胡乱な本棚

胡乱な本棚です。本のこと、本に出会って気付けたことなどを、つらつらと書いております。ど…

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胡乱な本棚です。本のこと、本に出会って気付けたことなどを、つらつらと書いております。どうぞよろしくお願いします。

最近の記事

映画になった〜『箱男』安部公房〜

映画版を観ての感想ここに来て映画化された箱男。箱を被った人間が映画に収まった時に、絵が地味になるのではとも思ったが、そのようなことは全くない。スクリーンの枠の中で、箱男は縦横無尽の動きを見せ、良い意味でアクション性の高さに驚かされた。 小説の難解な展開も丁寧にまとめられ、観ていて話に置いていかれることも無い。ある種、賛否が分かれるとするのであれば、良く整理されたが故にメッセージが明示的になった部分であろうか。もちろん、解釈の良幅もあるが、映画の一つの解釈の解を主人公の私自らが

    • 100スキ

      細々とのnoteを書くことを続けていると、ダッシュボードには100のスキが集まった。ごく個人的なことを書いている。それが誰かに見つかり、さらには一手間スキのボタンを押されることに、ちょっとした不思議と感謝を感じている。 見渡す限りでは、共感の余地も無く、孤独を呼ぶだけの価値観も、どこか誰かとは通じ合うのかもしれない。インターネットの恩恵とはそういうことなのだろう。 私もまた誰かのnoteにスキを押す。こんな素敵な文章はそっと誰かの賞賛に触れるべきだと。 ふと、スキを誰が押し

      • 日記➖ついつい長居してしまう本屋

        本屋に平均どのくらいの時間滞在するのか。 私は、とかく買う本を選ぶのに時間を要してしまう。 本の配置や選書の意図、店主はどういう人なのだろうと考えながら、店の中を本棚に沿って1、2周する。人がまばらな店内で、奇異に映っていないか心配もある。 さて、それだけ長居してしまうと、何も買わずに出ることなどできない。心理的に、次来難くなりそうということもあり。 何かは買わなくてはならない。 とは言え、なけなしの給料から、際限なく本を買えるわけでもない。 結局、無難なチョイスになってしま

        • 世の中はたしかに複雑〜小沼理『共感と距離感の練習』〜

          お盆の小休止、感覚を取り戻す世俗化の中にあってもお盆は無くならない。人によっては実家に戻らなければならないのが、苦痛であったりするものだと思うが、私にとっては一定のまとまった自由時間を得ることができ、都会の喧騒を逃れられる貴重である。 港町をいくつか見た。街中を歩いていても、波の音が聞こえ、静けさの尊さに気付く。都会では得られない環境の音を感じながら、そこでしかあり得ないであろう生活の風景を覗き見る。やはり地方には、場所の固有な文化がある。 港町の時間感覚の中で、色々な本や、

        映画になった〜『箱男』安部公房〜

          日記-ゾーニングなき東京の風景

          今朝、Xであるポストが論争の的となっていた。 そのポストは、都内のある駅の広告を添付しながら、子供も見える位置に性的な宣伝ポスターが貼られていることへの疑問を投げかけている。 案の定、賛否両論なリアクションを呼び起こしているが、この光景が当たり前になっていることにこの都市の危うさを改めて思った。 そう言えば、神宮の伐採問題の時もそうだった。ある土地にはその土地の1−100までを決められる権利者が居て、その人物がOKと言えば何だってOKとなるきらいがある。そこを使うのが誰であ

          日記-ゾーニングなき東京の風景

          バーン・アウトの手前から〜『静かな働き方』シモーヌ・ストルゾフ〜

          命の燃焼仕事は消費というより、燃焼だ。夕刻に近づくにつれ、周囲の人の表情もまるで五年後に先送りされたような老け具合を見せる。 働くことは、バーン・アウトに向かう過程であって、どの程度の火入れかによって燃え尽きまでの時間が異なるくらいのものだと思う。燃えるのは当人であり、時間であり、情熱であり、あとは周囲の友人や家族であり。働くことをやりがいと結びつけた時には、一瞬で、恐ろしいほど一瞬で燃え尽きる。 人は何のために生きているのか。資本主義の加速の薪を焚べるために生きているのか

          バーン・アウトの手前から〜『静かな働き方』シモーヌ・ストルゾフ〜

          本と映画館とライブハウス

          待ち時間の読書近所にミニシアターがあり、ちょくちょくと通っている。良い意味で、プレッシャーが無く、各々のペースで映画に没頭できるのがこの規模の映画館の良さだと思う。映画のチョイスが素晴らしいことは言うまでもなく。 上映前、ふと周りの見渡すと、こぞって本を読んでいる。本のある風景を発見した。電車の中では、まるで排除されているようで苦しく思っていた本が、映画だと水分補給同様に求められている。 ライブを観に行くのも好きなので、ライブハウスにもちょくちょく足を運ぶのだが、そちらも待

          本と映画館とライブハウス

          Z世代の見られ方

          Z世代なるものへのバッシングZ世代という名称はいつから使われるようになったか、そこには相入れない奇妙な集団という侮蔑的なニュアンスが含まれることが多い。Z世代はプライベート優先で仕事のクオリティが低いとか、こういう非常識な輩が増えると世の中無秩序になるからけしからんとか。 一体この言葉が具体的に何歳くらいまでを指すのか、それはそれで気になるが、まあ若者総称で使われているのだろう。会社とかで言えば、私のような30に迫ろうとする20代後半もギリギリZ世代か。より若い会社なら、私く

          Z世代の見られ方

          本がないと生きていけない〜内田樹『図書館には人がいないほうがいい』〜

          本の敬虔さ内田さんが図書館に人がいない方が良いと言われるのは、図書館の中の敬虔な空気を守るという趣旨からだ。 図書館の敬虔さは身に覚えがある。大学に通っていたころ、たまたま関心を持った哲学者、思想家に古い人が多く、図書館に入ると入り組んだ通路から、奥深くの書庫に導かれることが多かった。初めて書庫に入った時は、侵入して良いのかという躊躇さえ感じられたものだった。ほぼ人はいないというより、そこで人と出くわすことは少なかった。電気も自分でつけなければならず、さらには開架スペースより

          本がないと生きていけない〜内田樹『図書館には人がいないほうがいい』〜

          日記-都知事選が終わった

          7月7日朝一で投票所へ向かった。すれ違う人は誰に票を投じるのだろうと思いつつ、何だかその時から悪い予感しかしなかった。 選挙の時分は、路上もSNSも露悪的な言動が蔓延っていて苦しくなる。早く終わってしまえば良いのにという本音を抱きつつ、とは言え一丁前に一抹の期待を持ってある候補者の動向を追っていた。 これほどまでにエコーチェンバーの好例になる事例はないのではなかろうか、誰を支持しているのにも関わらず、多くの人が接戦を思い描き、自身がその一押しを担うとありもしない妄想に明け暮れ

          日記-都知事選が終わった

          本の何が良いのか

          メディアの多様化と本現代は随分にメディアが多様化し、結果として娯楽と呼ばれるものの勢力図も日々変化に絶えない。 スマート化と言うべきか、とかく主流化するのは手早く快感を得られるもの。数年前は切り抜き動画もここまで流行っていなかったはずだ。テレビで時折放映されるダイジェスト版にがっかりしていたあの頃が懐かしい。 通勤の電車内では、スマホでアニメやネット記事を見る人が多いし、はたまたファスト映画なるものも流行る昨今だ。もはや忙しい現代人は、娯楽にまで効率性を求めるようになったと思

          本の何が良いのか

          選書サービス「ブックカルテ」を利用してみて

          選書サービス選書サービスとは、書店員が、もしくは本に詳しい人が、自分の代わりに本を選んでもらえるという内容のものである。 知ったのは最近のことだが、2、3年前より、(先駆け的な存在であるいわた書店はもっと前より)、さまざまな形態でサービスが展開されて来ている。 人に本を紹介してもらうということは、馴染みが深い。大学における参考図書はまさしく教員の選書紹介であったし、本を紹介する本というのもたくさん見かける。ただしし、これらは多数の読者に向けたものであって、一方で選書サービスは

          選書サービス「ブックカルテ」を利用してみて

          日記-通勤電車の生態

          ある朝、出勤の時の電車の生態通勤の電車内、ふと私以外の人間はどのように感じているのだろうと思い立った。私のように、半分リモートで、毎日の出社は免除された存在もあれば、出社以外のオプションの無い人もいる。当然、オフィスでの仕事を望む人もいるので、一概に出社がネガティヴに働くということもないが、とは言え、大のオフィス嫌いの私からするとやはり出社に意欲的な人間の価値観は全く異質で、それ故に関心がある。 ふとある日、手元の文庫本ではなく、周囲の人の様子を観察してみた。電車にはぎゅう

          日記-通勤電車の生態

          日記-静かな退職について

          静かな退職とは何か最近、静かな退職が流行っている。アメリカ由来の考え方であるが、最近は日本でも関連著作を本で見かけたりする。英語では、Quiet Quitting。静かに辞めるとは一体どういうことであろうか。 ネット記事やYouTubeでの紹介をまとめると、要するに「与えられた業務しかぜずに、残業を完全に拒否する割り切った働き方」の理解が一般的であるようだ。むむ、それは雇用契約上当然のことではないかと思ったのだが、きっとそれはいかに日本の、そしてアメリカの労働環境がハッスルカ

          日記-静かな退職について

          するすると生きる〜ひらいめぐみ『転職ばっかりうまくなる』

          激しい共感に癒されるリアリティの話は、他人の体験談であっても自分を逆照射しているようで苦しくなるのは常であったが、この本はとても癒された。共感に次ぐ共感。ふとオフィスで自分しか思わないのかなということにも、優しく寄り添ってくれるようであった。 川の近くのオフィスは憧れる。ひらいさんの言う通り環境がとても大事なのだ。出社した時、昼休みに希望が持てるか否かと言うことはストレス値に甚大な影響を与える要素だ。私はこの点見誤ってしまい、昼休みになると都心にオフィス街に放り出され、命か

          するすると生きる〜ひらいめぐみ『転職ばっかりうまくなる』

          日記➖もやもやと風

          緊急地震速報の朝アイフォンからけたたましい警告音が鳴り、画面には緊急地震速報の通知が映し出されていた。月曜の朝、体も心も一層重い時に、突発的な不安が劈く。 震源地が遠いことで一安心を覚えることに罪悪感。何処かの誰かのことに寄り添う余裕の無い自分が、小さくて小さくて嫌になる。 世界では戦禍や天災に苛まれる人が居る一方で、私はつまらぬ仕事のことで鬱々と 沈んでいる。いつか、大人になった時には、苦しい誰かを助けることをしようと思い立った若き日は何処、夢も希望も無くただ会社に隷属しつ

          日記➖もやもやと風