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10年間の逃げ癖の歴史①

26歳にして、自己破産をした男です。


僕が自己破産をすることとなった、大元の原因は、「逃げ癖」にありました。

僕の逃げ癖の始まりは、高校1年生、16歳の頃。
部活を辞めたことと、バイトを飛んだことでした。

なぜ部活を辞めたのか思い出せないのですが、まさしく「なんとなく」で、当時所属していたバドミントン部を辞めることにしました。
ちなみに辞めてから数ヶ月後に、禊を済ませたり、ケジメをつけることもなく、ヌルっと部活に戻ることにします。

確か当時仲の良かった部員にLINEして、あとは顧問の先生にお願いしに行くとかそんな感じの記憶です。

この時に部活を辞めるという逃げだけではなく、罪悪感を抱くことなく、割とヘラヘラしていたため、そうした舐めたマインドが逃げ癖を生んだのだと思います。

バイトに関しては、回転寿司チェーンで働いていたのですが、仕事が出来なさすぎて、飛んだ記憶があります。

ここのバイト先は、自分にとっては結構ストレス負荷が高く、バックれることにした時の、爽快感や開放感が半端じゃなかったのを覚えています。
逃げ癖は、他人に迷惑をかけるのにもかかわらず、本人にとっては快感を覚える行為でもあり、だからこそ癖になってしまいます。
逃げるという回避行動の中毒者になってしまいました。

これ以降、辛いことやめんどくさいことを即座に回避するために、バックレることが少しずつ増えていきます。
とは言っても、所詮高校生なので、どこか外部の組織に所属することもなく、本格的に仕事をすることもなかったので、ほとんど逃げ癖が発動する場面はありませんでした。

ちなみに高2の夏から始めたバイトも高校卒業まで続けたので、この時点では辞め癖や逃げ癖はなかったと言えます。

この病気が深刻化したのは、大学生の頃です。
大学に入ると、友達との交際費、デート代、携帯代、通学定期代などあらゆるものを自分で払わなくてはなりませんでした。
なので、本格的にバイトを始めることにします。

しかし、とにかくバイトが長続きしません。
ざっと覚えているだけで、こんな感じです。

エロビデオ屋 4ヶ月
ラーメン屋 5ヶ月
居酒屋 3ヶ月
データ入力 3ヶ月(契約期間満了)
パチ屋 2週間(コロナ休業のため仕方ないか)
そば屋 1日
スーパー 1日
ボーリング場 1日
学習塾 2年
公共スポーツ施設 2年
※他、日雇いバイト多数
※覚えないだけで、1ヶ月未満でやめたバイトが他にも複数あります。

長く続いたバイトもありますが、1日で辞めたバイトも結構あります。

また、面接もバックれることが多々ありました。

仕事をすぐ辞めることに対して、感覚が麻痺するようになったのは、大学生の時の度重なる行動の結果でした。

世の中の多くの人は、簡単には仕事を辞めません。
辛い辛いと言いながらも、なんとか踏ん張っています。

あろうことか僕はそんな人たちのことを、内心かなり馬鹿にしていました。

「そんなに仕事が嫌なら辞めればいい。誰もお前に強制なんかしていない。世の中に仕事は腐るほどある。一度きりの人生、嫌いな仕事をやるのは時間の無駄だ。」と。

なるほど、多少の理はあるかもしれませんが、世の中や人間を舐め腐っている思考でした。

人にはそれぞれ事情があり、背負っているものがあります。

人々がそれぞれの持ち場で踏ん張っていることを軽視し、自分は無責任に周囲のことを考えず、何かあればすぐにバイトを辞めていました。

そんな思考の結果が、大学卒業後、7回にも及ぶ短期離職へとつながったのだから、救いようがありません。

しかもバイトをすぐに辞めるので、お金に余裕がない時期も、度々訪れました。

働かないから金が入ってこない、これは大学を卒業して社会人になっても同じ現象が起きました。

人間は、過ちに目を向けないと、同じことを繰り返してしまうのだと、今この文章を書いていて痛感します。

社会人以降は、借金返済のこともあり、正社員+uber、ホストなど、複数の仕事を掛け持ちするのがデフォルトの状態になりました。

自己破産から、富を蓄積していくためには、仕事を簡単に辞めない、諦めずに続ける、そして収入源を複数持とうと思います。

10年間にも及ぶ逃げ癖を克服するのは簡単ではありませんが、今立ち向かわないと、取り返しのつかない人生になってしまうので、踏ん張るつもりです。

また次回、逃げ癖エピソード第二弾を書きます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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