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海南島でダイビングをした日

耳に心地よい「シュワーッ」と打ち寄せる波の音。

タイムシェア施設の販売員が客を呼び込む声。

久しぶりのダイビングは少し緊張して、ビーチに響くすべての音がぼんやりと遠く聞こえる。

唯一よく聞こえたのは、これから海へと一緒に潜る彼の声だけだ。

「インストラクターの人、英語上手なのは分かるんだけど、何言ってるかさっぱり分かんねえ。もっと分かりやすい単語で話してくれんかな」彼は顔をしかめて言う。

「しっ、聞こえてたらどうするの」私は彼をパシリと叩く。

「さすがに日本語は分からんやろ」彼は笑った。

「まったく。私が英語と中国語分かって良かったね」

「本当、お陰さまでこんなに美しいリゾート地、満喫させていただいております」彼が私の顔を見たまま、首だけペコッと下げる。

「どういたしまして」私は両手を腰に当てて言った。

そうしているうちに、船の鍵を撮りに行ったインストラクターが戻って来た。いよいよ海に潜る時だ。

船で海の少し深いところまで行ってから潜るから付いて来て、とインストラクターが言う。私と彼はインストラクターの後に続き、船へと向かって歩いた。

船は思っていたより小さかったが、ヒレを付けた慣れない足だと乗り込むのに苦労した。

船の中は真っ白で、太陽の光が反射して眩しい。
私達がオレンジ色の小さな席に腰掛けると、船は間もなく動き始めた。
私はさまざまな青や緑色をした海と、彼の横顔を見つめた。





彼はとても遊び心のある人だった。

よく笑い、好奇心旺盛で、物の見方が明るくて、なんの変哲も無いものをおもちゃに変えるような人間だ。

私もまた彼と似て楽しいことが大好きだ。彼といると毎日の些細な出来事が冒険のように感じる。秘密も望みも共有できる、特別な相手だ。

私達は、ただ楽しみたくて新しいことを試すのが大好きだ。一緒にいると、お互いが楽しい活動を自然と提案できる。

その上、感情に突き動かされて決断を下すところもそっくりだ。
そんな調子だから、一緒にいる間、思いつく限りのすべてのことを次から次へと実行してきた。

共通の友人たちは私達を「破天荒だ」と評価する。けれど私達は人にどう思われようと気にしないし、そんな私達をむしろ愛してくれる友人ばかりだ。

世界で一番自由で、危なくて、幸せな恋人同士だった。




いつの間にか船は浅瀬から少し離れた場所へ到着していた。

立ち上がってソワソワと準備を始める私達に、インストラクターが話しかける。

「最後にハンドサインをもう一度確認するよ。問題無ければOKのサイン。問題があるときは手の甲を上に向けて手を開いて。親指を上に向けたら浮上、下は潜降。耳抜きを忘れないように、時々耳を指差すからね。」

インストラクターは説明を終えると、準備はいいかい?と聞いた。私達は意気揚々と、イエース!と返事をして、順番に海へと入っていく。

体が海に浸かったところで、インストラクターは潜降のジェスチャーをしてみせた。私と彼は目を合わせて、息を整える。


海に潜る瞬間、彼はニコッと笑って私の手を握った。彼の手に引っ張られ、私も海の中へと潜りこんだ。



海の中は、呼吸を忘れてしまうほどに美しかった。

どこまでも青く、光の筋があちこちに降り注ぐ日当たりのいい箇所と暗がりとが広がっている。

目の前を通り過ぎる鮮やかな魚、肌やウェットスーツに当たる水の感覚、耳に伝わる自分の鼓動。陸では味わえない全ての感覚にドキドキした。

いつのまにか口にマウスピースをはめた時のぎこちなさは無くなっていた。

私達は少しずつ深い所へと泳いだ。背負われた装備からシューっと音を立てて出る空気の音が、次第に大きくなっていく。

砂の地面が見えて来ると、彼が私の腕をトントンと叩いた。

振り向くと、彼は砂に半分埋まった貝殻や、潮の流れに漂う海藻、トゲだらけの黒いウニを次々と指差してみせてくれた。最後に彼はこちらを向いたので、綺麗だね、と心の中で話しかけた。

その時魚が自分の手や体に軽く触れて通り過ぎた。くすぐったくて、思わず少し笑ってしまった。

笑った勢いでマウスピースが外れてしまいそうになり焦る私を見て、彼も笑っていた。

彼は海の中でも笑顔が上手だ、と思った。



30分間の潜水はあっという間だった。

船へ戻りボンベを外すと、私達は興奮しながら海の中で見たものの話を始める。
船が動き出しても、私達のマシンガントークは止まらなかった。

ふと、彼がインストラクターの存在を急に思い出したかのような顔をする。

「インストラクターにお礼言わなんやん!ねえ、深海ってなんて言うの」彼は私の膝を叩きながら言う。

「ディープシーよ」

「ヘイメン!」彼は私の回答を聞くなり、船の舵を取っているインストラクターに呼びかける。

「そういう言葉は詳しいんだから…洋楽の影響ね」私は溜め息をつきながら言った。そんな私を無視して彼は言葉を続ける。

「ディープ シー ダイビング ベリーグッド!」彼は一言ずつ、かたことな英語で叫んだ。はじけるような笑顔だった。

インストラクターは前を向いたまま大きな声で笑うと、また潜りにおいでと言った。

彼と私は元気よくオフコース!と返事をした。

彼はその後ディープ シー ダイビング!と小声でつぶやいていた。

ひとり言をつぶやく彼の、風で首にへばりつく濡れた黒髪が、美しいと思った。


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