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幸福日和 #078「言葉のレンズ」

人間、言葉をたくさん覚えたところで、
結局のところ実生活で使う言葉なんて限られています。

下手をしたら、挨拶以外はろくに会話もせずに
一日を無言で過ごしてしまうこともありますよね。

僕のことで言えば、この孤島生活の中で
「自分の口から」言葉を発することなど、
ネット上で会話をする時以外は、ほとんどありません。

だからこそ、
その時に使う「数限られた言葉」は、
良い言葉を使いとたいと思うものだし、
せっかくこの声帯を振るわせるのであえば、
美しい言葉で震わせたいとも思います。


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毎日、限られた言葉だからこそ、
「普段使わない言葉」というものを
使ってみたいという思いがあるんです。

例えば、日本の美しいニュアンスを伝える言葉、
しおらしいとか、たおやかとか、うららか。とか。
そうした言葉の存在は知ってはいても、
ほとんど使うことなんてないですよね。

実際に使ってみると、
当たり前の日常の見え方が変わってくるのかなとも思う。

そして、世の中には、そうした言葉を
自然に使えてしまう人が稀にいます。

そんな人に出会うと、どこか惹かれるものがあるし、
その人の目で、日常を覗き込んで、
その美意識に迫ってみたいとも感じる。

美しい言葉を自然に使える人は、
言葉のレンズを通して
世の中を美しく捉えているのだなとも思う。


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数年前のこと、
東北のある村に農作業を手伝いに行ったことがあったんです。

僕の生まれ故郷もそこそこの田舎町。
幼い頃から田植えや稲刈りをするのが身近だったこともあって、
毎日都会で仕事をしていると、
そうした時間に触れたくなる事があるんですね。

たまの休日を調整しては、
農作業を手伝うボランティアをしていたんです。

その時に、その村のおじいさんが使った言葉が
今でも忘れないんです。


「おお、今日は風が光っとるわ」


「風が光る?」
そもそも風が発光するなんてことは考えたこともなかったし、
その言葉を聞いた瞬間、
僕はどこからか稲妻のようなものが落ちてくるのかと
思わず晴天の空を見上げてしまった。

もちろん光るものなど、
広がる青空の中にあるはずもありませんでした。

聞けば「風が光る」とは、
春になって日差しが強まっていく時に使う言葉なのだそう。

その言葉の理由を聞いた時、
胸のそこから言葉にならない想いが
込み上げたのを今でも覚えています。

このおじいさんの目には、
日々同じように見える太陽の光でさえも、
違うように見えるのだと。

そんなふうに、
微かな変化を感じ取りながら、
日常と丁寧に向き合えていけるなんて
なんて幸せな人だろうか。

おじいさんは、
言葉のレンズによって、
何気ない日常の中に、多くの彩りを見ているのだなと
身に沁みて感じた出来事でした。


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寒い冬に、外の雪景色を眺めながら
暖かい一杯のコーヒーを口にする。

そんなときに、ただ白い雪としてではなく、
「淡雪」という言葉とともに雪を眺めるだけで、
その時間と空間は優しく柔らかいものとなっていく。

また、
穏やかに晴れ渡った空の下で、
「麗らかですね」なんて言葉にした時、
今まで感じたことのない心地良さに満たされるのかもしれません。

あとどれくらいの数の言葉を
自分は口にして、
触れてゆくのだろう。

できるだけ、
美しく、優しく、
透き通るような言葉に
触れてゆきたい。

言葉のレンズとともに、
日常の見えない美しさと
たくさん出会っておきたいと思うんです。



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