いきなり本読み!思考
クリスマスとは、どことなく距離を置いて過ごしてきた。
社会人になるまでは。
いちごの乗ったショートケーキよりは、チョコボールが大好物だったし、何かをねだるという行為をほぼしない子供だったので、シンプルにハマらなかったのだと思う(まれにねだるものが、宇宙規模だから厄介)。
それが何の因果か、イベントに注力する菓子メーカーに就職し、だれよりもイベントを意識して過ごしている。クリスマスはとくに、どの部署に所属しても全身を突っ込んできた。
今年はとにかく朝から晩までいろいろ起こり、想定以上のできごとにおろおろして、臨機応変に対応せねばならずへろへろになった。引き出しのストックバームクーヘンが、胃袋を救ってくれた。
なんとか乗り切れたのは、クリスマスを目前にこの舞台を観に行ったからかもしれない。
公演2週間前に、江口のりこさんの出演が決まった。
いまわたしの興味の大半を占めている女優さんだ。企画自体もおもしろそうだし、時期柄少し悩んだが、会社帰りに駆け込んだ。
この日の演者は、朝ドラ『ウェルかめ』の大東駿介さん、同じく朝ドラ『まんぷく』で26歳にして14歳を違和感なく演じた岸井ゆきのさん、一度見たら忘れられない眉毛の加藤諒さん、劇団大人計画の皆川猿時さん、そして江口のりこさん。
江口さんは『時効警察』のサネイエさんのイメージが強かったのだが、『半沢直樹』で盆栽をぶち壊していた勇猛な姿が脳裏に焼き付き、「恥を知りなさい!」という、当時の世相を皮肉った台詞は耳にこびりついた。
コメディもシリアスも両方ハマる、独特の存在感を放つ女優さんという印象を抱いている。
舞台は、客電を点けたまま、ステージ上に着席した5人(たぶん私服)が、岩井秀人さんのディレクションに応じて初見の台本を読み進めていく。
5人それぞれの前にはGo proが設置されていて、台本の内容とともに、俳優さんの表情もスクリーンに映し出される。
実際の舞台稽古を見学しているようで新鮮だし、同じ場面を配役を変えて読んでみたり、途中で岩井さんの指導が入ると、演技が明らかに変化していくのが興味深い。
同じセリフでも、読む俳優さんが変わるとまた違って聞こえるし、役の人格も変わる。話の結末が分からない中、瞬時に役をつかんで魂を吹き込む俳優さんは、月並みな感想だが、達者だ。
大東駿介さんは、噛んだり漢字を読み間違えたりしながらも、藤原竜也さんが憑依したような迫真の演技と表情で最も笑いを誘っていたし、皆川猿時さんは岩井さんの「もっと太ってください」という難しいリクエストに見事に声で応えていて、コミカルながら抜群の安定感だった。
加藤諒さんは台本のページ数を見失ったひとへの冷静なフォローもしていて、派手な演技に反するさりげない心配りに感心してしまった。
岸井ゆきのさんは、こんなにすごい方だとは存じ上げなかった。
かわいいな~、とぼんやり眺めていたら、本当に初見の台本か?と思うくらい役に入り込むのが早くて、声色がとにかく多彩。よく通る無邪気な少年の声から、残響が効いたような案内人の声まで、演じ分けが見事だった。
そして、江口のりこさんはわたしの中で確定した。なんだか分からないけれど、なにかが確定した。
170㎝のすらっとした長身、キリッとした端正な顔立ち。
ネイビーのゆったりした丸首ニットにカーキ色のパンツ、白いハイカットスニーカーかブーツというカジュアルながら洗練されたスタイルに、顔丸出しのセンター分けショートボブ(ちょうどトップ画像くらい)。
あの髪型は、細面の小顔でないと許されない。
膝を開いて足首を組み、力を抜いて椅子に腰かけた姿、時折つく頬杖。基本ポーカーフェイスだけれど、意外と歯を見せてよく笑う(かわいい)。フリートークは関西弁なのがまたいい。
自然体で堂々としていてかっこいい。
演出家のオーダーに飄々淡々と応じていく姿も男前だったし、男性陣が噛み散らかしていた長いカタカナもサラッと通過していたし、一人複数役演じる場面の時、セリフが連なっていたにもかかわらず、瞬時に人格と声色を変えて演じ分けていたのがすさまじかった。
うわあ、あんな女になりたかった。
わたしは、ペコちゃんとか鬼太郎とかチェブラーシカとか、似ていると言われるものがほぼ丸顔でちまっとした架空の生き物である。
互角に張り合えるのはポーカーフェイスくらいだし、そもそも張り合わなくていい。
今後、見習い続けるとすれば、飄々淡々と臨機応変に対応する姿勢か。
今年のクリスマスは、この姿勢のおかげでなんとか乗り切れたように思う。
事前準備ももちろん重要だが、今回の舞台の台本のように、未来は見通せない。何が起こっても変じゃない世の中、アドリブ力や対応力を身に着ける方が、心の平穏を保つために必要だと感じた。
事前準備は、たまに舌を出してあっけらかんと裏切る。不可抗力や不条理にいちいち憤るまえに、とにかく対応。
クリスマスを家族や仲間でにぎやかに楽しみたいタイプだったら、この仕事は務まらない。イベントにこだわりがないわたしには適任なのだと思う。自分がサンタクロースサイドに回れているのなら、それはそれで光栄だ。
年が明けたら、バレンタインとひなまつりが待ち構えている。
人の繋がりが感じられるイベントの裏方として、来年も邁進しようと思う。
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