ナカニシクニハル

スージー鈴木さんのコラム「OSAKA TEENAGE BLUE 1980」が好きすぎて…

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スージー鈴木さんのコラム「OSAKA TEENAGE BLUE 1980」が好きすぎて、その北陸版「HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980」を、非公式・非公認トリビュート・コラムとして投稿しています。主に、音楽系コラムが中心となりますが、そのうちに他ジャンルも。

マガジン

  • HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980

    スージー鈴木さんのコラムシリーズ『OSAKA TEENAGE BLUE 1980』が好きすぎて立ち上げた、非公認非公式コラムシリーズです。80年代邦楽シーンと北陸地方の片隅でその時代を生きたひとりの少年のその時々の心のありようについて。すべての丙午世代に捧げたいと思います。

  • 後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング~

    90年代に後楽園ホールで目撃したボクシングの名勝負の数々を、ごく私的な視点からまとめています。

最近の記事

【番外編】藤井フミヤ 40th Anniversary Tour を観た! HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.25

はじめに。 ※記事中、藤井フミヤさん40周年ライブのネタバレを含みますのでご注意ください!また、本シリーズは80年代のあれこれをテーマとしており、80年代の楽曲を中心にふれていることをご了解くださいませ。 3月31日(日)。藤井フミヤさんのデビュー40周年記念ライブを観た。会場は富山市オーバードホール。チケットはソールドアウトし会場は超満員。僕の席はキャパ2196人の大会場の4階、それもなかほど。それでも約2時間30分にわたってちりばめられた代表曲の数々を堪能した。 さ

    • 川島郭志vs崔甲哲 1993年10月5日 葛西裕一vsジェローム・コフィ― 1993年10月7日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.16

      川島郭志vs崔甲哲 基本的にひとつの記事でひとつの試合を扱ってきたが、今回は2試合を同時に取り上げたい。というのも、わずか3日の間に当時「世界に最も近い」と言われていた2選手が次々に登場し、いずれも「世界前哨戦」を行っていたからだ。 ひとりは当時、日本ジュニア・バンタム級王者の川島郭志。もうひとりは日本ジュニア・フェザー級王者の葛西裕一。どちらも大好きな選手だったので、両日ともに観に行った。 まずは10月5日に行われた川島の試合。生観戦は4月の松村戦以来、半年ぶり。

      • 1979年、春。YOUNG MANと基礎英語と丸石サイクル。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol. 24 西城秀樹『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』

        ■西城秀樹『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』 作詞(日本語詞):あまがいりゅうじ 作曲:J Morali 編曲:大谷和夫 発売:1979年2月21日 昭和54年、僕は中学生になった。 昭和54年、つまり1979年。 70年代も最後の一年。江川卓が「空白の一日」を経て巨人入団を果たしいよいよプロデビューした年であり、インベーダーゲームが大流行した年であり、海外に目を移せば英国でサッチャーが女性初の首相に就任した年であり、スリーマイル島で原発事故が起こった年でもある。

        • 1982年、夏。オリビア・ニュートン=ジョンとジーン・ケリーと初舞台。HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.23 オリビア・ニュートン=ジョン『ザナドゥ』  

          ■オリビア・ニュートン=ジョン『ザナドゥ』 作詞:ジェフ・リン 作曲:ジェフ・リン 編曲:ジェフ・リン 発売:1980年6月6日 ※この記事は、前作『1982年、春。ジョーン・ジェットと中森明菜と高校演劇』の続編となります。よろしければ、そちらもお読みくださいませ。 演劇部に入ってみたものの… 1982年5月の僕は7月の本番に向けてキャストによる本読みと、「演出上不可欠」というバク転の練習を続けていた。 元々運動神経はよい方ではない。というのはG先輩もすぐに気づいたよ

        【番外編】藤井フミヤ 40th Anniversary Tour を観た! HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.25

        • 川島郭志vs崔甲哲 1993年10月5日 葛西裕一vsジェローム・コフィ― 1993年10月7日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.16

        • 1979年、春。YOUNG MANと基礎英語と丸石サイクル。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol. 24 西城秀樹『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』

        • 1982年、夏。オリビア・ニュートン=ジョンとジーン・ケリーと初舞台。HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.23 オリビア・ニュートン=ジョン『ザナドゥ』  

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        • HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980
          25本
        • 後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング~
          17本

        記事

          神藤太志vs天翔康晶 1993年9月20日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.15」

          ベビーフェイス・アサシン、神藤太志登場! 神藤太志(笹崎)の試合を初めて観たのは、深夜のテレビ中継だったと思う。93年3月、日本フライ級王者、小林宏(角海老宝石)に挑んだ一戦だ。 まるで高校生かと思うような童顔の神藤だったが、そのテンポの速い小気味のいいボクシングに魅了された。一発の力こそ感じさせないが、とにかく手数が多い。小林のパンチをかわすや、スピード豊かな細かくキレのある連打をこれでもかとつなげてくる。 結果は、5ラウンドでのKO勝ち。見事、日本フライ級王者にたどり

          神藤太志vs天翔康晶 1993年9月20日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.15」

          1982年、春。ジョーン・ジェットと中森明菜と高校演劇。HOKURIKU TEENAGE BlUE 1980 Vol.22 中森明菜『スローモーション』、Joan Jett & The Blackhearts

          ■ 中森明菜『スローモーション』  作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:船山基紀 発売:1982年5月1日 ■ Joan Jett & The Blackhearts『I Love Rock'N Roll』  作詞作曲:アラン•メリル 発売:1982年1月19日(米国) 花のアイドル1982年組とともに始まった高校生活。 1982年、春。僕は高校に入学した。 高校へは、まず最寄りの国鉄の駅まで10分ほど自転車を走らせ、その後20分くらいをかけて列車に乗って金沢に出

          1982年、春。ジョーン・ジェットと中森明菜と高校演劇。HOKURIKU TEENAGE BlUE 1980 Vol.22 中森明菜『スローモーション』、Joan Jett & The Blackhearts

          渡辺雄二vsマルコス・ゲバラ 1993年8月30日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.14」

          90年代国内屈指の人気ボクサー、渡辺雄二が再起第二戦に挑む。 基本的に、90年代に後楽園ホールで生観戦した試合の感想を綴るこのシリーズ。今回はしかし、ホールを初めて飛び出してみたい。 90年代前半の日本リングにおける屈指の人気者、渡辺雄二の再起第二戦は、後楽園ホールではおさまらず、前年世界戦を行った東京体育館での開催となった。 92年11月、渡辺はWBA世界ジュニア・ライト級王者、ヘナロ・エルナンデスに挑むも6回TKO負け、その後93年4月に再起を果たす。 再起二戦目

          渡辺雄二vsマルコス・ゲバラ 1993年8月30日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.14」

          清志郎とヒロトと一枚の手袋と。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.21 The Blue Hearts『少年の詩』 忌野清志郎『Around The Corner 曲がり角のところで』 

          ■The Blue Hearts『少年の詩』 1987年5月1日 作詞:作曲 甲本ヒロト 編曲:The Blue Hearts 浅田 孟  ■忌野清志郎 『Around The Corner 曲がり角のところで』 1987年2月25日 作詞:作曲 忌野清志郎  バイト先でザ・ブルーハーツと遭遇! 前々回Vol.19「昭和の最後にクラッシュギャルズと小人プロレスを観た」でバイト先での経験を書くうちに当時(86~87年)の思い出が色々と蘇ってきた。ということで今回もその頃の話

          清志郎とヒロトと一枚の手袋と。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.21 The Blue Hearts『少年の詩』 忌野清志郎『Around The Corner 曲がり角のところで』 

          詩 『早く家へ帰りたい』

          たしか東京駅近くの丸善だったと思う。詩集の棚の前に立って、背表紙を眺めていた。 その頃、僕は詩を書いていなかった。東京で働きだして六年あまり。結婚もしていた。たぶんもう詩は書かないだろうと思っていた。それでも書店に入れば、なんとなく習慣のように詩の棚を眺めるのだったけれど。 ふと一冊の詩集に目がとまった。 『早く家へ帰りたい』 サイモン&ガーファンクルの曲から引用したと思しきタイトルに興味をひかれた。手に取り、最初の詩を読んで、そのまま最後まで読み切って、レジへ持って

          詩 『早く家へ帰りたい』

          詩 『レモン哀歌』

          高校二年の冬のことだったと思う。 通学バスの中で、同級生のFが隣りに勢いよく座って話しかけてきた。 Fは同じ中学出身の友人で、スポーツ万能。高校で野球からラグビーに転向すると、すぐに県の代表に選ばれた。無類のプロレス好きで、クラス対抗の柔道大会では、柔道部の主将を相手にジャーマン・スープレックス・ホールドを豪快に決めて、場内を総立ちにさせたりもしていた。 そんなFが、挨拶もそこそこにいきなり「俺、詩とか全然わからないんやけど、教科書に載ってる『レモン哀歌』、あれはすっげ

          詩 『レモン哀歌』

          詩 『夕焼け』

          中学二年の時だったと思う 国語の授業で、詩の感想文を書いたことがあった 三つの詩から選んで感想を書く 吉野弘「夕焼け」、三好達治「大阿蘇」、もう一つは思い出せない 先生(当時二十代の若い女性教師だった)が、そのいくつかを読み上げた 「娘の行動はすばらしい」 「他の乗客は薄情だ」 「彼女を見習いたい」 そんな感想が続いた 少し考えた後に、彼女は生徒たちにこう問いかけた 「作者は実際にこんな光景を目にしたのだと、そう思う人は?」 ほとんどの生徒の手があがった 僕も手を

          詩 『夕焼け』

          朴政吾vs佐藤仁徳 1993年7月12日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.14」

          職場の上司とのボクシング観戦。 30年前に行われたこの東洋太平洋戦を覚えている人が、いまやどのくらいいるだろうか?僕にとっては妙に印象に残る試合、というか一日なのだけれど。 というのも、ほぼほぼ一人でボクシング観戦にでかけることの多かった自分には珍しく、この日は職場の上司と連れ立ってホールの椅子に座っていたからだ。 その上司は特段ボクシング・ファンというわけではなかったが、昭和30年代のボクシング黄金時代に青年期を過ごしている。毎日のようにテレビで試合が生中継されていた

          朴政吾vs佐藤仁徳 1993年7月12日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.14」

          The東南西北から考える、丙午世代は谷間の世代か否か? HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.20 The東南西北『内心、Thank You』  

          ■ The東南西北『内心、Thank You』  作詞:松本隆 作曲:久保田洋司 編曲:白井良明 発売:1986年4月2日 Born in 1966、丙午世代の憂鬱。 唐突だが、僕は丙午(ひのえうま)世代である。 といいつつ、67年1月生まれなので、正確には丙午生まれではないのだけれど、同学年の大半は丙午生まれだし、小さなころから「丙午世代」と呼ばれてきたので、その一員であるという自覚がある。 その特徴は、何と言ってもまず人数が少ないことだ。中学では一個上も下も3クラ

          The東南西北から考える、丙午世代は谷間の世代か否か? HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.20 The東南西北『内心、Thank You』  

          葛西裕一vs山岡正規 1993年7月3日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング」Vol.13

          元バンタム級王者、山岡正規が、一階級上の王者、葛西裕一に挑戦。 当時の日本ボクシング界で「世界に最も近い男」と目されていた葛西裕一。しかし、4月に行われた一階級下のバンタム級世界ランカー、アブラハム・トーレスとの試合は、かなり分が悪い引き分けに終わった。僕を含め観た人の7割は葛西の負けと思ったのではなかろうか。地元判定に救われた形だと。 日本タイトルの防衛戦ながら実質的に再起戦に近い位置づけだったこの試合、「しかしまた、強いのを選んだな~」と思った。かなりの強気のマッチメ

          葛西裕一vs山岡正規 1993年7月3日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング」Vol.13

          昭和の最後にクラッシュギャルズと小人プロレスを観た。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.19 クラッシュギャルズ『炎の聖書』 

          ■ クラッシュギャルズ『炎の聖書』  作詞:森雪之丞 作曲:後藤次利 編曲:松下誠 発売:1984年8月21日 忘れられない一日。 昭和61年だったか、それとも62年だったか、今となってはそれさえ判然としない。僕が19歳か20歳の頃のこと。日時も場所もあやふやで記憶も断片的。けれど、忘れがたい一日がある。ただ一度だけ、全日本女子プロレスの興行にバイトとして入った日のことだ。 当時、名古屋の大学に通っていた僕は、友人の紹介で「エスカルゴ35」というスポーツやコンサートなど

          昭和の最後にクラッシュギャルズと小人プロレスを観た。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.19 クラッシュギャルズ『炎の聖書』 

          江口九州男vs江口勝昭 1993年6月5日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.12」

          実の兄弟が日本タイトルを争う? 90年代を通じて、いや平成30年間の日本ボクシングの歴史のなかでも、最も不思議な試合と言ってもいいのではなかろうか。 実の兄弟同士で日本タイトルをかけて争った史上初の一戦。江口九州男vs江口勝昭。しかも、二人は同門、角海老宝石ジム所属である。 いまでいうなら、井上尚弥と井上拓真が、もしくは少し前なら亀田3兄弟同士でタイトルをめぐって試合をするようなものだ。  どう考えてもありえない。本人たちはもちろん、それを「見たい」という人もほぼいな

          江口九州男vs江口勝昭 1993年6月5日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.12」