神藤太志vs浅沼光 1993年11月22日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.17」
メインよりも強烈な印象を残した神藤太志のベストファイト。
いつもはメインの試合を取り上げているが、今回はこのシリーズ初、セミ·ファイナルの試合について書きたい。というのも、この試合こそが短くも鮮烈なキャリアを駆け抜けた神藤太志のベストバウトではないかと思うからだ。
前戦で天翔康晶と倒し倒されの激闘を演じた神藤。面白い試合ではあったけれど、神藤本来のボクシングからはほど遠い出来に思われた。日本チャンピオンになって以降、魅せる試合を意識しだした結果なのかわからないが、以前の小気味のよい連打やきびきびとしたテンポの速い動きは影を潜め、KO狙いの大味なボクシングに変わってしまった印象だった。
けれど、この試合は違った。それまでの良さを取り戻しつつ、かつ力強さというかスケール感のようなものも備わってきた。日本タイトル獲得以後、彼が目指していただろうボクシングをようやく観客に存分に見せつけたのがこの試合だったように思う。
この時、弱冠21歳。彼の前には洋々たる未来が開けているように思ったのだが、、、。
メインに登場したのは竹原慎二
この日のメインイベントに登場したのは、後の世界ミドル級王者、竹原慎二。この試合は、5月に獲得したOPBFタイトルの初防衛戦。挑戦者は同級1位のニコ·トリリ(インドネシア)。
リングに登場したトリリは、褐色の肌と筋骨隆々たる肉体を披露して場内をざわつかせたが、ある意味、そこが頂点だった。ゴングが鳴ってしまえば、その雰囲気ほどの怖さは感じられず、竹原を脅かすほどのスピードやパンチ力を持ち合わせていないのは、すぐにわかった。
3ラウンドに、大ぶりの右フックが当たって竹原をグロッキーに陥らせはしたものの、2回と6回にダウンを奪われ、6回2分37秒でTKO負け。竹原の出来はけしてよくはなかったが、それでも圧勝と言っていよい内容にかわりはなかった。
印象深い一戦。平瀬昇(千里馬神戸)vs伊藤比呂志(楠木三好)
この日は他にも印象に残る試合があった。平瀬昇vs伊藤比呂志、東西ホープ対決だ。
平瀬はこの時、日本ジュニア·フェザー級10位で、戦績は9勝(7KO)2敗。対する伊藤は、7勝(3KO)3敗1分。
戦績だけみれば平瀬が若干上回るが、伊藤は東日本新人王を獲得している。無敗で新人王トーナメントを駆け上がっていた当時の評価はすこぶる高く、東日本新人王決定戦では最優秀選手に選出された。しかし、全日本新人王決定戦で西軍代表の行方勝彦に敗れると、その後も1勝2敗1分とそれまでの高評価が嘘のように伸び悩んでいた。
この試合はテレビ放送もなく、試合は現場で一度観た切りだが、いくつかの場面がいまだに鮮烈に残っている。
試合は序盤は平瀬がリードしていた印象だ。平瀬を見るのは初めてだったが、そのパンチはいかにも固そうだ。技術では伊藤が上回っているように思われるが、パワー、フィジカルでは明らかに平瀬が上に感じられた。中盤以降はしかし、伊藤が持ち前のテクニックを生かし追い上げる。
テクニカルなシーソーゲームは見ごたえ十分。僕は優れた資質を持ちながら、勝ち星に見放されている伊藤に思い入れを持ちつつ、試合をみつめていた。
中盤から後半を支配し、伊藤がポイントでは逆転したかのように思えた。けれど、その目は片方が大きくはれ上がり、もう一方からは出血。8回終了時にはドクターチェックが入った。
そして9回。「このラウンドを押さえれば間違いなく伊藤が勝つ」と思った矢先、平瀬のコンビネーションがまともにヒット。誰が見ても「これは立てない」というような倒れ方で伊藤はダウン。レフリーはカウントをとることなく試合を止めた。伊藤の逆転KO負けだ。
大きく腫れた目のために視界がなかば遮られていたのかもしれない。「不運だなあ」と、その時の僕はしばらくリングに横たわる伊藤の姿を見つめた。「このラウンドさえとれていれば、日本ランク入りだったのに」
けれど、ここは平瀬の勝負強さを称えるべきなのだろう、とも思った。悪い流れにありながら、一度のチャンスで決めきる爆発力、決定力。それは伊藤にはないものかもしれなかった。
神藤太志のベストバウト、対浅沼光戦
さて、そんな激戦を経てのセミ·ファイナル。いよいよ神藤太志(笹崎)の登場だ。
対するのは浅沼光(角海老宝石)。浅沼はこの時、日本ジュニア·フライ級9位。戦績はわずか2戦2勝(1KO)。浅沼は相応のアマチュア実績のある選手とのことだが、それでもわずか3戦目の選手がノンタイトル戦とはいえ日本王者と対戦するのは異例のことだ。
それだけに「相当な選手なのかも」と期待しつつ、試合開始のゴングを待った。
今回、試合を見直そうとユーチューブを漁ってみたが、意外なことにこの試合の動画がみつからなかった。当時の記憶とボクシングマガジンの記事を参照しながら、試合を再構成してみたい。
初回。日本王者とアマエリートは様子見もそこそこに、いきなりトップ·スピードの打ち合いを展開する。浅沼は、さすがに3戦目で日本王者との対戦が組まれるだけの選手という印象。しかし、ラウンド終盤に右カウンターを決めて軽めながらダウンを奪ったのは神藤の方だった。
前戦から2か月しか経っていないが、この日の神藤はとにかくスピードとキレがあり、傍目に充実した雰囲気を漂わせていた。なんというか、ノリにノッているという感じだ。
2ラウンド目こそ、連打で神藤をたじろがせる場面を作った浅沼だが、3ラウンド以降は、ほぼ神藤の独り舞台と化した。
とにかく調子がよかったこの日の神藤。攻防のテンポが異様に速い。相手の一手先を読み切っているような迷いのない動きで、矢継ぎ早に連打を繰り出していく。そのテンポ感は、タイトルを獲得した小林戦を髣髴とさせた。
「神藤のこういうボクシングを見たかったんだよ!」 一発で大きなダメージを与えようと気負った印象があった天翔戦から、しっかり修正してきているように思えた。
攻撃面に加えてディフェンス面でも、あたら相手の大ぶりのパンチをまともにもらっていた前戦とは異なり、もともとの目の良さ、カンの良さが十分に生かした戦いぶり。相手とのスピード差に、すっかり自信をもった神藤はときおり両手をだらりと下してみせたりもするが、前戦のようなあぶなっかしさは感じさせない。ヘッドスリップやボディワークで軽やかに浅沼のパンチをかわしていく。
勝負が決したのは6回。乗りまくる神藤に浅沼は防戦一方で打つ手がない。試合はとっくにワンサイドゲームの様相を示しているなか、ワンツーからの左フックが直撃すると、浅沼はこの試合二度目のダウン。そこまで大きなダメージはないようにも思えたが、レフリーはすぐにストップをコールした。
しかし結局、この勝利が神藤のキャリアで最後の白星になろうとは。一体、どれだけの人がそのことを予想しただろうか。
2か月後、チャンピオン·カーニバルで指名挑戦者、岡田明広(花形)を迎えたものの、激戦のすえにTKO負け。試合数日後に倒れ、脳内出血が検査で認められたこともあり引退。たしかまだ21歳だった。
それだけにこの試合があってよかった、と僕は思う。神藤がどんなボクサーだったか?と、もし人から問われれば、僕は日本タイトルを獲得した小林戦と、この浅沼戦を観るように勧めるだろう。
神藤が短いキャリアで魅せた煌めくような才能は、この2戦に凝縮されている。
もしも岡田戦以降も彼のキャリアが続いていたとしたら、どんなボクサーに成長していっただろう?そんな夢想をする時、浅沼戦にその答えが含まれているような気がするのだ。
さて、この試合はどこか不思議な印象も与える。日本王者が一階級下の新鋭とノンタイトル戦を行ったこと自体もそうだが、試合が両者51.2kgで行われたこともそうだ。
フライ級のリミット、50.8kgよりもさらに上。J·フライの浅沼からすれば本来の階級から2kg以上も上となる。
このことは明らかに神藤に有利に働いたように思う。浅沼の動きにいまひとつキレとスピードが感じられなかった原因のひとつはこの契約体重にあるように感じるからだ。一方の神藤は減量からある程度解放されたせいか、逆に力感やキレが増していた。この両者間のギャップが試合をワンサイド·ゲームにした大きな要因ではないだろうか。
浅沼にとっては、たしかこれがラストファイトとなった(違っていたらお教えください)。まさかふたりともにこれがキャリアの最終盤にさしかかっていようとは。繰り返しになるけれど、想像だにできなかった。
この試合のことを考えるとき、ボクサーとはなんと儚い生き物だろうと、あらためてそう思わざるをえない。
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