちゃんと果たしたよ!何で死んじゃったんだよぉぉぉぉぉ!」

手紙を読み、私はこれまで抑えてきた感情が一気に溢れ出し、自分でも驚くほどわんわん泣いた。発狂に近かった。

そんな私に、美江子さんは涙を浮かべながら背中をさすってくれた。

たくさん泣いた後、私はどのように帰ったのか、帰った後なにをしたのか、そこからの記憶があまりない。



それから月日が流れた。

私は音楽の推薦で隣県の私大に出た後、就職のため地元に戻った。

現在社会人になり、3年目になった。終わらない仕事、厳しい上司の目、後輩の指導と、私は心身ともに疲れ果てていた。

そんなある日のこと。帰宅途中ふと河川敷のことを思い出した私は、久しぶりにあの場所へ行くことにした。

あれ以来行っていない。一体何年ぶりだろうか。
せっかくだからアレも買っていくか。私は少し笑みを浮かべ、コンビニに寄りつつ河川敷に向かった。

河川敷に着くと、その景色はあの頃とまったく変わっていなかった。

「懐かしいな…」

そう呟きつつ、私は土手に腰を下ろした。

買ってきた缶ビールを呑みながら、河川敷の景色を眺めていると、今まで忘れていた思い出がたくさん蘇ってきた。

夢に向かって部活に打ち込んでいたこと、おっさんとたくさん笑ったこと。仕事で荒んでいた今の私には、当時の自分がものすごく眩しく感じた。おっさんもこんな気持ちで私を見ていたのだろうか。

「そろそろいってみるか」

私はコンビニ袋から、タバコを取り出した。一度も吸ったことがないが、おっさんの真似事をしてみたくなったのである。
ライターで火をつけ、一思いに吸ってみる。

「…ゴッホゴホ!ウエエ!」

私はめちゃくちゃむせた。と同時に、何だか可笑しくて笑ってしまった。

タバコはまったく美味しくなかった。だがせっかく火を付けたのに勿体ないと感じ、この1本だけは吸いきることにした。

「ゴホゴホ!ゴッホゴッホ!」

よくおっさんはこんなもの吸ってたな、と少しおっさんに尊敬の念すら芽生えてきた。

私はタバコと格闘しつつ、時間を確認しようとスマホを手に取った。

9月2日 21:30

そうか、今日はおっさんの命日か。

おっさんが私をここへ導いてくれたのかもしれない。最近墓参りに行けていないから、次の週末に行ってみるか。

「ゴホゴホ、ゴッホゴホ、オエエ!」

私の吐き出した煙は、風に乗せて空高く消えていった。


𝐹𝑖𝑛.


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あとがき

作者の筆者ふでものです。
『E♭の夜想曲』Op.1~5まで読んでくださった方、ありがとうございます。
短編小説初挑戦だったのですが、何とかここまで書き切る事ができて嬉しいです。

あとがきということで、経緯とか作品の思いとか、少し書いてみようと思います。

突然ですが、皆さん「絶望ライン工」というYouTuberをご存知ですか?
私、この方(通称絶望さん)が大好きなんです。
で、その絶望さんが投稿されている書評動画があるのですが、それに大感銘を受けまして。

「私もエモい小説書く!そんでnoteに投稿する!」

こうして、短編小説に着手しました。

(動画内のBGMは絶望さん作のオリジナル楽曲なんですよ!後半の赤とんぼMIXがたまらん)

そんなこんなで短編小説を書くことにしたのですが、ここで悩むのがその中身。
エモい小説を作る義務がある私は悩んだ結果、この結論に至りました。

「JKを主人公にしよう!JKは裏切らない!」
※決して変な意味はありません

ということでキラキラ華のJK主人公、牧村奏が爆誕しました。


ここからは作品について。
私は幼少期に約10年間ピアノを、中学時代に3年間吹奏楽をやっていたため、当時の知識をフル動員させて音楽をテーマに書きました。

題名にある「E♭」ですが、これはアルトサックスのキーを表しています。
これはドイツ音階といって、普段使っているドレミとはちょっと違うんですが、なんか面倒くさいルールがありまして。

アルトサックスで「ラ」を弾くと、「ド(C)」が鳴るんです。

は?

って感じですよね。

私も最初に知った時、非常に困惑しました。
このようにキーが異なるため、アルトサックスの楽譜はE♭に移調されています。
これが、題名の「E♭」の由来です。

ちなみにアルトサックスやバリサクはE♭ですが、ソプラノ・テナー・バスはB♭と、サックスがみなE♭という訳ではありません。アルト&ソプラノ弾きみたいな方、まじで尊敬してます。私は頭がこんがらがって無理です笑


また夜想曲ノクターンなのですが、

夜の情緒を表す叙情的な楽曲

出典:goo辞書

という意味があります。
おっさんとの楽しかった思い出を頭に浮かべながら演奏会でノクターンを披露する奏の姿は、まさにこの題名とピッタリです。

最終的におっさんは亡くなってしまいましたが、これは作者である私自身も心苦しかったです。
だんだん登場人物に愛着が湧いてきてしまい、
「おっさん、どうか生きてくれ…!」と思っていました。書いてるの私なんですけどね。
途中切なくて少し泣いてしまいました笑


あとがきも長くなってきたので、そろそろ終わりにしたいと思います。
短編小説が楽しかったので、また挑戦しようかと思っています。

ここまで拙作を読んでいただき、ありがとうございました。

筆者ふでもの


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