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彼のひとの血 (短歌)

車は低い土地をとおっていた。多摩川のほとり、中原街道沿い、低くじめついた地面をアスファルトで固めているような、息がつまりそうな土地を。

頭のなかは、さきほど読んでいた百人一首や短歌があふれていた。学びたいこと、神さまがわたしをどこに連れていこうとしているのか、何をすればよいのか。高いところに、澄んだところに呼ばれているような、わたしの思考はたゆたっていた。

ふと吸いこまれるように、がちゃがちゃとした幹線道路沿いのネットカフェの、自動ドアのなかにあるパチンコ台に目が寄せられた。醜い、とおもった。詩歌のうつくしい世界とはあまりにかけはなれていた。ああいった世界とは、わたしは関わったことがない。

それを一瞬、わたしは育った環境が良いからかと思った。貧しくはあったけど、母は頭の良いひとで、家は知的好奇心に満ちており、なによりわたしを神さまに導いてくれた。

けれどそうではない。わたしをこの世から隔てているのは、恵まれた家庭ではなかった。わたしの肉には、低きものへと惹かれる性質があることくらい、もうとうに知っている。

わたしを、歩道を挟んで向こう側にある、あの享楽的な世界と隔てているものは、彼のひとがその命を落としてまで流した、鉄の匂いのする、ねっとりとした血であった。

その血は、わたしを清らかにして、高きいのちを生きられように、道を開いてくれた。こちらではなく、あちらのいのちを。もっと高く、もっと澄んだあかるいところの生き方を。わたしに答えを与え、こころに歓びを与えてくれた。わたしと世とのあいだには、キリストの血が引かれている。

彼のひとの見るにおぞまし血の池は
世とわれ隔つ深き淵かも




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