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自分がつくっているものや仕事に敬意を払う

クッキーづくりがようやくひと段落ついて、トモさんは虫取り網をかついで島じゅうを走り回っていた。2週間ぶりの休日に『あつまれ どうぶつの森』に入り浸っている。

「いまは何をしているところなの」と聞いたら「島を徘徊している!」とのことだった。「私の島はとてもかわいいから、うろうろしているだけで楽しいの」と言って、できたばかりの階段とか、お気に入りの花壇とかを見せてくれた。

工房でトモさんの仕事を手伝っていたとき、彼女はクッキーにねこの顔を描きながら、ふと手を止めては「みんなかわいいなぁ……」とつぶやいていた。

作業台にきれいに並んだ200人を超えるねこさんたちは、すごい圧の「かわいい」を発していた。トモさんのつぶやきを聞いたとたん、その顔がキリッとしたようにも見えた。かわいさと自信に満ちた表情で、かれらは全国に旅立っていった。

仕事の中で「つくる」ことがしんどくなってきたときに、僕はトモさんがはたらいている様子を思い出す。

トモさんは、かわいいものができると「かわいい」と言うし、おいしいものができると「おいしい」と言う。つい口からもれてしまうという感じだ。

僕はといえば、もっとおもしろいことを書かなきゃとか、こんな言い回しじゃ恥ずかしいとか、人の目ばかりを気にして文章をこねくりまわしている。

よりいいものを作ろうとしている、といえば聞こえはいいが、ようは自分が書いた文章に容赦ないダメ出しをくり返しているだけだ。「表現がありきたり、ダサい、かっこ悪い、おもしろくない」と厳しい言葉を投げかけるたびに、僕は自分の文章に自信をなくし、煮詰まっていく。

じゃあ、トモさんは人の評価などまるで気にしないかというとそういうわけではない。どちらかといえば、けっこう気にするほうだ。クッキーの写真に「いいね!」がたくさんつけば喜ぶし、思ったより少なかったらがっかりしている。クッキーが届いてはしゃぐ人のツイートを見つけてはニヤニヤしている。

でもそれは、焼き上がったねこさんたちを缶の中にていねいに並べ、クッション材と一緒に箱に積め、宛名を貼って、郵便局の人にすべてを委ねたあとの話だ。

評価はしっかりと気にする。そして次に活かす。でも手を動かしているときには、目の前の作品や仕事のことだけを考える。

言葉にするとカンタンそうに見えるが、いざやろうとするとこれが案外に難しい。文章を書いている最中に、そんな言葉じゃだめだ、そんな表現だと笑われる、と小言をはさんでしまう自分がいる。そうやって、自分の作品に辛くあたってしまうのをやめたい。

頭の中の小言に気づいたとき、僕は「ふぅぅぅー」と息をゆっくりと長く吐く。これだけで頭の中が静かになる。そしてトモさんの「かわいいなぁ……」というつぶやきを思い出す。僕が書いた文章だって、トモさんのねこみたいにほめられるほうが顔をキリッとしてくれるはずだ。

書いたものを読み返しながら「いろいろときついことを言ってしまったけど、本当は、けっこうおもしろいと思ってる……」と頭のなかで言ってみた。まだちょっとよそよそしい。でもまずは、自分の創るものに辛くあたるのをやめるところから始めようと思う。


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