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克服しなくてもいい苦手なこと
2024年5月29日(水)朝の6:00になりました。
はやく、キャンプになんて行かなくて済む大人になりたいよ。
どうも、高倉大希です。
苦手なことにも、果敢に挑戦しよう。
巷には、このような考え方が溢れています。
本当は否定したいところですが、否定しきることはできません。
一理あると、言わざるをえないからです。
わたしたちは簡単に、「やらない」を「できない」に変換します。
やらない理由に「苦手だから」を持ち出すほど、楽なことはありません。
私の考える敗者というのは、失敗を犯しても反省せず、教訓も学ばず、失敗を恥ととらえる人たちだ。新しい情報を活かすのではなく、保身にに回り、前進する代わりに失敗の言い訳をする人たちだ。そういう連中はたいがい、自分を大がかりな陰謀、卑劣な上司、悪天候の“被害者”だと考えている。
苦手なことにも果敢に挑戦することは、たしかに大事です。
しかし、あらゆる苦手なことを克服しなければならないわけではありません。
苦手なことには、克服するべきこととそうでないことがあります。
言い換えるなら、できるようにならなくてもいい苦手なこともあるわけです。
冷静に考えれば、そりゃそうです。
人間は、万能ではありません。
自分たちは、なにが得意なのか。自分たちは、なにが苦手なのか。それをちゃんとわかって、自分たちの得意なことが活きるように、苦手なことが表面化しないような方向へ組織を導くのが経営だと思います。
大事なのは、登る山をよく理解しておくことです。
登り方が、必ずしもひとつだけだとは限りません。
その道がどうにも苦手なのであれば、違う道から登ればいいだけです。
山頂に辿りつくのなら、べつにどの道を登ったって構いません。
苦手な道を避けて、いかに山頂に辿りつくか。
頭をフル回転させて、それだけを考えるのです。
競技力を合理的に高めようとすることは、必ずしも苦しさに耐えることを意味しない。人格の育成に主眼を置くと、技能向上よりも「努力感」があるトレーニングを選びがちになり、合理性から離れていってしまう。
どう考えても、その道から登った方が効率がいい。
今回は避けられたとしても、後に何度もその道を登る必要がある。
そんなときは、どうにかして克服する1択です。
今の自分が苦手かどうかなんて、知ったこっちゃありません。
くり返しになりますが大切なのは、苦手はふたつに分けられるということです。
あらゆる苦手を、克服しなければならないわけではありません。
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— 高倉大希|インク (@firesign_ink) January 1, 2023
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