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1984年、『フットルース』を観た夏のこと。HOKURIKU TEENAGE BLUE 1980 Vol. 30 マイク・レノ&アン・ウィルソン『パラダイス~愛のテーマ』

■マイク・レノ&アン・ウィルソン『パラダイス~愛のテーマ』 作詞:Dean Pitchford 作曲:Eric Carmen 発売:1984年4月

僕が当時話題のミュージカル映画『フットルース』を観たのは40年前、1984年8月16日のことだった。

日にちまで鮮明に覚えているのは、映画を観た帰りに、ある女の子に遭遇したからで、今回はそんな遠い夏の甘酸っぱいお話である。おっさんの恋バナになぞ興味ないわ!という方は、どうぞスルーしてください。

さて、40年前の夏、当時の僕は高校3年。受験生だったが、正直、受験勉強らしきものはほとんどしていなかった。本来なら夏休みは受験勉強の山場。しかし、7月下旬、夏休みの最初の週に、部活である演劇部の最後の発表会が終了したばかりで、その解放感に浸りきっていた。

8月の頭には、当時、他校の演劇部員から誘われて練習していた剣舞の全国大会にも参加した。大会は岐阜で行われたが、完全に1泊2日の旅気分。振り返っても大会でどんなことをして、どんな結果だったかなど、まったく覚えていない。覚えているのは、長良川の畔にあった宿泊地のホテルで他校の生徒たちと深夜までバカ騒ぎをしたことだけだ。

その大会へと向かうべく、地元の駅に着いたときのことだ。駅の待合室のベンチに息を飲むような美少女が座っているのが目に飛び込んできた。白いワンピースにポニーテール。思わず駅の入り口に立ち止まって凝視してしまった。

えっと…、あんな可愛い娘、このあたりにいたっけ?などと記憶を探っているうちにやがて思い当たった。もしかして中学の同級生ではないか。

中学の時は正直、地味で存在感の薄い女の子という印象しかなかったが、たった2年ほどの間に透明感あふれる美少女へと変貌を遂げていたのだった。

電車がやってくるまでの10分ほどの間、話しかけようかどうしようか逡巡していたが、そんな勇気が僕にあるはずもなく、結局、彼女とは反対方向へ向かう電車へと乗り込んだ。

「次…、もしも次に会った時は絶対に今度は話しかけよう」

でも、たぶんもう会うこともないんだろうなあ。と一方では冷静に思っていた。今まで二年も会っていなかったんだから。次がいつかなんてわかったものではない。「次」なんて言って自分に言い訳ばっかしてるから、いつまでたってもダメなんだよ俺は!などと、心の中で自分を罵倒した。

さて、84年の夏、巷では前年の『フラッシュダンス』の大ヒットに続く傑作青春ミュージカル映画として、『フットルース』が大宣伝されていた。

テレビでは毎日のようにCMが流れ、主題歌『フットルース』やサントラも映画に先駆けてリリースされており大ヒット済。僕にしても、『フットルース』や『パラダイス~愛のテーマ』はすでにエアチェックして何度も聴いていた。当然それも映画へと誘導する戦略のひとつだったのだろう。というか、『フラッシュダンス』も『フットルース』も、映画ありきの音楽というより、「音楽ありきの映画」という印象で、その辺りがMTV時代ならではの新鮮さが当時はあった。

前年、83年の夏に公開された『フラッシュダンス』は僕も観ていた。が、あまりいい印象はなかった。ありきたりなラブストーリーの合間にMTV風のクリップが挟み込まれるような、映画としてはつぎはぎな印象で、物語自体は弱く、登場人物の造形もどこか類型的。ヒロインのジェニファー·ビールスは魅力的ではあったけれど、鉄工所に努めるタフな女性ダンサーというには線が細すぎて現実感に欠けた。

「音楽はいいけど、映画としてはつまんね~」が率直な感想だった。

けれど、『フットルース』は、その巧みな宣伝や、主役が男子高校生ということで親近感もあり、「きっと今度のは面白いに違いない」と自分を納得させ、映画館へと出かけることにした。

そして8月16日(木)。

いまは亡き香林坊の映画街で期待感に満ちてスクリーンをみつめたのだが…

「いや、『フラッシュダンス』よりダメやんか、これ!』というのが正直な感想だった。

あれから40年。僕は一度たりともこの映画を見返していない(MVはよく観ます)。

何がダメだったのだろう。どんなところに乗れなかったのか。サントラは大好きだったのに。

おぼろげな記憶を頼りに映画を思い返すと、まずはダンス·シーンが全体に古くさく感じたのが一番大きかったように思う。

1984年といえば、ダンス·ミュージックの主流はヒップホップに移りつつあった。風見慎吾のヒット曲『涙のTake A Chance』等、それらが日本のお茶の間にまで浸透するのは翌85年のことだ。

翻ってフットルースのダンスは、どこかジャズ·ダンス風味で、現代的なというかストリート的なエッジに欠けていた。有体にいえば「ダサいな」と思ってしまったのだ。

また、『フラッシュダンス』はストリップ·クラブが舞台だったので、ダンス·シーンへの転換も容易だし派手な踊りにも必然性があったが、『フットルース』の舞台は保守的な田舎町とそこにある高校である。

ダンスは主人公の心象風景を表すものであったり、最後の卒業パーティでの群舞以外は比較的地味なものが多く、カタルシスに欠けた。

そして、ある事件のためにダンスやロックが禁じられている保守的な田舎町と大人たちに抵抗する転校生というメイン·ストーリーにも、終始身もだえするような気恥ずかしさを感じてしまった。

いくら青春映画とはいえ、あまりに古臭くチャチじゃないかと。

記憶が一番鮮明なのは映画そのものよりも、僕の斜め前に座って観ていたカップルの男の方が、主演のケビン·ベーコンが禁止されているハードロックを大音量でカーステから流しながら登校する場面で、となりの女の子の肩に腕をまわしながら、「あ、この曲知ってる~?クワイエット·ライオットってバンドの『バング·ユア·ヘッド』って曲なんだけどさ~」などと得意そうに言っていたことだ。

「誰でも知っとるわ、それくらい!」と僕は心の中で思いっきりそいつに毒づいた。「そんなうっすい知識を、よくもまあそんなしたり顔で披露できるな!」

しかし、女の子の方は、そんな彼氏を見上げつつ「へ~、そうなんだ~」と、笑顔を向けているではないか。

「くっそ~!俺だって!俺だって女の子にクワイエット·ライオットについて語りたい!」

ランディ·ローズのことや、復活シングル『カモン·フィール·ザ·ノイズ』のカッコよさや、『カモン~』をイギリスでヒットさせたスレイドのことや、ついでに70年代のグラム·ロックついて語って、女の子から「へ~、くわしいのね」などと言われたい!

そうなのだ。その男をバカにしつつも、単純に羨ましかったのである。

結局、映画はつまらないわ、カップルのいちゃいちゃを見せつけられるわで、気分は盛り下がるばかりであった。

当時の自分のゴールデン·コースと言えば、映画を観た後、金沢カレーの元祖の一角である『ターバンカレー』(当時は映画街の入り口にあった)で大盛カレーを食べて、うつのみや書店で立ち読みして、犀川べりをぶらついて…というところなのだが、カレーを食べた後、どうにも気分が上がらず、帰宅するため金沢駅ゆきのバスに早々と乗り込んだ。

しかし、このことが思わぬ幸運を僕にもたらすことになるのだから、人生はわからない。

なんとなく浮かぬ気分のまま電車に乗り、松任駅まで来た時のことだ。ふとホームの方を見ると、2週間前に地元の駅で出くわした元同級生の姿が飛び込んできた。あの時と同じポニーテールの髪型。服装は変わっているが、ノースリーブのワンピースから白い二の腕がまぶしく伸びている。

2年以上一度も見かけなかったのに、ここ2週間で2度も(一方的にだけど)見かけたのだから、これもきっと何かの縁かもしれない。「今度会った時には声をかける」という2週間前の自分との約束も思い出した。

駅につくと、それを実行すべく、素早く電車を降りて、あたりを見渡した。

いない。

「そ、そんなはずは…」と思いつつ、唯一の出口である改札のある反対側のホームへと急いで向かった。しかし、そこにも彼女の姿はなかった。

しまった!もう先に行ってしまったのか。僕はあせりつつ、自転車にすばやくまたがった。…が、走り出して、すぐに気づいた。そういえば、彼女の住所さえまったく知らないじゃないか。

結局、駅前をむなしく自転車を走らせて、あきらめるしかなかった。「ま、こんなもんだよな」と、独り言が口をついた。勝手にその気になって、女の子に声をかけようと後を追いかけるなどという行動に出た自分が、なんとも滑稽に思えてきた。久しぶりに会った同級生といきなり恋に落ちるとか、自分の人生にそんなドラマティックな展開が用意されているわけがない。

僕は行き先を、近くの本屋に変更して、自転車を走らせた。
「いつもの本屋でジャンプの最新号でも立ち読みして帰ろう」 

けれど、本屋に入りマンガ本を開くも内容がまったく頭に入ってこない。頭の中は、さきほどちらりと見た彼女の映像で占められてしまっている。

あきらめて本屋を出た時、思わず足が止まった。

本屋の前の通りの向こう側を彼女が歩いているのが見えた。と、そのまま通りを横切りまっすぐ僕の方へと歩いてくるではないか。実際には、彼女は本屋に向かって歩いていただけなのだが、その時の僕にはそう思えた。

一瞬で覚悟を決めて、僕も彼女の方へと歩き出した。どう声をかけようか、何を話そうか、頭の中はフル回転である。とりあえず彼女の名字を口から出して、呼びとめた。少し伏し目がちに歩いていた彼女の視線があがり、怪訝な表情で僕をみるのがわかった。

「たぶん、忘れられてるな、これは…」
しかし、ここで怯むわけにはいかない。

頭の中では、さきほど観た映画『フットルース』の、マイク・レノとアン・ウィルソンによるデュエット曲『パラダイス~愛のテーマ』の、浮遊感のあるシンセのイントロが鳴り出していた。


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