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汚れれば汚れるほど良い本。

こんにちは。
フォレスト出版編集部の森上です。

人生や仕事に影響を与えてくれた本、いわゆる「座右の書」は、誰でも1~2冊はあるのではないでしょうか?

私が学生時代に出会い、社会人になってからも、ふとしたときに読み返してしまう1冊に、『メメント・モリ』(藤原新也・著)という本があります。私の人生のバイブルです。

メメントモリ


写真は、現在私の手元(座右)にあるもの(三五館から刊行された21世紀エディション)ですが、私が学生時代に出会ったものは、1983年に情報センター出版局から刊行されたカバーがゴールドのものです。実家の本棚に置いてあります。今は、再びカバーがゴールドになって、復刻版として朝日新聞出版から刊行されています。


同書をご存じの方も多いと思いますが、作家で写真家の藤原新也さんの代表作の1冊で、写真と言葉を合わせた写文集です。

「メメント・モリ」とは、ラテン語で「死を想え」という意味です。

死を想うことで、生への意識とエネルギーが高まる――。

藤原さんがアジアを放浪しながら撮りためてきた、生の光景に潜む無限の死の様相を極彩色で提示した74枚の写真に対して、1枚ごとに、藤原さんが紡ぎだした「死生観」を連想させる言葉が綴られています。

その言葉と写真は、多くの若者やアーティストに多大な影響を与え続けていることでも知られています。影響を受けた人を一部挙げてみます。

◆Mr.Childrenの桜井和寿さん
彼が作詞作曲した「花 ―Memento-Mori―」は、同書に出会って感動し、副題に付けたそうです。

◆俳優の本木雅弘さん
雑誌インタビューの中で、彼が企画製作・主演した映画「おくりびと」(米国アカデミー賞外国語映画賞)発案のきっかけの1つとして『メメント・モリ』を挙げています。その後、藤原さんとの対談も実現しています。


なぜ多くの人が、この本に魅了されるのか?

今回は個人的な経験を絡めながら、見解をまとめてみます。

まず1ページ目の言葉に、きっとその片鱗を感じられるでしょう。


ちょっとそこのあんた、顔がないですよ。
――『メメント・モリ』(藤原新也・著)より

ページ中央に添えられた明朝体の文字で綴られた、この一文が、いきなり読者に襲い掛かります。写真はありません。この一文のみ。当時、高校2年だった私は、ハンマーで頭をぶっ叩かれたような感覚に陥りました。

その一文からスタートする序文には、1文字たりともムダのない、心を揺さぶられる強いインパクトの強い言葉が続きます。読み進める中でセンテンスごとに心に刺さるのですが、同書のコンセプトというべき言葉が出てきます。

死は生のアリバイである。
――『メメント・モリ』(藤原新也・著)より

序文にはまだ写真が出てきませんが、「死」に対する捉え方、価値観が変わることを予感させてくれるのです。もう早く次のページをめくりたい、写真を見たい、読み進めたいという感情に駆られます。私は今までに300回以上は読んでいると思いますが、読む返すたびに同じ気持ちになります。

序文と目次の先は、いよいよ藤原さんが撮りためてきた、見たこともないような圧倒的な写真たちが次々に目に飛び込んできます。その写真に添えられた、研ぎ澄まされたコピーにも圧倒されます。読者の頭の中で凝り固まった、硬い脳みそをかち割ってくるのです。


2匹の犬が横たわった人間の死体に群がり、1匹は人の足をくわえている写真に対して綴られたコピー。

ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。
――『メメント・モリ』(藤原新也・著)より

これはたいへん有名なので、ご存じの方も多いかもしれません。
気になる写真や好きなコピーは、人それぞれあるでしょう。個人的に心を揺さぶられるものはいくつもあって、選ぶのは苦しい限りなのですが、あえて厳選せよと言われたら以下のものです。


太陽があれば国家は不要。
――『メメント・モリ』(藤原新也・著)より

遠くから見ると、
ニンゲンが燃えて出すひかりは、
せいぜい六〇ワット三時間。

――『メメント・モリ』(藤原新也・著)より

月の明りで手相を見た。
生命線がくっきり見えた。

――『メメント・モリ』(藤原新也・著)より

黄色と呼べば、優しすぎ、
黄金色と呼べば、艶やかに過ぎる。
朽葉色と呼べば、人の心が通う。

――『メメント・モリ』(藤原新也・著)より


藤原新也は、この写真に、このコピーを創造するのか!


この感覚は、写真とコピーをセットで“目撃”して初めて味わえる感覚です。

私の脳内にイマジネーションという生命体を宿しているとしたら、藤原さんの写真とコピーを目撃した瞬間、その生命体はいったん破壊されてドロドロになります。そして、ドロドロになったイマジネーションを再構築しようとすると、無限大に大きく構築できるのです。

今でも、本づくりにおいて、企画アイデアやタイトル、コピー、見出し案などで煮詰まったとき、『メメント・モリ』を読み返すのは、その感覚を味わいたいからです。その感覚になると、頭の中がすっきりし、それまで思いつかなかった、時には自由で、時には暴力的で、時にはしっとりとした発想のヒントが湧き出てくるから不思議です。

なお、情報センター出版局で同書を担当した編集者(出版業界において、私のメンターの1人でもあります)に直接聞いたのですが、写真に文字をキャプションとして添えるのではなく、写真の上に文字を直接載せるという表現手法は、1983年当時、日本の出版界の常識ではあり得ない手法であり、強烈なインパクトを与えるものだったそうです。

私にとっての『メメント・モリ』という作品は、文字どおり、死を想うことで生きるエネルギーをもらえるバイブルであるのと同時に、編集者の端くれとしても刺激をもらえるバイブルでもあります。

同書の「汚されたらコーラン」と題された「あとがき」には、次のようなことが記されています。

この本は汚れれば汚れるほど良い。
Gパンのように古びれば古びるほど良い。
たとえば、あのチベットの民が日々めくる仏典や、
西洋の人々の聖書や、イスラムの人々のコーランのように、
いつ、どこでも、ちょっとしたひまのおりに、
汚れてメロメロになるまで、
何年たってもめくってほしいというのが願いだ。

――『メメント・モリ』(藤原新也・著)より


汚れれば汚れるほど良い本――。

高校生だった私には、これまた衝撃的な言葉でした。

それまで読み返す本はほんの数冊あったものの、読んできた本の多くは、1回読んだらなかなか開く機会はなく、本棚にキレイに並べてありました。汚れれば汚れるほど良い本という観点は、当時の私にはまったくありませんでした。

結果、藤原さんの預言どおり(?)、私は約30年にわたって汚れてメロメロになるまで、何年たってもめくっています。


著者であろうと、編集者であろうと、出版にかかわる人間にとって、何度も読み返してもらえる作品を世に送り出すのは、大きな夢でもあります。

自分もそのような作品づくりをしたいと思いながら、日々の本づくりに臨んでいるのですが、ジャンルが違うものの、購入していただいた読者の方に何度も読み返してほしいと思う本がいくつかあります。その1冊が『絶対達成バイブル』です。

営業パーソン向けのビジネス書なのですが、著者の横山信弘さんが培ってきた経験、知恵、知識から導き出した、営業として求められる目標を「絶対達成」するための原理原則が書かれており、営業パーソンが困ったとき、悩んだときに必要な項目、気になる項目を拾って何度も繰り返し読み返せる「バイブル」的な1冊になっています。

「バイブル」ですから、つねに鞄の中に忍ばせるなどして、いつ、どこでも、ちょっとしたときに、汚れてメロメロになるまで読んでもらえるものにしなければいけません。

内容面はバイブルとして申し分ないのですが、造本面においても【耐久性】が必要です。

通常の単行本のソフトカバー(並製)だと、表紙が折れやすく、耐久性に欠けます。であれば、ハードカバー(上製)にすればいいのですが、営業パーソンである読者の皆さんに鞄に入れて持ち歩いてもらうには、ハードカバーだと、表紙がやたら大きく、持ち歩くにも重く、鞄の中でかさばります。

【耐久性】と【しなやかさ】、そして、バイブルとして、所有欲を持たせるための【品格】の3つを満たす造本が求められました。

そこで検討した結果、通常の四六判より横を10ミリ短くし、製本方法を「フランス装」にすることにしました。

フランス装:カバーは通常と同じだが、カバーを取り外した表紙の縁を内側に折り返し、耐久性としなやかさを両立させる製本法。

フランス装


▲「フランス装」:カバーを取り外した表紙の内側の仕上がり。

また、フランス装にすると、ハードカバーと同じような「スピン(しおり紐)」がつけられます。

スピン


▲「スピン」:紙のしおりのように、落ちたり、なくしたりする心配なし。

同書はおかげさまで、刊行から3年半以上経った今も、多くの営業パーソンにバイブルとしてご高評いただいています。汚れてメロメロになるまで読んでもらえていることを願うばかりです。


近年、電子書籍市場が拡大していますが、「汚れれば汚れるほど良い本」という価値は、電子書籍にはない、紙の本だからこそ味わえるものであり、つくれるものだと思うのです。

ジャンルやテーマにもよりますが、電子書籍であろうと、紙の本であろうと、出版にかかわる人間にとって「汚れれば汚れるほど良い本」づくりは、つねに目指すべき目標なのだと改めて感じています。

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