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欠けているから惹かれてしまう(欠落があるからこそ面白い小説3作品)

電車内や飲食店内では通話をしないのがマナー、というのが大多数の人の認識だと思うのだが、同時に、これに疑問を感じたことのある方もいるのではないだろうか。

飲食店でも電車内でも、一緒にいる人と会話をするのはマナー違反ではないのに、電話をしたらいけないのはなぜ?そりゃ、ぎゅうぎゅうの満員電車で自分の隣に立っている人が電話していたらめちゃくちゃ嫌だと思うけれど、そうでもない電車では、声のボリュームに気を付ければそんなに迷惑でもないのでは?

最近その理由を聞いたのだが、一説としては、「会話の断片しか聞こえないとストレスがかかる」ということがあるそうだ。会話の全体像は見えないのに、半分だけは耳に飛び込んでくると、完全な会話が聞こえるときよりも気になってしまうらしい。

確かに……。私の恋人はめちゃくちゃ寝言を言うのだが、普段の会話よりも全然興味をそそられるもんな(失礼)。この間は「どういうことなの南極と北極って?」と言っていて、「どういうことなの、どういうことなの南極と北極ってって??」という疑問にしばらく頭の中を占領された。

いやこれはちょっと違うか……。

ではこれはどうでしょうか、「ページをめくると突然数年経っている小説」。

章と章の間で一気に5年とか経ってしまっている。え、あの話ってどうなったの?あれ、あの人いつの間にか死んじゃったの?気になるあれこれが、語られないままに過ぎてしまっている。すごく気持ち悪いような、私はそこが知りたかったのに!ともどかしいような、でも登場人物の言動から書かれない空白に何があったのか紐解かれていくのが面白くて、余計に物語にのめりこんでしまう。

これもやっぱり、電車で電話をしてはいけないのと同じ理屈なのではないだろうか?もちろん、いい意味で。

でも、「ページをめくると突然数年経っている小説が読みたい!」と思っても探すのは難しいと思うので、最近私が読んだ3冊をご紹介します。

川上弘美『森へ行きましょう』

1966年の同じ日に、同じ母親から生まれた留津とルツ。二人はそれぞれ違う世界線でそれぞれの人生を歩んでいく。それぞれの人生が交互に描かれていくことで、人生のほんの少しの違いが二人の性格にも、出会いにも、価値観にも影響を与えていく様子がより鮮やかに浮かび上がる。そんな中でも「この出会いは運命なのでは」と思わせられたり。段々とパラレルワールドの関係性も複雑になり、森へ迷い込むような感覚になる小説。

私の母にもおすすめしたところ、とても面白かったと言っていた。特に母は主人公と世代が近いので、きっと私とは違う感じるところもあったのではないだろうか。特に女性は自分を重ねる部分も多いのではないかと思うのでおすすめ(とはいえ、男性ももちろん楽しめるはず!)。

澤田瞳子『星落ちて、なお』

今年の直木賞受賞作。個人的に、時代小説が好きなので余計に面白かった。

その才能ゆえに「画鬼」とまで呼ばれた偉大な画家、河鍋暁斎の娘であり、同時に彼の弟子でもあったとよの人生が描かれた小説。明治、大正の変化の大きな時代に翻弄されるとよ。価値観も大きく変わる中で既に亡き河鍋暁斎の評価も変わっていくが、父に対する尊敬は失わず、だからこそ葛藤うる様子に胸がいたくなる。

懸命に、自分の信じるものや生き方を貫く姿がかっこいい!女性の人生を描いている、という点で、時代物に苦手意識のある人でも読みやすいのではないかと思います。

寺地はるな『架空の犬と嘘をつく猫』

びっくりするほどめちゃくちゃな家族。お互いに嘘をつき、傷ついて傷つけて、逃げて、もう許せないと恨んで……めちゃくちゃにならざるを得ないそれぞれが抱えた心の痛みや葛藤に震える。

家族なんだからお互いに支えあって仲良く、ということでは無くて、でもやっぱり離れられない縁のようなものを感じる小説。家族ってなんだろう、他人を思いやるってどういうことなんだろう、と考えてしまいます。


電車内やカフェで、聞きたくもないのに会話の断片を聞かせられるのは確かにストレスだけれど、小説となると突然魅力になるのが面白い。

マナー違反にイライラさせられてしまった人はぜひ。周りの声が気にならなくなる、没頭できる作品です。




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