見出し画像

【ひとりビジネス】特別な才能なんていらない。「普通」だからこそ、お金になる。

こんにちは。
フォレスト出版編集部の森上です。
 
起業・副業の流れが加速するなか、
 
「特別の才能もない、普通の自分が稼げるわけがない」
「大好きなこと、得意なことが見つからない」
「副業・起業といっても、何をしたらいいかわからない」
「子育てもひと段落がついたので、社会復帰したい」
 
そんな悩みを抱えている人が多いようです。
 
ところが、
 
「特別な才能なんていらない。『普通』だからこそ、お金になる」
 
と断言する人物がいます。
 
「ひとりビジネス」専門コンサルタントとして、4年間で500人以上を成功に導いてきた、小林正弥さんです。
 
その理由とは?
その具体的な方法とは?

 
その全ノウハウをストーリー形式で徹底解説した、小林さんの新刊『普通の主婦がボディメイク講師として成功するまでに何をやったのか?』が9月12日発売されます。
 
そこで今回は、同書発売に先立ち、同書の「Prologue」「目次」全文公開します。

Prologue 平凡な主婦、起業を思い立つ!?

「キャリアの断絶」が生んだ喪失感──このまま脇役でいいの?

 今田美緒子は、先ほどから立て込んでいた客のレジ打ちをようやくすべて終えると、ひと息ついて、ふと窓の外に目を向けた。
 5月も半ばを過ぎた、土曜日の午後3時。初夏の柔らかな陽光が窓から店内に差し込んでいた。
 美緒子が時給1200円でパートとして勤めている高級スーパーは、船橋駅南口のロータリーに面しており、窓の外にはバスやタクシーを待つ人びとの姿がちらほら見える。
 美緒子の視線は、タクシーを待っている数名の男女に自然と吸い寄せられ、釘付(くぎづ
)けになった。彼らは一様に礼服を着て、紙袋を手に提げて談笑している。
(結婚式の帰りかな? これから披露宴かもしれない……)
 どことなく幸せそうな雰囲気を醸し出している彼らを眺めていると、美緒子の胸の奥に、疼(うず)きにも似た何とも形容しがたい感情が芽生え、まるで眩(まぶ)しいものを見たかのように思わず目を逸(そ)らした。
 
 今年42歳になる美緒子は、20代後半で結婚して出産するまではウェディング・プランナーとして働いていた。今でこそスーパーのレジ打ちのパートをしているが、かつてはバリバリのキャリアウーマンだったのだ。長男を出産した当初は、いずれはウェディング業界へ復帰しようと本気で考えていたが、第2子の長女を出産し、子育てと家事に追われる生活を数年続けた結果、いつしか復帰への意欲は、穴の空いた風船のように萎(しぼ)んでしまった。
 その最大の理由は、「キャリアの断絶」だ。
 長く業界から離れていればいるほど、「キャリアの断絶」が深い溝のように広がっていき、それとともに、その溝を跳び越えることへの恐れが生まれたのだった。
 そして、気がつけば、美緒子はいわゆる専業主婦になっていた。
 自分の人生よりも、夫のキャリア、そして、息子と娘の人生を優先する「脇役」に徹するようになっていったのだ。
(ウェディング・プランナーだった頃、私は本当に生き生きとして、輝いていた。自分の人生の「主人公」だった。でも、今は……)
 過去に自分が消極的に下した「専業主婦になる」という決断を思い返すたび、美緒子の胸の内には、いつも複雑な感情が去来する。
 美緒子には、結婚したこと、子どもを2人もうけたことについての後悔は全くない。3歳年上で大手電機メーカーに勤める夫とは時折意見が合わずにイライラさせられることはあるけれど、年収は日本人の平均よりは上で、生活に困窮したことはないし、浮気などの問題を起こしたこともない。
 子どもたちだって、長男が高校、長女は中学に上がったので子育ても一段落つき、もうほとんど手がかからない。たまに、やきもきさせられることはあるものの、身内のひいき目かもしれないが、2人ともいい子に育ってくれたと思う。
 その上、家族全員、いたって健康だ。
 何不自由ないと言えば、何不自由ない生活。
(でも……)
 と、美緒子は視線を床に落として、小さくため息をついた。
 美緒子の心の中には、ウェディング・プランナーを退職して以来、ぽっかりと大きな穴が空いてしまって、それを埋めてくれる何かがどうしても見つからないような喪失感がずっとあった。
 夫や子どもたちとの生活は、特に大きな不満もなく、幸せだ。
 でも、夫や子どもたちをどれだけ懸命に支え、家族の幸福を追い求めても、絶対に埋まらない穴が、美緒子の心の中にある。
 普段は、つとめてその穴の存在から意識を逸らしているのだが、礼服を着た幸せそうな人々を見ると、ついついそのぽっかりと空いた穴を覗(のぞ)き込んで、自問してしまうのだ。
(もし、あのとき、無理をしてでも仕事を辞めていなかったら?)
(私は、今も自分の人生の主人公として、輝いているのだろうか?)
(これからの人生、私は死ぬまで誰かの脇役のままなのだろうか?)
 そこまで自問すると、決まって美緒子の心の中では、「もう一生このままなんだな」というあきらめと、「いや、私の人生、まだまだこれからだ」という期待とが激しく衝突する。
 美緒子は、自分が再び人生の主人公になるという夢をどうしても捨てきれないでいる。でも、そんな思いは、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、当然、夫や子どもたちはおろか、誰にも話したことはない。
 子どもたちが大学進学を控えているため家計の足しになればと思って始めたパートだったが、普通のスーパーではなく有名高級スーパーを勤務先に選んだのは、元キャリアウーマンとしての見栄からではなかった。
 この店を選んだのは、美緒子の中の「変われるかもしれない」という期待からだった。この店を訪れる客の何割かは、現在の美緒子とは対極にいるような、裕福な人たちだ。言わば、それぞれの自己実現を果たし、経済的自由を手に入れ、胸を張って自分の人生を謳歌している人たちだった。
ともすれば、喪失感を抱えながらも、日常に埋没して専業主婦としての自分に満足してしまいそうになる美緒子にとって、高級スーパーは、そんな自分と対極にいる人たちの存在を身近に感じ、自分も変われるかもしれないという期待を刺激してもらえる場だったのだ。
 
 美緒子は、ふとガラスにうっすらと反射している自分の姿に目を凝らして呆然(ぼうぜん)となった。
 そこに映っているのは、白いYシャツに会社から支給されたえんじ色のエプロンをつけ、忙しさにかまけて白髪染めを忘れたために、髪の生え際がちらほらと白くなっている、ただの疲れ切ったレジ打ちのおばさんにしか見えなかったからだ。
(こんな状態で、主人公になりたいだなんてね……)
 と、自嘲気味に思ったとき、カウンターで客が買い物かごを置く気配がした。

輝く旧友との再会で湧き出た一種の違和感

「いらっしゃいませ」
 美緒子は頭の中のとりとめもない考えを振り払い、いつものように元気よく挨拶して、かごの中の商品に手を伸ばした。かごの中には高級食材が山ほど入れられている。ホームパーティでもするのだろうか。
「ねぇ、間違ってたらごめんなさい。もしかして、美緒子? 美緒子じゃない?」
 美緒子は、不意に下の名前を呼ばれ、びっくりして反射的にかごを置いた客の顔を見た。
 そこに立っていたのは、薄いピンク色のワンピースを着た、ロングヘアの女性だった。美緒子よりも10歳くらい若く見える。ヒールを履いているからか、身長は175センチ近い。持っているバッグからして裕福そうに見えるが、かといって、夫が稼いだお金で贅沢(ぜいたく)をしている苦労知らずの主婦にも見えない。
 かなりフェミニンなコーディネートを身にまとっているものの、全身からは自信が漲(みなぎ)っていて、一種の抜け目なさも感じる。
 美緒子は、笑顔でこちらを見つめてくるその客の顔を、呆気(あっけ)にとられたようにしばらく見ていたが、ようやく記憶が蘇(よみがえ)った。
「え……もしかして、沙織?」
 ピンクのワンピースを着た女性は、満面の笑みを浮かべ、うれしそうに「パン!」と手拍子を打った。
「そう! 沙織だよ! 西島沙織! 覚えててくれたんだね。やっぱり、美緒子だ!」
 沙織の無邪気なジェスチャーに面食らいながらも、美緒子の胸には懐かしさがこみ上げてきた。
 西島沙織は、大学時代に美緒子が所属していたテニス・サークルの仲間で、当時、2人は本当に仲が良く、いつでも一緒に行動していて、周りからはまるで姉妹みたいだね、と言われたものだった。結婚以来、生活に追われるうちに自然と美緒子のほうから連絡を取らなくなっていったが、沙織のことは時々思い出していた。美緒子がこれまでに出会った同性の中で、いちばん仲良くなったのが沙織だったからだ。
「わぁ、懐かしいねぇ、うれしい!」
 沙織は、昔よくしていたように、相手の手を握ろうとして、自分の両手を振りながら美緒子に近づけてきた。唐突に訪れた偶然の再会に戸惑いながらも、美緒子もそれに応じて年甲斐(としがい)もなく学生時代のように沙織としばし手と手を取り合うと、沙織の顔をまじまじと見つめた。
 とても自分と同い年とは思えないくらい、沙織の顔は若々しく見え、美緒子は、自分がえんじ色のエプロンを着けていること、白髪を染め忘れていることが急に恥ずかしくなった。
 そんな恥ずかしさを感じていることを気取られまいとして、美緒子は笑顔を作り、ピンと背筋を伸ばして質問した。
「……え、沙織、船橋に住んでるの?」
「ううん、知り合いが船橋に住んでて、今日はお呼ばれしてるから、何かおいしいものを手土産にと思って寄ったの。まさか、こんなところで美緒子と再会できるなんてね!」
「あぁ、そうなの? それにしても元気そうだね」
「美緒子こそ、元気そうで良かった!」
 ふと仕事中に沙織との会話にのめり込みそうになっている自分に気づいて、美緒子はあたりを見回した。
 すると、乾物コーナーの奥のほうで在庫チェックをしていた店長とバッチリ目が合ってしまい、慌てて沙織の手から自分の手を離して、買い物かごの中の商品を手に取った。
「ねぇ、沙織、申し訳ないんだけど、今、仕事中だからさ……」
「あ、ああ、そうだよね。ごめんごめん」
 沙織はバツが悪そうに笑いながら、会計を済ませるためにバッグから財布を取り出すと、何かを思いついたように顔を上げ、美緒子に小声で囁(ささや)いた。
「ねぇ、今日、何時に仕事終わる?」

突きつけられた旧友との現実の差

 沙織が指定してきたカフェは、船橋駅前から徒歩10分程度離れたところにある、かなりおしゃれな店だった。
 美緒子は、そんな場所にこんなカフェができていたことを全く知らず、隠れ家風のおしゃれな外装と、表に立ててあるメニュー看板の「オーガニックコーヒー 1200円」という価格設定に、やや怖じ気づいてしまった。
(いったん家に帰って服を着替えてきてよかった……)
 美緒子は、レジで沙織に名刺を渡され、「ちょっとだけ、どこかでお茶でも」と誘われたとき、店長の目もあるので急いで二つ返事で応じてしまったが、退勤後に後悔した。なぜなら、その日、美緒子は全身ユニクロで出勤していたからだ。
 更衣室でそのことに気づいた美緒子は大急ぎで家に帰り、できるだけよそ行きのきれい目の格好に着替えることにしたのだ。
土曜の夕方に急におめかしを始めた母を怪訝(けげん)そうに見ていた息子の勇と娘の碧(あおい)には、「大学時代の友達とばったり会ったから、ちょっとお茶してくるね」と伝えた。
 夫の竜一は休日出勤で遅くなり、夕飯は外で済ませて帰ってくるとのことだったので、2人で宅配ピザでも食べるように言って3000円をダイニングテーブルに置くと、子どもたちは大喜びしていた。
 カフェに入ると、入り口に近い席に座っていた沙織がすぐに美緒子に気づいて「ここ、ここ」と手招きしてきた。
 美緒子は座席に座りながら、本当はユニクロを着替えるために家に帰ったことなどはおくびにも出さずに、遅くなったことを詫(わ)びた。
「ごめんね、遅くなっちゃって。子どもたちに夕飯代渡さなきゃいけなかったから」
「あ! そうだよね、お子さんがいるんだもんね。気がつかなくて、ごめんね。急に誘っちゃって、大丈夫だった?」
 沙織は、申し訳なさそうな顔で、胸の前で手を合わせた。
「大丈夫よ。むしろ、2人ともピザが食べられるって大喜びしてたから。それより、沙織のほうこそ大丈夫なの? だって、お友達の家にお呼ばれしてたんじゃないの?」
 と訊(き)きながら、美緒子は沙織が先ほどスーパーで購入した品物をすでに持っていないことに気づいた。
「あぁ、こっちは大丈夫。手土産だけ預けてきたから。あのね、実は、今日お呼ばれしてるのは私の生徒さんのおうちなのよ」
「……生徒さん? 沙織、何か教えてるの?」
 美緒子は、「生徒」という言葉が、沙織にそぐわないので意外に思った。沙織は、渋谷区の裕福な家に生まれ育ったお嬢様で、育ちの良さゆえか無邪気で明るい性格だが、どちらかと言えばおっとりとしてマイペースだったので、人に何かを教える立場になるというのは、ちょっと想像がつかなかった。
「私ね、実は料理教室を開いてるの。オンラインの教室なんだけどね」
(料理教室? オンライン?)
 美緒子は沙織がもともと料理が好きだったのは知っているが、彼女の言っていることがとっさに飲み込めなかった。
 料理は、対面で教わって、出来上がったものを先生と一緒に味見したりするものだと思い込んでいた美緒子は、今や料理教室ですらオンライン化されていることを知らなかったのだ。
「オンラインの料理教室って……どのくらい生徒さんがいるの?」
 そう美緒子が訊くと、沙織は「よくぞ訊いてくれた」とばかりに胸を張って、
「えーとねぇ、この前ちょうど生徒さんが200人超えたところなの。私自身の月収で言うと、もう少しで300万円に到達しそうな感じだよ」
「え! 月収300万円ってことは、年収3000万円超え?」
 美緒子の声が、驚きのあまり思わず裏返る。
「そう、だいたいそのくらいだよ」
 どうりで、と美緒子は思った。
スーパーで十数年ぶりに沙織を見たとき、もともと裕福な家でかわいがられて育ったはずの彼女なのに、親からの援助を受けて裕福な生活をしているだけではなさそうな、経済的にも精神的にも自立した逞(たくま)しい女性の雰囲気を感じたのは、そういうわけだったのか。
 俄然(がぜん)、美緒子の目には、沙織がひときわ輝いて見え始めた。
 沙織は、自分の好きなことを仕事にして、持っている能力を最大限に発揮し、それをお金に換えることで年収3000万円も稼いでいるのだ。そして、自分を尊敬してくれる生徒たちに囲まれ、着たいと思う服を着て、食べたいと思ったものを食べ、行きたいと思った場所に行っているのだろう。
 まさに、彼女は、自分の人生の主人公として生きているのだ。
(片や、私はそうなりたいという思いを胸に秘めているだけのただの主婦……)
 美緒子は、沙織の前で思わずため息をつきそうになるのをこらえた。

自分の夢を叶えている旧友、今の自分

 2人が姉妹のように仲良くしていた大学時代、2人の間にこれほどの差はなかった。もちろん、実家の裕福さに違いはあるものの、女性として、人間として、ここまでの差はなかったはずだ。
 でも、今や2人の人生には、雲泥の差があるように美緒子には思える。
 内心、沙織がこちらを見下すような性格ではないことはわかっていても、美緒子はどんどんみじめな気持ちになっていくのを感じた。
それでも何とか平静を装って、美緒子は沙織に質問する。
「でもさ、そんなにお金をいっぱい稼ぐのって、大変じゃない? 殺人的に忙しくて休みが取れなかったり?」
「ううん、実際にはそこまで忙しくないのよ。時給に換算すると、いくらかな? たぶん4万円くらいじゃないかな。きちんと休みも取れているし、好きな海外旅行だって年に5、6回は行けてるしね。そうそう、この前も海外に行ってきたの。写真、見る?」
「う、うん」
 沙織はうれしそうにバッグからiPadを取り出す。
(年収3000万円で、年に5、6回も海外旅行に行っている?)
(しかも、自分の好きなことを仕事にして、毎日楽しんで過ごしている?)
 美緒子からしたら、まるで夢の世界の話を聞いているようで現実感が持てない話だった。まるで自分が夢を実現したあとの話のように。沙織がiPadに保存されている海外旅行中に撮った写真を次から次へと画面をスワイプしながら見せてくれる。
 その中の一枚の写真が、美緒子の視線を釘付けにした。それは、沙織がエッフェル塔の前でモデルのようにポーズを取っている写真だった。
(パリ。エッフェル塔……)
 パリは、美緒子にとって、中学生くらいの頃からずっと憧れていた街だった。大学時代には、バイトでお金を貯めて卒業旅行をパリにしようと計画し、何とか行けるだけのお金も貯まっていたのだが、折悪しく身内の不幸が重なって中止になってしまったのだった。
 新婚旅行は、夫の竜一のたっての希望でハワイになったが、美緒子が本当はパリに行きたがっていることを夫は知っていたので、「いつか必ず連れて行くから」と約束してくれた。
 しかし、それからもう15年以上経っているが、その約束はまだ果たされていない。子どもが生まれて以来、そんな金銭的な余裕も、時間的な余裕もなくなってしまったし、夫は美緒子がパリに憧れていることを、もう覚えてすらいないのかもしれない。

自分の人生の主人公になれる可能性

 美緒子のそんな内心の忸怩(じくじ)たる思いなどつゆ知らず、沙織はパリでの写真を見せながら、旅行の感想を無邪気に喋り続ける。
「美緒子は、パリに行ったことある?」
「ううん、ずっと行きたいとは思っているんだけど、なかなかね。子どももいるし……」
「でも、もうお子さん、中学生と高校生でしょ。そろそろ手がかからなくなるんじゃないの?」
「そ、そうなんだけどね……」
 と、美緒子が口ごもると、沙織はiPadをテーブルに置き、腕組みをして何かを思い出すように虚空を見つめて、ゆっくり話し始めた。
「でも、確かに、今、振り返るとさ。私も料理教室を始めるまでは、海外旅行なんてたいてい両親のお金で2人についていくだけで、自分1人で行きたい場所に毎年何度も行くなんて、考えられなかったなぁ」
「あら、そうなの?」
「そうだよ? このビジネスを始めてから年収が跳ね上がって、その結果、いろんな自由が手に入ったんだから。もうね、私が今こうしていられるのは、THE ONEのおかげだよ。知ってる? THE ONEって?」
「THE ONE? 何、それ?」
 美緒子が聞き返すと、沙織はiPadで何かを検索して、出てきたサイトを見せてくれた。そこには、男性のセミナー講師らしい人物の話を聞く、100人近い受講者の写真をバックに、「あなたの『唯一無二の価値』を体系化してオンライン講座を構築 1人社長の高収益ビジネス構築パートナー」という惹句(じゃっく)が大きく書かれてあった。
「これって……自己啓発セミナーか何か?」
「うーん、単なる自己啓発セミナーっていうわけじゃないの。もっと実際的に、どうやって自分の能力や強みを生かしてお金を稼ぐか、特にオンライン講座をどうやって構築するかを教えてくれるところなの」
「そうなんだ……」
 自己啓発セミナーに関しては、実は美緒子ももっと若い頃に何度か通ってみたことがあった。でも、自分の人生にはほとんど何の変化もなく、夫からはそのたびに白い目で見られ、時には口げんかに発展することもあったので、いつしか敬遠するようになっていた。
(でも、沙織はそこに通って成功したのね。私と沙織とでは何かが違うのかも……)
 美緒子のそんな思いを、まるで見透かしたかのように、沙織はテーブルに身を乗り出して笑顔を向けてきた。
「ねぇ、美緒子も何かビジネスしてみたらいいじゃん。ウェディング・プランナーだったとき、すっごい優秀だったよね? 確か売上ナンバーワンを獲得したこともあったんじゃなかったっけ?」
「う、うん、そうだけど。でも、もう私はただの主婦だから……」
 美緒子の声色に、ただの謙遜ではない自信のなさを感じ取ったのか、それまで笑顔だった沙織は不意に真剣な表情になり、美緒子の顔を覗き込んだ。
「美緒子だってできるよ。何かしらできることがあるはず。旦那さんは働いているんだし、ダメ元で挑戦してみたっていいんじゃない?」
 沙織のその言葉に、美緒子は胸を衝(つ)かれた。
 自分の人生の主人公になりたいという熱望を、美緒子はずっとひた隠しにしてきたが、沙織には見透かされているのかもしれない、と思った。もし、そうではなかったとしても、自分がウェディング・プランナーを辞めて他人の脇役に徹するようになってからの十数年間、誰からもこんな風に鼓舞(こぶ)されたことはなく、そのことがうれしかった。
 美緒子は、沙織の「あなたにだってできるよ」という言葉が、まるで干からびて硬くなったスポンジに染みこんでいくように、自分の心の中にゆっくりと染み渡っていくのを感じた。
「私にもできるかな? ありがとう。そうかもね」
「うん、そうだよ。美緒子にもできるよ。……もし、興味あったら、THE ONEについて教えてあげるから、いつでも連絡してね」
「わかった。ありがとう」
 沙織は腕時計にちらと視線を落とすと、
「いけない、もうこんな時間! 生徒さんとは言え、さすがに待たせすぎちゃったかな。美緒子、ごめんね、私そろそろ行かなきゃ。また、今度ゆっくりお話ししよう」
 と、身支度を始めた。
 美緒子は、会計に目を落として、自分の分の代金を出そうとバッグから財布を取り出したが、沙織は「ここは私が」と会計を素早く取り上げた。
「いや、それは悪いわ」
 美緒子が自分の分だけでも払おうとしたが、沙織は笑いながら拒んだ。
「ううん、今日は私のわがままで来てもらったんだから、私が持つよ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて……」
 オーガニックコーヒーとケーキのセットで、一人前が軽く2000円を超えていたので、美緒子は内心ホッとしたが、それと同時に胸がチクチクと痛むような自己嫌悪にも駆られた。
「また、連絡してね、美緒子。約束だよ」
「うん、わかった」
 沙織は、靴音を響かせながらレジに向かった。その足下を見ると、美緒子がずっと欲しいと思っていたクリスチャン・ルブタンを履いているのが見えた。
(沙織は、まさに私がこうなりたいと思っている人間になれているんだ……)
 美緒子の気持ちは、沙織と自分を比べれば比べるほど、ついつい沈みがちになるが、それと同時に、さっき彼女から言われた「あなたにもできるよ」という言葉が、心の中でずっとこだまのように響いてもいた。

変わりたい自分に向き合う

 沙織と偶然再会してからの約3ヶ月間、美緒子にはさまざまな変化があった。
 あの日、スーパーで偶然沙織と再会し、カフェで話したあと、美緒子は久しぶりに寝付けない夜を過ごした。
 隣のベッドで眠っている夫の大きないびきのせいではない。久しぶりに会った沙織の生き方にショックを受けたせいだった。
 美緒子は、現在の沙織がうらやましくてしょうがなかった。嫉妬なんていう感情は、ウェディング・プランナーだった時代にはよく抱いていた気がするが、専業主婦になってからは、ほとんど抱いたことがなかった。
 でも、それは、専業主婦としての自分が変わろうとしていなかった、成長しようとしていなかったせいだと、美緒子は気づいた。今の自分の状況を変えようと思わないなら、自分の状況に一応は満足しているわけで、そもそも他人に嫉妬の感情を抱くことはないからだ。
 嫉妬の感情を抱くということは、沙織のようになりたいのだ。つまり、自分は変わりたいのだ。
 美緒子はそのことに気づき、自分のこの感情とようやく真正面から向き合ってみようと思った。そのせいで、その日の夜は眠れなくなってしまったのである。
 午前3時頃まで、完全に冴えきった頭でぐるぐる考え続けた結果、美緒子は沙織の言った「あなたにもできる」という言葉をひとまず信じてみようと決心した。
(私も、もう42歳。このまま決断しないでずるずる引き延ばしていたら、手遅れになるかもしれない)
 そうと決めると、美緒子の行動は早かった。
 まず、今の自分の状況にフィットしそうな、さまざまなセミナーの資料を取り寄せて、比較検討することから始めた。それらを検討する中で、気になった書籍が出てきたら、それを買ってむさぼるように読んだのである。

決意と小さなプライド

 しかし、美緒子には1つ、気がかりなことがあった。
 美緒子が自己啓発的なことに出費をしようとすると、いつも苦虫をかみつぶしたような顔になる夫のことだ。
 美緒子には、夫の気持ちもわからないではない。夫は、美緒子が変わろうとすることを恐れたり、呆(あき)れたりしているわけではなく、これまで何度か変わろうとしても上手くいかなかったので、美緒子を心配しているのだ。
 苦虫をかみつぶしたような顔になるときは、だいたいいつもそうだった。
 彼は彼なりに、妻のことを心配しているのだ。
 また、上手くいかなかったら、美緒子はまた自信を失うだろう、と。その挫折のせいで、自信だけでなく明るい気持ちで笑うこともできなくなるかもしれない、と。
 それでも、美緒子の挑戦したいという決意は固かった。
 沙織と再会して1週間後、美緒子は、これまでにコツコツ貯めてきたへそくりを使って、あるセミナーに申し込んだ。1週間丸々使って十分に検討を加え、厳選に厳選を重ねたセミナーだった。
 沙織が紹介してくれたTHE ONEを選ばなかったのは、個人的な理由からだった。美緒子からすれば、沙織が紹介してくれた場所に行くことになれば、自分の現在の状況やこれまで夢を先延ばしにしてきたことについても、沙織に全部話さなければならなくなるし、これ以上、沙織の世話になるのはどうにも気が進まなかったのである。
 美緒子としては、できれば沙織には知られずに、いつの間にかビジネスで成功して、あとでしれっと報告する形にしたかったのだ。
 これは、元キャリアウーマンとしてのほんの少しだけ残っていたプライドがそうさせていることに美緒子は気づいていた。
 自分の心に火をつけてくれた沙織には感謝しているが、これ以上、沙織の世話にはなりたくない。
 本来は対等な立場だった親友から慈悲をかけてもらっているようで、どうにも嫌だったのである。

抽象的なことより具体的なことを身につけたい

 土曜日の昼下がり。
 夫は休日出勤、息子は予備校、娘はチアリーディングの部活で学校に行っていて、リビングのソファには美緒子だけが1人ぽつねんと座っていた。
 目の前のセンターテーブルには、この3ヶ月間に通ったセミナーの資料、自分が取ったノート、パンフレット、買いあさったビジネス書などが雑然と置かれている。
 沙織との再会を果たし、変わろうとする決意を持ってから、美緒子は合計3つのセミナーに通ったが、すっかり敗北感に打ちひしがれてしまっていた。
 なぜなら、どのセミナーも、どの講師も、自己啓発的な意味においては、美緒子の気持ちを鼓舞してくれるパワーを持っていたとは思うが、とにかく実践的ではなかったのである。
 つまり、美緒子の強みは何で、何をビジネスにするべきなのか。
 そして、ビジネスを実際に始めるとなったときに、どのような点に気をつければいいのか。
 開業にまつわるさまざまなトラブルにどう対処すべきなのか。
 そういった実際的なアドバイスがほとんどなかったのだ。
 3つのセミナーとも、どちらかといえば「抽象的」で、誰にでも通用する一般的なアドバイスが盛りだくさんで、ビジネスに関する知識もいっぱい吸収することができたのは良かったと思う。
 しかし、参加している各個人がどのようにすればビジネスで成功できるのかという「具体的」なアドバイスや、それぞれのスキルや性格に合わせたきめ細かな対応には全く欠けていたのだ。
 そのため、3つのセミナーすべてを真面目に受講したのに、美緒子には一向に自分が成功するビジョンが持てないままだった。
 美緒子は、自分が費やしたお金と時間がほとんど無駄になってしまったことに、ひどくショックを受けていた。
 厳選したはずなのに、どれも似たり寄ったりの内容で、知識ばかりが頭に蓄積されていく半面、実際にどう行動すればいいのかがさっぱりわからず、現状に一切何の変化も起こすことができなかったからだ。
(やっぱり、もう、こうなったら、沙織に頼るしかないか……)
 勇気を奮い起こして始めたのだから、これしきのことではあきらめたくない、と美緒子は考えていた。この3ヶ月間で、美緒子の中には、かつてキャリアウーマンだったときに持っていた負けん気が復活していたのである。
 どのセミナーに行って、誰の意見を聞くべきか。
 やはり、そこは経験者に頼るのが一番だろう。
 自分が自由に使えるお金にも限界があるし、セミナー・ジプシーになって何も結果を残せなかったら、元も子もない。
 ソファに座り、無駄になってしまったセミナーの資料を眺めながら、美緒子は大きくため息をつくと、スマホを手に取って沙織にLINEで通話をかけた。
 数回のコールのあと、沙織が元気よく応答すると、美緒子は言った。
「沙織、久しぶり。あのさ、この前会ったときに教えてくれた、THE ONEについて、もっと詳しく教えてくれないかな?」

――Chapter1に続く。

目次

Prologue 平凡な主婦、起業を思い立つ⁉

◎「キャリアの断絶」が生んだ喪失感――このまま脇役でいいの?
◎輝く旧友との再会で湧き出た一種の違和感
◎突きつけられた旧友との現実の差
◎自分の夢を叶えている旧友、今の自分
◎自分の人生の主人公になれる可能性
◎変わりたい自分に向き合う
◎決意と小さなプライド
◎抽象的なことより具体的なことを身につけたい

Chapter1 こうして自分の中の価値を見つけ出す

◎実践的で個別的なアドバイスを求めて
◎兄妹の悩み
◎挑戦への恐れとタイムリミット
◎初めての個別コンサルティング、スタート
◎自分のスキルをお金に換えるための4ステップ
◎「自己否定お化け」を退治する
◎「自己否定お化け」探し
◎具体的に行動できない人が持っている共通の「思い込み」とは?
◎「普通の私にはできない」という思い込みをリセットする方法
◎「自分の最大の売りになる価値」を探そう!
◎「人生のコンセプト」を発見するキーポイント
◎「自分の価値」を見いだす方程式
◎セッション後の変化

Chapter2 自分の中の課題を克服したときの達成感を思い出す

◎自分史を書くときのポイント
◎夫との間にある見えない壁
◎「猫背のキャリアウーマン」というヒント
◎「コンプレックスを克服する」という最大の成功体験
◎カスタマーサクセス・コンセプトの作成と重要ポイント

Chapter3 知識メタボから脱却する

◎未来につながる過去の宝物
◎インプットで多くの人がハマる罠とは?
◎「知識メタボ」になりやすいタイプとは?
◎なぜ知識を蓄積すると、行動できなくなるのか?
◎「知識メタボ」に陥らないための秘策
◎インプットだけで成長しようとする人、アウトプットしながら成長しようとする人
◎自分の4分野を書き出す

Chapter4 自分の価値をお金に換える方法――スキルをレシピ化してマネタイズしよう!

◎今の自分にできるアウトプットを探る
◎アウトプットは、お金を稼ぐための「通過点」
◎アウトプットとプロダクトの間の溝を埋めるには?
◎売れる形に変わる「スキルのレシピ化」
◎「スキルのレシピ化」の注意点
◎売る際に重要なのは、オリジナリティよりもリアリティ
◎ストーリーに必ず盛り込むべき要素

Chapter5 自分の人生のストーリーを作文にする

◎壁を乗り越えた先の風景
◎娘との対話で湧き出た新たな決意
◎自分だけのストーリーを作文にする
◎「プロダクト」の重要作業
◎スキルのメニュー化
◎メニューが決まったら、すぐにテスト販売スタート

Chapter6 自分を安売りするのは愚の骨頂――キーワードは少人数、高単価

◎鈴木のコンサルティング作法
◎キャパオーバー問題
◎夫の反応
◎安売りの代償
◎最初の成功を素直に喜ぼう
◎大きな勘違いと次の一手
◎経済的自由を実現するキーワード――「少人数」「高単価」「長期継続」
◎他人を幸せにしながら経済的自由を得る
◎なりたい自分はどんな自分?

Epilogue 成功の先にあるもの〜念願のパリ旅行

◎エッフェル塔
◎パリからの生配信
◎夢の実現

あとがき

〈著者プロフィール〉
小林正弥(こばやし・まさや)

THE ONE株式会社 代表取締役社長。ビジネス教育者。
早稲田大学理工学部電子情報通信学科卒。起業したものの全く稼げず、時給900円の日雇いバイトを経験。人生のどん底で、自分を最高値で売ることを決意。30代前半で独自のビジネスモデルを構築し、完全リモートワークで1億円プレイヤーを実現。自分のスキルをマネタイズする「THE ONE 新・講座型ビジネス実践会」を主宰。同実践会は4年間で500名以上のビジネスコミュニティとなる。

いかがでしたか?
 
今回ご紹介した小林正弥さんの新刊『普通の主婦がボディメイク講師として成功するまでに何をやったのか?』では、実話をもとにしたストーリーを通じて、「普通の人」がスキルをお金に換えるために必要な4つの段階の重要エッセンスを学ぶことができます。
 
「副業・起業をこれから考えている人」はもちろん、「一歩を踏み出したものの、うまくいっていない人」、「自分の人生の主導権を取り戻したいと考えている人」にも、元気と勇気とともに、お役立ていただけるノウハウが満載の1冊です。興味のある方は、ぜひチェックしてみてください。

「ひとりビジネス」の重要ポイントをストーリー形式で学べる!
amazonでは先行発売中!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?