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【ここはどこだ】

ウクライナ叔母さんに迎えられ

バルセロナに着いたのは、時計の針が19時少しまわった頃であった。
とても清々しい空だった。

カタルーニャ独立推進デモの影響で、バスは遠回りし、遅れるとドライバーから聞いていたので、ある程度の覚悟をしていたのだが、その心配は必要なかったようだ。

「マドリードより風が気持ち良いね」と二人で微笑み、道行く人の港町雰囲気を感じ、地下鉄に向かった。

どのチケットを買うかで少し梃子摺ったが、なんとか無事購入できた。(マシーンの色で地下鉄なのか、トレインなのか分かれているようだ。)

チケット購入マシーンには、カタルーニャ語の選択肢もあった。(黄色と赤色の縦縞)

この後、カタルーニャの国旗を宿に行くまでに幾度となく見かける。

今日の宿泊先は、Torras i Bages 駅徒歩10分のところだ。

地下鉄に乗り、30分ほどして無事宿泊先に着いた。

迎えてくれたのは、ウクライナ叔母さんだった。

Jessが少しウクライナ語を勉強していたので、軽く挨拶すると、話せると思い手加減無しのスピードで話かけてきた。

苦笑いしながら受け答えするJess、2割ほどしか聞き取れてなかったが、ジェスチャーでなんとなく伝わった。

ウクライナ叔母さんは丁寧に、キッチン、シャー、洗濯機の使い方を教えてくれた。

部屋も綺麗で、ベットがフカフカだ。
今回も当たりのようだ。

荷物を置いて、いざ夕食へ。

周りのレストランすべて中国人が経営

最近はGoogleマップで、「ディナー」を選択、「お財布に優しいお店」をタップし、夕食を探す。

これが結構あたりが多いのだ。

しかし、Google先生のアドバイスをもとに、足を運んだ2件はいずれも日曜の夜ということで、クローズだった。

仕方なく、足を使って探すことに。

すると、スペイン人が沢山いるローカル食堂のような場所を見つけた。

店の外のメニューを見て、店内を見渡すと、スタッフがみな中国人だった。

せっかくバルセロナに来たのだから、ローカルの人が作るご飯を食べたいと思い、他をあたることに。

そして、二軒目、三軒目、四軒目、五軒目と周るが、すべて、全て中国系の方が店を営んでいたのだ。

結局、宿泊先の目の前の一番賑わっている店に入ることに。

味は、結構いけた。が、チキンソテーとイカ天、そしてポテトフライという。。
旅に来て一番アジアンなフレーバーを食べた。

一つ発見したのは、バルセロナでは、ビールにレモンジュースを入れて飲む人が多いのだと。こんな感じで。

意外と飲みやすかったが、個人的には、そのままが好きだ。

教科書で勉強したことが目の前に

実は、私は大学の時に「華人華僑概論」という授業を専攻したことがあった。

その時に、華僑、華人、中国人が世界に散らばっていることを学んだことがあった。

特に、スペインは移民先進国とよばれ、人口減少に伴い多くの中国人移民を受けいていたことを思い出した。

1980年代から2008年ごろまで中国の浙江省が力をいれて移民をバックアップしていたのだ。

案の定、店員と話をすると、10年ほど前にバルセロナに来た浙江省出身の32歳男性だった。

他のスタッフは、南京出身だそうだ。
みんな移民して10年〜20年が経ち、流暢なスペイン語でスペイン人にスペイン料理を提供していた。

衝撃だった。
大学の机で勉強したことが、まさかこの旅で目の当たりにするとは。

宿ではウクライナ人に迎えられ、レストランでは中国人にサーブしてもらい、二人で「ここは一体どこだ。」と苦笑した。

さいごに

ロンドンからバルセロナに来るまでは、基本ローカルの人の宿に泊まり、ローカルフードを食してきたので、この旅である意味一番インパクトの強い宿と晩餐であった。

明日は市内に行きカタルーニャ独立推進デモの現場を見に行こうと思う。

乞うご期待を。

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