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神藤太志vs天翔康晶 1993年9月20日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング Vol.15」

ベビーフェイス・アサシン、神藤太志登場!

神藤太志(笹崎)の試合を初めて観たのは、深夜のテレビ中継だったと思う。93年3月、日本フライ級王者、小林宏(角海老宝石)に挑んだ一戦だ。
まるで高校生かと思うような童顔の神藤だったが、そのテンポの速い小気味のいいボクシングに魅了された。一発の力こそ感じさせないが、とにかく手数が多い。小林のパンチをかわすや、スピード豊かな細かくキレのある連打をこれでもかとつなげてくる。

結果は、5ラウンドでのKO勝ち。見事、日本フライ級王者にたどりついた。戦績はこの時点で13勝(5KO)3敗。甘いマスクを持った弱冠20歳の新鋭には、洋々たる未来が開けているように思われた。

僕がようやく彼の試合を生観戦する機会に恵まれたのは、彼の2回目となる防衛戦。対戦相手は天翔康晶(輪島スポーツ)。天翔の試合を観るのも初めてだった。

前座には後の日本王者が2名登場。

さて、当日。前座には9試合が組まれていた。なかなかのボリュームである。

まずは4回戦が3試合、そして東日本新人王予選が4試合。後にウェルター級王者となる中野吉郎(協栄)が出場し、当時、僕が通っていたビクトリージム望月宏昭に敗れている。

セミファイナルには、これまた後のスーパーバンタム級王者、新井泰(角海老宝石)が登場。A級ボクサー賞金トーナメント予選6回戦で、松崎奏(オークラ)を初回KOに退けている。

神藤vs天翔はダウン応酬の大激戦に!

そして、いよいよメインイベント、神藤太志(笹崎)vs天翔康晶(輪島スポーツ)の対戦だ。両者の戦績はここまで、王者、神藤が14勝(6KO)3敗、ランキング5位の天翔が12勝(8KO)6敗2分

天翔は前戦で、後に神藤と激闘を演じる岡田明広(花形)と対戦し4RKO負けを喫している。再起戦がいきなりのタイトルマッチとなった。対する神藤は3連続KO中と勢いに乗っている。

そういった背景もあり、下馬評としては王者が圧倒的に優位ながら、序盤は天翔の一発も侮れないというもので、果たしてその通りの展開となった。

動画と当時の記憶で、試合を再構成してみたい。

当時の僕がまず感じたのは、リングに登場した神藤がまとっている雰囲気の華やかさだ。光沢のある真っ赤なトランクス、21歳の若さと相まって、まさに今が旬の輝きに満ちている。「華がある」とはこういうことか。まさに若きスターの降臨といった感じで、数か月前、テレビ画面から感じた初々しさはすでになく、2度目の防衛戦ではあるが王者の貫禄のようなものさえ感じさせる。

初回。サウスポーの天翔に対し、時計回りにステップしながらジャブを突く神藤。そこに突っ込むように天翔がいきなりの左ストレートからラッシュをしかける。虚を突かれた神藤は一瞬足をもつれさせるが、すぐに落ち着きを取り戻し、その後のパンチは体を振ってやりすごす。たぶん当初からの作戦だったのだろう。クリーンヒットは少なかったが、天翔はこれで自信と距離感をつかんだように思える。神藤は距離をとり、小刻みに体を振りながら、ワンツーを狙う構え。しかし、手数は少ない。「タイトルを奪取した試合では、旺盛な手数が印象的だったけどな~」「余裕たっぷりで、なんだか別人みたいだな」と思った記憶がある。

天翔はラウンド後半もワイルドなパンチで迫るが、神藤はボディーワークを駆使し追撃打を許さない。大振りのパンチは見切っているようだ。どちらかに振るなら天翔のラウンドのようにみえたが、ゴングとともに手を上げてコーナーに戻ったのは神藤の方だった。

さて、今回、二人の動画を色々と漁っているうちに、神藤太志vs高橋健一を初めて観た。行われたのは、天翔戦の前年92年7月。この試合で神藤は高橋に初回TKO負けを喫する。立ち上がりに積極的に打って出た高橋の強打に対応できず、試合に入り切る前に勝負をつけられたような形だ。今回、高橋に勝るとも劣らぬ強打を持つ天翔が、この試合を参考にしたものと思われる。

2R。初回と同じく時計回りの神藤。ジャブを伸ばすものの仕掛ける雰囲気はない。プレッシャーがない分、天翔は生き生きとワイルドなパンチを振り回している。思い切りのいい踏み込みからの左ストレートが度々神藤の顔面をとらえる。神藤は天翔の打ち疲れを待つ作戦なのか、それでもあまり手を出さない。1分すぎ、天翔の左ストレートが続けさまにヒット。回り込もうとする神藤は足をもつれさせるようにしてリングに落ちる。ダウン!と思われたが、試合はそのまま続行。神藤は効いているのか、足の動きが鈍くなっているようだ。

2分近く、神藤がやや中途半端な右ストレートを放った直後、一瞬無防備な状態になったその顔面に天翔の左ストレートが直撃。吹っ飛ぶように神藤が後方にダウン。我を忘れているのか、天翔はフロアに倒れた状態の神藤に飛び掛かるようにパンチをふるう。幸いこのパンチはロープにひっかかる形になり、神藤に直撃することはなかった。しかし、天翔には減点1が宣告される。場内は騒然とした雰囲気だ。再開後、猛然と襲い掛かる天翔。追撃をいくつか被弾し、神藤の頭が何度か跳ね上がる。終了直前、打ち合いのなかで、天翔の左ストレートの打ち終わりに、神藤の右ストレートがカウンターでヒット。今度は天翔がフロアに落ちた。突然の逆転劇に場内はまさに蜂の巣をつついたような騒ぎ。天翔が立ち上がったところで、終了のゴングが鳴る。ラウンド・オブ・ジ・イヤー級の回だった。

3R。ダウンを奪い返した神藤が攻勢をとるかと思われたが、神藤の方もダメージが抜けきらないのか、前に出ない。そうこうするうちに天翔の思い切りのいい左ストレートが、また神藤を脅かし始める。神藤は天翔の左ストレートが見えていないのか、明らかに対応できていない。それを見た天翔が連続してワンツーを繰り出す。と、左ストレートがまともにヒットし、仰向けに神藤は二度目のダウンを喫する。ほとんど一回転するほどの派手なダウンだ。

立ち上がった神藤を天翔は仕留めにかかる。左ストレートに反応できないなら、KOは時間の問題に思えた。しかし、狙いすぎのきらいがあり、手数は少ない。神藤は少し回復したのか、じりじりと前に出て逆にプレッシャーをかけ始めた。ラウンド後半は右ストレートをいくつかヒットさせ、天翔の方が神藤にしがみつく場面も。めまぐるしく攻守が入れ替わる展開に、場内はすさまじい歓声が飛び交っている。

4R。先に打ってでたのは神藤の方だ。そのままフェイントを交えながらじりじりとプレッシャーをかける。天翔は変わらず左ストレートを狙っている。しかし、ここにきてようやく神藤がその軌道に慣れてきたようだ。左ストレートを空振りさせ、打ち終わりに神藤が逆に右ストレートを合わせる場面が増えてきた。前進している時には勢いのある天翔だが、プレッシャーをかけられると途端に手数が減ってくる。それでも終盤は目でかわそうとする神藤に天翔のパンチが度々ヒット。しかし形勢逆転と言うまでには至らない。

5R。流れを渡すのを拒否するように、天翔が積極的に打ってでる。前半よりは神藤はそのラッシュに対応しているが、若干ガードが低くもあり、4発5発とつながる連打の最後はかわしきれていない。それでも天翔の左ストレートに右アッパーを合わせるなど、タイミングは合ってきているようだ。ラウンド中盤はお互いのパンチが当たり、我慢比べの様相に。

ここで打ち合いを制して優勢に立ったのは神藤だった。天翔はスタミナ切れも重なり、神藤が連打を畳みかけると力なく後ろに下がり、2分過ぎ辺りでついにダウン。神藤はガッツポーズをみせる。これでお互いが2度ダウンを奪い合ったことになる。カウント9で試合は再開。神藤が詰めにかかるが、いまひとつ手数が上がらない。小林戦でみせたような細かい連打があればすぐに決まるのに…と、思いつつ戦況をみつめる。それでも終了直前にはパンチをまとめられて天翔はダウン寸前。両腕を振り回して、なんとかゴングに逃げ込んだ。

6R。じりじりとプレッシャーをかける神藤。天翔は距離を保ちつつ、時折りワンツーを振る。神藤の手数が徐々にあがる。右ストレートがいくつか天翔の顔面にヒットする。ラウンド中盤には天翔のジャブを避けつつ、左ボディーを連続で差し込む。天翔のパンチのリズムをかなりつかんでいるようだ。自信があるのか、神藤は足を止めて打ち合いに誘う。お互いのパンチが交錯し、双方ともに被弾している。互いがパンチが届く距離にいる分、天翔にもチャンスが出てきているようにみえる。神藤の顎が跳ね上がるシーンも。

しかし、追撃に入ったところにカウンターを合わせられ、よろよろと後退し、天翔は三度目のダウン。ふらつきつつも立ち上がり、カウント8で試合は再開。残り時間は約30秒ほど残されている。敗北を拒否するように、天翔が先手を取りワンツーをふるって、ほとんどヤケクソのようなラッシュを敢行。これが詰めにきている神藤の顔面に何発かが吸い込まれ、今度は神藤の膝がゆれる。天翔の意地も見事だ。しかし、よりスタミナ的に限界に近いのは天翔の方。ゴング間近にはロープに押し込まれ神藤の連打にさらされてラウンドが終了した。

7R。神藤は足を止めて打ち合いの構えだが、自分のパンチも当たるが、天翔のパンチももらっている。天翔のパンチがまだ死んでいないと判断したのか、神藤は足を使い始める。「そうそう打ち合いに付き合うことはないよ」と思ったのもつかの間、また神藤の足が止まる。それにしても小林戦での矢継ぎ早の連打はどこにいったのだろう。天翔ほどではないが、神藤の振りも大きく、打ち終わりに天翔のパンチがヒットすることもしばしばだ。それでも有効打は神藤の方が多い。ラウンド中盤には、ボディから顔面に返すコンビネーションが続けさまにヒット。天翔は崩れかかるように後退する。詰める神藤だが、神藤にしてもスタミナが切れかかっているのか、いまひとつ正確性に欠け、決定的なパンチを打ち込むには至らない。

8R。開始と同時に天翔は神藤に全力疾走で突進。飛び掛かるような猛烈なラッシュを仕掛ける。体力的にもぎりぎりの状態の天翔。最後の勝負をかけるつもりなのだろう。しかし、奇襲はさしたる効果を上げず、両者は中間距離にもどる。こうなると神藤のペースで、右ボディーから左フックの狙いすましたコンビネーションが次々ときまる。

1分半あたりに、天翔の大振りのフックより早く神藤のストレートがカウンターのタイミングでヒットし、天翔はこの試合4度目のダウン。さすがにストップすべきなのでは思ったが、再開後に詰めにきた神藤に天翔の右フックがヒットし、今度は神藤がたたらを踏む。このパンチはコンパクトに放たれたもので、こういう打ち方ができていたなら展開はかなり違っていたのではとも思う。ほぼほぼ体力が尽きかけているはずの天翔だが、まだパンチは生きている。しかし、打ち合いのなかで神藤の右アッパーが天翔の顎をきれいにとらえると、崩れるようにダウン。5度目となるダウンで、森田レフリーはノーカウントで試合をストップした。

93年の裏最高試合?

両者合わせて7度のダウンというのはなかなかない。レベルの高い試合だったかと言われるとそうとも言い切れないが、面白さという点では出色の一戦だった。観客に興奮を与え満足させて帰すのがプロの仕事とするならば、この夜のふたりは100点満点以上の出来だったのではないだろうか。

しかし、神藤は今回のような試合が本来のスタイルではないと思うのだが。足も使えるし、もっとディフェンシブにも戦えるはずなのに。気の強さから打ち合ってしまうのだろうか。派手な打ち合いもいいけれど、本来の資質を生かした試合が観たい。というのが、その日の僕の感想だ。

そして、時を経て動画を観返すと、天翔の驚異的な闘争心が印象に残った。感情豊かな彼のスタイルが、神藤を激闘へと誘ったのだと思う。彼もまた間違いなく忘れがたい90年代のボクサーだ。


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