受け手がどう感じたかに重きを置くのも難しい。
#20231219-321
2023年12月19日(火)
たとえ、いった/やった人に悪気がなくとも、いわれた/された人が不快な気分になったのなら、それは悪い言動である。
このいいまわしは、私も理解できる。
言葉や行為には確かに「いってはいけない」「してはいけない」といえるものもあるが、多くはその状況や口調などによって変わるし、また受け手の心理状態によっても異なる。
今、「いじめ」かどうかの境界線は受け手がどう感じたかに重きを置く。
それは、学校でもよくいわれるのだろう。
ノコ(娘小4)は、人に注意されたり、叱られたりすると、「傷ついた」と嘆く。
外の場でもそうだが、家庭でもそうだ。
親である私やむーくん(夫)がノコに対して、注意する。大半は日常茶飯事な些細なことだ。
脱いだ服は脱ぎっ放しにしないで、洗濯カゴに入れてちょうだい。
ご飯の時間になったら、テーブルについて。
学校から帰ったら、まず給食セットを流しに出すんでしょ。
連絡帳に書いてこないと、何が宿題かわからないってば。
はい、もうお風呂の時間過ぎちゃったよ、早く入って入って。
家庭は共同生活の場でもある。
家族全員が滞りなく、起きて、食事をとり、身を清めてから寝たい。たった3人でも1人が愚図れば時間が押してしまう。ゆっくり休むためにも順々に済ませねばならない。
ノコはまだ自分の遅れの影響を想像できない。できないから、自分が望む後まわしすることが叶わないことに苛立つ。
「ママ、そんなに強くいわなくたっていいじゃん!」
「そりゃあ、ママだって1回目から強くいわないよ。お風呂に入りなさいって何回いったと思ってんの。ノコさんは生返事ばかりだったけど、ママはもう6回はいってるし、お風呂の時間を20分も過ぎてる」
「ママ、私を嫌な気分にさせたんだから、その代わりにいい気分にさせてよね」
その代わり???
「ママはさ、そうやって私に怒ってスッキリするかもしれないけど、私はすごく嫌な気分になったから」
ええええ?
何度も何度も声掛けして、促して、それでも動かない。どこもスッキリする要因がない。
「人を嫌な気分にさせるのはダメなんだよ。お菓子か本でもいいからさ、買っていい気分にさせてよね」
――人を嫌な気分にさせてはいけいない。
それがノコのなかでは、このようにくっついて、解釈される。
「待ってちょうだい。ママは決してスッキリしていない」
「私を思うように動かして気分いいでしょ」
「いや、ノコさんが自分で髪も乾かして、寝不足にならない時間に寝て、朝自分で起きられるのならいいよ。でも、違うでしょ。まだ自分でドライヤー使えないでしょ。朝起こされないと起きないでしょ。ママやパパの手が必要でしょ。ママとパパだって、早く寝たいし、やることがある。あなたにすべてを合わせられないよ。思うように動かしたいわけじゃない」
ノコはじっとりとした目で私を見る。
「それにさ、嫌な気分の原因を作ったのは、ノコさんでしょ」
「はぁ? 何それ」
「ノコさんがお風呂の時間にパッと入れば、ママも何度も何度も声掛けしなくて済むんだよ。何度もいわせたのはノコさんでしょ」
目を丸く瞠ったまま、ノコはゆっくりと首を傾げる。
どうやら私がいっている意味がわからないようだ。
「ママだって、何度も何度も同じことをいいたくない。それといつもいってるけど、ノコさんがお風呂に入ってくれないと、次の人が入れない。結局みんなの寝る時間が遅くなるの」
ノコは口をつぐんでいるが、理解したのはおそらく最後の「みんなの寝る時間が遅くなる」の部分くらいだと思う。
私としては、「嫌な気分にさせたのだから、いい気分にさせろ」という筋道の奇妙さを理解してほしいのだが、そこは考えていないだろう。
「斜め上をいく考え方だよなぁ…… ある意味、頭いいのか?」
むーくんがつぶやく。
いや、論点をどうこうしたいわけではない。ノコとしては「自分を嫌な気分にさせた人は悪」というだけだろう。
それでも、むーくんの一言に脱力してしまう。
嫌な気分を抱く人を自分以外でも想像できたら、きっとノコの言動は変わるのだろうな。
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