ナカニシクニハル

スージー鈴木さんのコラム「OSAKA TEENAGE BLUE 1980」が好きすぎて…

ナカニシクニハル

スージー鈴木さんのコラム「OSAKA TEENAGE BLUE 1980」が好きすぎて、その北陸版「HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980」を、非公式・非公認トリビュート・コラムとして投稿しています。主に、音楽系コラムが中心となりますが、そのうちに他ジャンルも。

マガジン

  • HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980

    スージー鈴木さんのコラムシリーズ『OSAKA TEENAGE BLUE 1980』が好きすぎて立ち上げた、非公認非公式コラムシリーズです。80年代邦楽シーンと北陸地方の片隅でその時代を生きたひとりの少年のその時々の心のありようについて。すべての丙午世代に捧げたいと思います。

  • 後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング~

    90年代に後楽園ホールで目撃したボクシングの名勝負の数々を、ごく私的な視点からまとめています。

最近の記事

過剰警備問題に揺れた1987年、スラッシュ·メタルのイベントでXと遭遇した話。HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.28 X『オルガスム』

X『オルガスム』 作詞:YOSHIKI 作曲:YOSHIKI 編曲:X 発売:1986年4月10日 バンドの絶頂時に起きた大惨事。 1987年4月19日は、80年代の、いや日本のポピュラー音楽史でも一、二を争う「暗い日」ではなかろうか。 この日、日比谷野外音楽堂で行われていたLAUGHIN’ NOSEのライブ中に、観客が将棋倒しとなる事故が発生。死者3名、20人以上が重軽傷を負うという大惨事となった。 バンドは責任を取る形で謹慎。前年にメジャー·デビューを果たし、人気

    • 吉野弘幸vs朴政吾 1993年12月7日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.19」

      1993年末の大一番。 僕にとっての大一番だった金内豪くんのプロ第二戦からわずか三日後、もうひとつの大一番がやってきた。 吉野弘幸vs朴政吾。 6月に初となる世界戦に挑んだ吉野だが、ファン·マルチン·コッジにあえなくKO負け。その再起戦は、いきなり東洋太平洋ウェルター級王座への挑戦試合となった。 「これは抜群のマッチメイク!」と、ボクシングマガジンのスケジュール欄でこの一戦について知った時には興奮した。 当時の吉野はコッジ戦に敗れて世界ランクからは落ちてしまっていた

      • 酒井法子から考える「アイドル冬の時代」の入口について。Hokuriku Teenage Blue 1980 Vol.27 酒井法子『夢冒険』

        酒井法子『夢冒険』 作詞:森浩美 作曲:西木栄二 編曲:中村暢之  発売:1987年11月25日 謎の新人アイドル「サカイノリコ」 「おまえ、サカイノリコって知ってるか?」 名古屋駅の構内で、エスカルゴの社員さん(仮にKさんとしておこう)が、僕に尋ねてきた。聞き覚えがなかったので、「いや~知らないっす」と答えた。 1987年の秋頃、まだ寒さを感じない頃だったから、たぶん10月頃のことではなかっただろうか。 もともとアイドルは詳しい方ではなかった。けれど、そこそこ人気

        • 金内豪vs中村哲 1993年12月4日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.18」

          ゴールデンルーキー、金内豪登場! 93年春、高校三冠の実績をひっさげ「ゴールデンルーキー」として華々しくプロボクシング界に登場した金内豪(ビクトリー)。 その後、高校三冠はけっして珍しくなくなり、三冠どころか五冠、六冠、井上尚弥に至っては高校時代にアマ七冠を達成しているが、93年当時は「高校三冠」のインパクトはかなり大きいものだった。 プロテストも、高校を卒業したばかりの18歳としてはこれまた当時異例のB級テストを受験し合格。5月に行われたデビュー戦はいきなりのメインイ

        過剰警備問題に揺れた1987年、スラッシュ·メタルのイベントでXと遭遇した話。HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.28 X『オルガスム』

        マガジン

        • HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980
          28本
        • 後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング~
          20本

        記事

          1987年秋、岐阜の体育館で観た中山美穂と細川たかしについて。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol. 26

          2024年4月に観た中山美穂。 4月7日(日)、金沢歌劇座にて中山美穂コンサート、「Miho Nakayama Concert Tour 2024-Deux」を観た。19都市21公演を行うツアーの初日が、この金沢公演だった。 ネットで読んだファンの方のレポートによると、この日披露されたのはアンコールを含めて19曲。ざっくりとした流れでいえば、前半はジャジーなアレンジでしっとりと。僕のようなシングル曲くらいしか知らないライトファンには未聴の曲も多く、また、アップテンポなヒッ

          1987年秋、岐阜の体育館で観た中山美穂と細川たかしについて。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol. 26

          神藤太志vs浅沼光 1993年11月22日  「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.17」

          メインよりも強烈な印象を残した神藤太志のベストファイト。 いつもはメインの試合を取り上げているが、今回はこのシリーズ初、セミ·ファイナルの試合について書きたい。というのも、この試合こそが短くも鮮烈なキャリアを駆け抜けた神藤太志のベストバウトではないかと思うからだ。 前戦で天翔康晶と倒し倒されの激闘を演じた神藤。面白い試合ではあったけれど、神藤本来のボクシングからはほど遠い出来に思われた。日本チャンピオンになって以降、魅せる試合を意識しだした結果なのかわからないが、以前の

          神藤太志vs浅沼光 1993年11月22日  「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.17」

          【番外編】藤井フミヤ 40th Anniversary Tour を観た! HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.25

          はじめに。 ※記事中、藤井フミヤさん40周年ライブのネタバレを含みますのでご注意ください!また、本シリーズは80年代のあれこれをテーマとしており、80年代の楽曲を中心にふれていることをご了解くださいませ。 3月31日(日)。藤井フミヤさんのデビュー40周年記念ライブを観た。会場は富山市オーバードホール。チケットはソールドアウトし会場は超満員。僕の席はキャパ2196人の大会場の4階、それもなかほど。それでも約2時間30分にわたってちりばめられた代表曲の数々を堪能した。 さ

          【番外編】藤井フミヤ 40th Anniversary Tour を観た! HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.25

          川島郭志vs崔甲哲 1993年10月5日 葛西裕一vsジェローム・コフィ― 1993年10月7日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.16

          川島郭志vs崔甲哲 基本的にひとつの記事でひとつの試合を扱ってきたが、今回は2試合を同時に取り上げたい。というのも、わずか3日の間に当時「世界に最も近い」と言われていた2選手が次々に登場し、いずれも「世界前哨戦」を行っていたからだ。 ひとりは当時、日本ジュニア・バンタム級王者の川島郭志。もうひとりは日本ジュニア・フェザー級王者の葛西裕一。どちらも大好きな選手だったので、両日ともに観に行った。 まずは10月5日に行われた川島の試合。生観戦は4月の松村戦以来、半年ぶり。

          川島郭志vs崔甲哲 1993年10月5日 葛西裕一vsジェローム・コフィ― 1993年10月7日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.16

          1979年、春。YOUNG MANと基礎英語と丸石サイクル。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol. 24 西城秀樹『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』

          ■西城秀樹『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』 作詞(日本語詞):あまがいりゅうじ 作曲:J Morali 編曲:大谷和夫 発売:1979年2月21日 昭和54年、僕は中学生になった。 昭和54年、つまり1979年。 70年代も最後の一年。江川卓が「空白の一日」を経て巨人入団を果たしいよいよプロデビューした年であり、インベーダーゲームが大流行した年であり、海外に目を移せば英国でサッチャーが女性初の首相に就任した年であり、スリーマイル島で原発事故が起こった年でもある。

          1979年、春。YOUNG MANと基礎英語と丸石サイクル。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol. 24 西城秀樹『YOUNG MAN(Y.M.C.A)』

          1982年、夏。オリビア・ニュートン=ジョンとジーン・ケリーと初舞台。HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.23 オリビア・ニュートン=ジョン『ザナドゥ』  

          ■オリビア・ニュートン=ジョン『ザナドゥ』 作詞:ジェフ・リン 作曲:ジェフ・リン 編曲:ジェフ・リン 発売:1980年6月6日 ※この記事は、前作『1982年、春。ジョーン・ジェットと中森明菜と高校演劇』の続編となります。よろしければ、そちらもお読みくださいませ。 演劇部に入ってみたものの… 1982年5月の僕は7月の本番に向けてキャストによる本読みと、「演出上不可欠」というバク転の練習を続けていた。 元々運動神経はよい方ではない。というのはG先輩もすぐに気づいたよ

          1982年、夏。オリビア・ニュートン=ジョンとジーン・ケリーと初舞台。HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.23 オリビア・ニュートン=ジョン『ザナドゥ』  

          神藤太志vs天翔康晶 1993年9月20日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.15」

          ベビーフェイス・アサシン、神藤太志登場! 神藤太志(笹崎)の試合を初めて観たのは、深夜のテレビ中継だったと思う。93年3月、日本フライ級王者、小林宏(角海老宝石)に挑んだ一戦だ。 まるで高校生かと思うような童顔の神藤だったが、そのテンポの速い小気味のいいボクシングに魅了された。一発の力こそ感じさせないが、とにかく手数が多い。小林のパンチをかわすや、スピード豊かな細かくキレのある連打をこれでもかとつなげてくる。 結果は、5ラウンドでのKO勝ち。見事、日本フライ級王者にたどり

          神藤太志vs天翔康晶 1993年9月20日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.15」

          1982年、春。ジョーン・ジェットと中森明菜と高校演劇。HOKURIKU TEENAGE BlUE 1980 Vol.22 中森明菜『スローモーション』、Joan Jett & The Blackhearts

          ■ 中森明菜『スローモーション』  作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:船山基紀 発売:1982年5月1日 ■ Joan Jett & The Blackhearts『I Love Rock'N Roll』  作詞作曲:アラン•メリル 発売:1982年1月19日(米国) 花のアイドル1982年組とともに始まった高校生活。 1982年、春。僕は高校に入学した。 高校へは、まず最寄りの国鉄の駅まで10分ほど自転車を走らせ、その後20分くらいをかけて列車に乗って金沢に出

          1982年、春。ジョーン・ジェットと中森明菜と高校演劇。HOKURIKU TEENAGE BlUE 1980 Vol.22 中森明菜『スローモーション』、Joan Jett & The Blackhearts

          渡辺雄二vsマルコス・ゲバラ 1993年8月30日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.14」

          90年代国内屈指の人気ボクサー、渡辺雄二が再起第二戦に挑む。 基本的に、90年代に後楽園ホールで生観戦した試合の感想を綴るこのシリーズ。今回はしかし、ホールを初めて飛び出してみたい。 90年代前半の日本リングにおける屈指の人気者、渡辺雄二の再起第二戦は、後楽園ホールではおさまらず、前年世界戦を行った東京体育館での開催となった。 92年11月、渡辺はWBA世界ジュニア・ライト級王者、ヘナロ・エルナンデスに挑むも6回TKO負け、その後93年4月に再起を果たす。 再起二戦目

          渡辺雄二vsマルコス・ゲバラ 1993年8月30日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.14」

          清志郎とヒロトと一枚の手袋と。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.21 The Blue Hearts『少年の詩』 忌野清志郎『Around The Corner 曲がり角のところで』 

          ■The Blue Hearts『少年の詩』 1987年5月1日 作詞:作曲 甲本ヒロト 編曲:The Blue Hearts 浅田 孟  ■忌野清志郎 『Around The Corner 曲がり角のところで』 1987年2月25日 作詞:作曲 忌野清志郎  バイト先でザ・ブルーハーツと遭遇! 前々回Vol.19「昭和の最後にクラッシュギャルズと小人プロレスを観た」でバイト先での経験を書くうちに当時(86~87年)の思い出が色々と蘇ってきた。ということで今回もその頃の話

          清志郎とヒロトと一枚の手袋と。 HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol.21 The Blue Hearts『少年の詩』 忌野清志郎『Around The Corner 曲がり角のところで』 

          詩 『早く家へ帰りたい』

          たしか東京駅近くの丸善だったと思う。詩集の棚の前に立って、背表紙を眺めていた。 その頃、僕は詩を書いていなかった。東京で働きだして六年あまり。結婚もしていた。たぶんもう詩は書かないだろうと思っていた。それでも書店に入れば、なんとなく習慣のように詩の棚を眺めるのだったけれど。 ふと一冊の詩集に目がとまった。 『早く家へ帰りたい』 サイモン&ガーファンクルの曲から引用したと思しきタイトルに興味をひかれた。手に取り、最初の詩を読んで、そのまま最後まで読み切って、レジへ持って

          詩 『早く家へ帰りたい』

          詩 『レモン哀歌』

          高校二年の冬のことだったと思う。 通学バスの中で、同級生のFが隣りに勢いよく座って話しかけてきた。 Fは同じ中学出身の友人で、スポーツ万能。高校で野球からラグビーに転向すると、すぐに県の代表に選ばれた。無類のプロレス好きで、クラス対抗の柔道大会では、柔道部の主将を相手にジャーマン・スープレックス・ホールドを豪快に決めて、場内を総立ちにさせたりもしていた。 そんなFが、挨拶もそこそこにいきなり「俺、詩とか全然わからないんやけど、教科書に載ってる『レモン哀歌』、あれはすっげ

          詩 『レモン哀歌』