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実態は?教科書5冊を買って高校の金融教育を調べてみたら…

 お金はどこから来て、どこへ行くのか想像する力を育むフィナンシェの会です。
 2022年から、学習指導要領の改訂により、高校の授業で金融教育がスタートした、というニュースをご覧になった方も多いかもしれません。実際に、金融庁の下記の資料の通り、中学と高校の授業で金融の役割や資産形成に関する記載が充実したことが分かると思います。

金融庁の資料より(21年)

 では、実際の高校の教科書でどのように金融教育の要素が入っているでしょうか。高校生向けサステナブルファイナンスの教材を作成したこともきっかけとなり、複数の教科書を取り寄せて調べてみることにしました。
調べた教科書は次の通りです。
公共
・教育図書「高等学校 公共」
・第一学習社「高等学校 公共」
・数研出版「高等学校 公共 これからの社会について考える」
家庭科
・実教出版「家庭基礎 気づく力 築く未来」
・第一学習社「高等学校 家庭基礎 持続可能な未来をつくる」
まずは公共の教科書から見ていきましょう。

■ 公共は教科書によって金融商品の説明がまちまち

 3冊の教科書しか比べられていませんが、資産形成や金融商品に関する情報よりも、金融の仕組みに関連した情報が多いようです。「投資」という側面では、教育図書は投資家の立場をより自分事化しやすいように事例を用いるなど工夫している面が見られる反面、購入方法や金融商品の情報は不足しているように感じました。第一学習社は金融商品に関するリスクとリターンの説明を重視、数研出版は比較的株式投資のリスクを強調した記述が印象的でした。「キャッシュレス」はどの教科書も記載しており、教育図書は時流をメインに、第一学習社は前払い・即時払い・後払いの違い、数研出版はメリットデメリットを説明しており、いずれも異なる視点になっています。
※公共は副教材もあるようですが、今回は教科書のみを対象としています。

下記より、個別の教科書でどのように書かれているかをまとめました。

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教育図書「高等学校 公共」

画像は教育図書Webサイトより引用

投資家にフォーカスした視点を展開。4ページで「金融のはたらき」を解説し、次の4ページを割いて、テーマ学習「投資家にとっての『よい企業』とは?」として、下記のような項目を取り上げている。

  • 銀行とベンチャーキャピタルの資金調達の考え方の違い
    ハイリスク・ハイリターンの事業への資金提供は、銀行の視点に立つと利子付きで確実に返済してもらうことが重要視される。
    一方で、ベンチャーキャピタルの視点では、1社の成功可否ではなく複数社のうち1社が大成功を収めるのであれば、投資全体として成功と言える。

  • 株式投資と株式市場の役割
    株式は「会社の所有権」。企業は事業拡大のための資金を株主から調達する代わりに、株主は配当金を受け取ったり株主総会で企業の意思決定に関われる。

  • 投資と投機の違い
    株式購入を成功させるには、応援したい身近な企業を徹底的に調べること。ビジネス展開だけでなく、経営理念、株価などをホームページなどから調べる。あまり知られていない企業の中にはある分野で世界トップシェアを誇る企業も。人が信じていることと実態との乖離や変化をいち早く予測できた人がリターンを手にできる。一方で、株価の実に注目して売買するのは投機である。

  • 利益以外に必要なこと
    林業再生に携わるベンチャー企業に投資した投資信託会社を例に紹介。投資判断の軸に「儲かりそうかどうか」という視点しかなければ利益率の低い林業は見劣りする。しかし、「社会に必要な企業か」という視点で見ると、社員のロイヤリティや士気の高さなども含めて数値化できない企業の価値が見え、投資判断も変わってくる。

  • ESG投資
    上記の投資信託会社のように、ダイベストメント(投資撤退)やPRI(責任投資原則)を機に広がるESG投資など、短期的な収益のみを求める投資家の考えに変化の兆しが出てきている。

  • 企業の情報開示
    環境や社会に配慮した企業を見つけるには、いくつかの指標がある。障がい者雇用の指標法定雇用率もその一例。これらの情報はアニュアルレポートにも載っており、株主や投資家だけでなく誰でも閲覧が可能。障がい者雇用の写真がない企業も中にはあり、実際に店舗に足を運ぶなど、工夫しながら情報を集めることで自らの価値観で「よい企業」を見極めることができる。

  • 学生への課題
    「これからの社会にとって必要だ」と思う企業を探し、探した基準・参考にした情報をクラスで発表しあう。

資産運用という軸よりも、社会における資金調達や投資家の役割に焦点を当てた内容になっている。そのほかにも、「物の値段はどうやって決まるのだろう?」「なぜ人は寄付やボランティアをするのだろう?」といった漫画付きコラムも用意されており、その中でクラウドファンディングも事例として取り上げられている。キャッシュレス決済に関しては、「金融のはたらき」のページにて以下のように紹介している。

  • 電子マネーやクレジット決済

  • スマートフォンを使ったQRコード決済

  • デジタルデータ上だけで流通する暗号資産(仮想通貨)

  • フィンテックと呼ばれる新しい金融サービス

  • 政府は2025年までにキャッシュレス普及率40%を目標に

第一学習社「高等学校 公共」

画像は第一学習社のWebサイトより引用

6ページを使って「金融のはたらき」が述べられている。そのうちの1ページが「金融商品とキャッシュレス化」というタイトルで下記のような内容が掲載されている。

  • キャッシュレス決済の種類
    前払い、即時払い、後払いのそれぞれの特徴と具体的なサービス事例を絵と図表にて紹介。

  • 金融商品を選ぶ基準
    金融商品は預金・株式・公社債・保険などで銀行窓口やインターネットで購入が可能。将来設計にも役立つが、複雑な仕組みのものも多く、内容を把握してから購入する必要がある。リスクとリターンはトレードオフで、リスクは価格が変動するリスクと元本が戻らない信用リスクなどが存在。
    預貯金と債券・国債、投資信託、株式のリターンとリスクのイメージ図も併せて提示。

  • 金融の技術革新
    フィンテックやインターネット上の通貨である暗号資産(仮想通貨)が注目されている。暗号資産は危険性の指摘もあるが、海外送金など生活をより便利にする可能性も秘める。

また「企業の活動」のページの中では株式会社の仕組みや企業責任について説明されている。

  • 株式会社の仕組み
    多くの出資者を募り資金を調達できる制度。株式を市場や店頭で売買できるようにすることが上場で、上場企業は市場で株式を追加発行して資本を増やす増資を行なえる。
    株主はコーポレートガバナンス(企業統治)の実現を強く求めており、企業は内部統制の確率、社外取締役の選任、財務情報などの適切な情報公開(ディスクロジャー)のための監査役設置などの努力を実施。

  • 企業の責任
    企業活動は社会に及ぼす影響を配慮すべく、企業の社会的責任(CSR)を果たさなければならない。社会的な課題には、環境・雇用・福祉・安全・人権など様々なものがある。最近は、企業倫理に従って活動する企業に投資家が出資する社会的責任投資(SRI)が注目されている。更に、ボランティア活動などの慈善事業やメセナ活動も企業の社会的責任の1つである。

数研出版「公共 これからの社会について考える」

画像は数研出版のWebサイトより引用

キャッシュレスが「経済活動を行う私たち」の章の始まりのページにて掲載されている。株式投資はクローズアップというコーナーで1ページを割いて「株式投資による利益とリスク」のテーマで説明がある。

  • キャッシュレス
    キャッシュレスのメリット・デメリットと、普及率の国際比較のグラフを提示。

  • 日経平均株価
    市場全体の株価の動向を示す指標として、日経平均株価やダウ平均株価などがある。日経平均は過去最高値をいまだ更新していないが、ダウ平均株価は史上最高を更新し続けている。

  • 株式投資の利益とリスク
    投資によって得られる利益は、値上がり益(キャピタル・ゲイン)と配当金(インカム・ゲイン)である。株式投資は預金と異なり、大きなリスクがある。キャピタルゲインが無くなることも、インカムゲインが減る、もしくは無くなることもあるためである。専門機関に運用を任せる方法もあり、投資信託の購入も考えられるが元本よりも少なくなることもある。しかし、将来の資産運用の方法として株式や不動産などの運用も考える必要はある。

また第一学習社と同様に、株式会社の仕組みや企業の社会的責任のページも設けられている。

  • 企業の社会的責任
    企業はもうけようとするあまり、公害問題や消費者問題、労働問題を引き起こすこともある。このため、法令遵守(コンプライアンス)やモラルの維持が重要になる。企業には、商品の安全性や経営に関わる問題などマイナス面も含めた情報開示(ディスクロージャー)が求められる。株主は、株主総会で新たな取締役を選任できたり、取締役などに対して損害賠償を請求する株主代表訴訟を起こせる。これらの仕組みによる企業統治をコーポレートガバナンスという。
    近年フィランソロピーやメセナを重視する企業もある。利潤追求だけでなく、社会・市民の一員としてともによりよい社会を作る責任があり、これを企業の社会的責任(CSR)という。

それぞれの教科書の簡易比較表

 すべての要素を網羅的にピックアップできている訳ではありませんが、下記は金融教育に関連のありそうな内容についての記載があるかどうかを表にしたものです。

 CSRやESG投資、コーポレートガバナンス(個人的には意外)に関して触れられているケースもあり、またSDGsに関するページも各教科書で多く設けられています。このことから、サステナブルファイナンスという視点からは社会に山積する課題があり、企業や投資家が取り組んでいるという文脈に違和感を持ちにくい世代になるのではないかと感じました。

■ 家庭科はSDGsが全面に、ライフプランの重要性を訴求

 公共は金融の役割に注目した記述が多かったですが、特に金融教育で注目されるのは家庭科。こちらも教科書をめくり、どのように高校生は学ぶのかを想像してみました。2つの教科書を見ると、SDGsが全面に出た内容となっており、いずれも各ページや章がどのSDGsの目標に合致する内容かを示す情報が冒頭に掲載されているのが特徴的でした。資産形成だけに特化して考えると、長期的なライフプランの中での金銭計画は重要という点は共通しているものの、第一学習社では「金融商品とは何か」という記載がなかったり、記載がある実教出版でも「金融商品はどこでどう購入できるのか」までの説明はないことから、どこまで実践的な内容になっているかは疑問が残りました。

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実教出版「家庭基礎 気づく力 築く未来」

画像は実教出版のWebサイトより引用

「将来のライフプランニング」として2ページで「人生設計とお金」、「リスク管理と資産形成」が記載されている。

  • 人生設計と人生のリスクへの備え
    ライフステージごとに支出の内訳が変化することを示したグラフの通り、長期での経済計画を立てることは重要性である。iDeCoは私的年金制度の一つであり、掛け金で自身が金融商品を選んで運用し、掛け金が所得控除を受けられることがメリットの一つ。備えとして、国民全員が加入する社会保険(医療保険、国民年金)、これだけで対応できないリスクに備えるために民間企業が商品として提供している任意の保険に加入することも考える必要。民間の保険には生命保険、自動車保険など、任意の保険には様々な種類があり自分の生活に合わせた保険を選ぶことを薦める。

  • 資産形成と金融商品
    収入で得られるお金は有限であり、老後は仕事による収入が見込めない状況もある。将来起こりうることの準備として、長期的な資産形成をする必要。資産形成には、預貯金や民間保険、株式、債券、投資信託などの金融商品がある。金融商品の選択基準として、安全性・収益席・流動性が挙げられる。これらの3つの観点から、株式・債券・投資信託の特徴を比較しながら、十分な情報取得を行ない、利益と損失に責任を持つことが必要。また、資産形成のみに注目せず、家計管理の下に資産形成がなされることを忘れないことが大切。

  • 生活設計ワークシート
    何才くらいで何をしたいか、どのようなことが起こりうるのかを具体的に考えるページ。働き方としては何を重視するか?を選べるように、フルタイム・パートタイム、フリーランス、海外で、残業がない、自身で企業、全国転勤、知名度がある・・・などの具体例を提示。

また、キャッシュレスに関しては、「支払い方法の多様化と消費者信用」、「スマートフォンから生活を見る」のページにて紹介している。

  • キャッシュレス・消費者信用
    「支払い方法の多様化と消費者信用」のテーマで、前払い・即時払い・後払いの例を提示。クレジットは販売信用であることや、リボ払い、仮想通貨、消費者金融に関する説明が1ページに集約されている。また他のページには多重債務のコラムがあり、具体的な解決法も提示されている。「スマートフォンから生活を見る」では、スマートフォンでの決済方法として、電子マネー決済やQRコード決済が取り上げられている。

第一学習社「高等学校 家庭基礎 持続可能な未来をつくる」

画像は第一学習社のWebサイトより引用

人生に係る支出について説明する章「経済生活を作る」の中で、「将来の経済生活を考える」というテーマで2ページを割き家計と資産形成について掲載、「多様化する支払方法とリスク防止」では2ページにわたりキャッシュレスやクレジット、多重債務を下記のように説明している。

  • 安定した経済生活や人生のために
    人生における出費には、計画的な貯蓄、公的年金保険、私的年金保険への加入などで準備可能。社会保障には、医療保険、年金、雇用保険などの社会保険、社会福祉、公的扶助などが上がられる。また、賃金の減少や失業が生じる場合に備えて、家族の中に複数の就業者がいる方が、リスクが分散されてより安心である。

  • 経済生活の設計のポイント
    将来の生活目標にあった経済計画を立て、実行したら振り返り、次の経済生活の設計に活かすことが大切。その基本は家計簿で収入・支出・資産・負債を把握すること。予算の計画では、貯蓄やクレジット・ローンの返済金が日常生活に支障が出ない範囲で考えること、社会保険だけでは十分でないリスクには、民間の保険加入も検討すること、1か月ごとに予算と決算の違いをチェックして、次回に活かす。

  • 金融商品の選び方(コラムのみ)
    金融商品を判断する判断には、安全性・流動性・収益性の3つがある。すべてに優れている金融商品はなく、長所と短所を使い分け、組み合わせることが大切である。

  • キャッシュレス
    前払い・即時払い・後払いの3つの方式がある。キャッシュレスの支払い方法は多様化し、スマートフォンのタッチ式決済や、二次元コード決済なども普及しており、今後も様々なサービス登場が予想される。

  • クレジットと利息
    消費者の信用に基づいて後払いや借金の契約をするのを消費者信用(クレジット)という。これには販売信用と消費者金融がある。販売信用には二者間契約と三者間契約があり、クレジット会社や信販会社が代金を立て替え、消費者が返済・利子を払う方法が三者間契約である。消費者金融は、消費者と金融機関・業者が契約を結ぶことで、融資額を年収の3分の1まで、金利の上限を15%から20%までと定め、返済できなくなることを防いでいる。
    買い物の支払いにはクレジットカードが便利だが、使いすぎると高い利子や高額返済に苦しむことに。リボルビング払いは返済期間が長期化することや、無人契約機で消費者金融が利用しやすくなったことで、返済が困難になり、他の消費者金融業者から借金を重ねる多重債務に陥るケースも多い。多重債務に陥らないよう、資産や支払い能力を把握し、返済できない借金をしないように。

また、資産形成のページではないものの、「持続可能な社会をめざして」の章では、消費者市民としての行動力チェックを掲載。たとえば、環境・人・社会にやさしい商品を購入する、の項目では「寄付付き商品を選ぶ」など、寄付や社会的に意味のある投資をする、の項目では「企業への株式投資にあたり、その企業の財務状況はもとより環境対応や社会貢献活動等も評価して投資先を決める」という記載もあり、ESG投資の考え方が盛り込まれている。エシカル消費やフェアトレードの紹介にもページが割かれ、たとえば職業を考えるページにマザーハウスの山口恵理子さんのインタビューが、他のページでもNPOの紹介が複数掲載されているなど、身近に感じされる工夫も見られた。

■ 複数の立場から協業できるような金融教育を

 実際に教科書を見てみたところ、「金融教育の開始」というニュースほど、教科書の充実化を感じられなかったというのが正直なところ。たとえば、買い物を通して良い企業・商品を選ぶように投資でも同様の選択ができること、長期・積み立て・分散の考え、投資信託の説明や購入方法、なぜ金融商品の価格が変動するのか、など実践のための情報は不足しているように思います。また、公共ではESG投資のワードが登場する教科書が合ったものの、SDGsをメインに据えた家庭科ではESG投資に関する記述がほぼなかった点は残念でした。一方で、多重債務やキャッシュレスに関する記述は想定よりも多くの教科書で取り上げられていました。フィンテックが台頭する中、クレジットカード以外の後払いBNPL(バイ・ナウ・ペイ・レイター)がこれから国内でも増えるケースも考えられ、教育現場で技術のトレンドを追うのは難しくなるでしょう。今後は金融庁が示すように、教育機関が民間企業や団体と協業して、様々な角度から金融教育に触れる機会を増やしていくことが重要なのかもしれません。

 ちなみに公共・家庭科共にこれらのページは後半に掲載されており、金融や資産形成に関連した授業が行われるのは年末から年始にかけてだと思われます。実際の高校生の反応を踏まえながら、低学年のうちからお金のことに関して学べる機会を増やしていく契機になってほしいです。

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 フィナンシェの会では、「お金がどこからきて、どこへ行くのか」という流れを意識した金融教育を目指しています。今回は高校生向けの金融教育を取り上げましたが、小学生~未就学の子どもを対象に、日常生活で子どもとお金のことを学べるさまざまなアイディアや本をご紹介しています。ぜひご覧ください。

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