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ときおり何億円もの横領事件が起きる背景。

時折、何億という会社のお金を着服していたというような横領事件が報道されては、その大胆な犯行っぷりに毎度驚かされるものです。公認会計士・税理士として1000社以上の経理を見てきた町田孝治さんが、横領事件が起きる背景と実際に遭遇した事件についてお話します。

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経理は職人に似ている

経理の仕事の進め方は、どこか職人に近いところがあります。 
まず、高度な専門知識や技術を必要とすること。
チームワークというより、1人黙々と自分の仕事をこなすこと。
正確性やミスのない「完璧さ」を目指すところ。
そして、担当者それぞれに「こうでなければいけない」という自分の「流儀」があること。
培ってきた「自分のやり方」こそが正しいと信じる頑固さも、職人に似ているといえます。
職人なら、それぞれに磨き上げた「自分のやり方」は強みになるかもしれません。
また、有能な社員であれば、「自分のやり方で全部1人でやったほうが早い」ということもあるでしょう。
けれども、会社という組織の中で「自分のやり方」に固執されると、いろいろ困ったことが出てきます。
「自分のやり方」ですべて1人でやっている「職人」は代えがきかず、チームで動けないのです。たとえば、職人が休みのとき、引き継ぎのときなど、様々な場面で不都合が生じてしまいます。
そうした状態を私は「経理のブラックボックス化」と呼んでいます。

職人経理がブラックボックス化を招く

経理では、仕訳の方法、摘要欄の書き方、資料の作り方など、「自分のやり方」がみんな違う、ということが時に見られます。
一つ一つは小さなことでも、それが積み上がっていくと、その人にしかわからない、「ブラックボックス」となってしまいます。
極端な例では、同じ経理の部署にいるのに、Aさんは「クレジットカードで支払った経費は、明細書を見て入力する」、Bさんは「クレジットカードで支払った経費は、領収書を見て入力する」と、やり方が違うのです。
これでは、何かあったときに、担当者以外の人間が仕事をカバーすることができません。
誰かが辞めたり、長期に休むことになったりすると、他の人にはやり方がわからず、その人が担当していた仕事が回らなくなるというリスクが常につきまといます。 
また、Aさんのやり方で仕事を覚えた部下がBさんの下についたとき、やり方が違うので混乱してしまいます。せっかく覚えたことが通用しないので、Bさんのやり方を一から覚え直すのも、非常に効率が悪いといえます。
会計処理はビジネスの写し鏡です。したがって、誰が作っても同じ「1つの答え」になりますが、そこに至るプロセスは人により様々です。
やり方が統一されず、何が効率的かもわからない。その結果、たくさんの無駄が生まれてしまうのです。
経理のブラックボックス化の弊害はまだあります。
他の誰にもわからない「自分のやり方」でブラックボックスになってしまっている経理は、たとえ経営者が「この作業にどうして10時間もかかるの?」「もっと効率的なやり方はないの?」「あの確認は本当に必要なのか?」と疑問に思っても、経理担当者から「私しかこのことはわかりませんよね。こうでないとダメなんです」と言われると、それ以上、何も言えなくなってしまいます。
「辞められたら、経理が大混乱となる」という不安で、経理には強く出られないという社長も少なくないようです。
しかし、経理の仕事がブラックボックス化しているために、本当なら1日でできる仕事に3日かけていても誰も気がつけない、というのでは困ります。
「よくわからないから」とブラックボックス化された経理を放置していたために、とんでもない事態を呼び寄せてしまうこともあるのです。

不正とブラックボックス

ある飲食業の会社が大手に買収されることになり、改めて経理の資料を精査することになりました。
この会社の経理担当は10年以上、経理全般を仕切ってきたベテランで、会社の数字を知り尽くしている50代の男性でした。
社長も彼に全幅の信頼を置き、いわば会社のナンバー2的存在だったので、経理についてはほとんどノーチェックだったそうです。
ところが、買収にあたり弊社の会計士が入り、確認作業をしていくうちに、不明な残高が次々に出てきました。
その経理担当者に確認したところ、どうもはっきりした答えが返ってきません。
たとえば、「このパソコンはどこにありますか?」と記載された情報を尋ねてみても、「あれ、買ったかな、どうだったかな」となんだか怪しいのです。
そうしたやりとりを経て、「もう隠しきれない」と観念したのでしょう。やがて、彼が数年間にわたって架空の経費計上を繰り返してきたことが判明しました。
その額は、なんと3000万円。
その会社では中規模の機器購入が常に必要だったこともあり、大きなお金を動かしても、特には怪しまれなかったといいます。
その経理担当者は、一見、不正など絶対に行わないと思えるような、真面目な人物で、長年にわたって彼を信頼してきた社長も、事の次第を知って絶句するばかりでした。
しかし、お金を扱う部署である以上、どんな真面目な人であっても、魔が差すように会社のお金に手をつけてしまうという可能性はゼロではありません。
会社のお金を一手に握っていた彼は「これくらいなら、わからないだろう」と、いつしか不正に手を染める誘惑に屈していたのです。経理の数字を操作して得たお金は、プライベートな食事代や遊興費に使われていたといいます。
ブラックボックス化していた経理を握っていたのは彼1人でしたから、もしも買収話が持ち上がらなかったら、バレないまま、ずっと着服を続けていたかもしれません。
結局、その経理担当者は懲戒解雇されました。
着服された会社のお金は、すでにほとんど使われてしまっていました。社長自ら回収を続けているものの、完了するまであと何年かかるかわからない状態です。
しかし、それだけでは済みませんでした。
事件が発覚したタイミングで税務署の調査が入り、徹底的に帳簿を調べられました。
架空の経費はもちろん否認されます。その分は修正となり、大幅に利益が増額します。
「追徴課税を払いなさい」「架空経費は本人から回収しなさい」と言われ、そのうえ、会社の信用力が低下しました。最終的にはなんと買収の話も頓挫してしまいました。
すべて、経理を1人に任せきりにし、ブラックボックス化していたことで起こった本当の話です。
経理担当者を信頼するなと言っているわけではありませんが、誰でも魔が差す可能性はあります。
1人にすべてを任せ、経理をブラックボックス化させてしまうことは、結果的には会社のためにも本人のためにもならないのです。
健全なチェックの仕組みとオープンな環境をつくることに対し、社長はもっと真剣に取り組むべきです。

『会社のお金を増やす 攻める経理』より抜粋・編集)

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(編集部 杉浦)

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