ごまめのポテンシャル
「何年か前にあの部署にいたとき、わたしはなんというか、ごまめちゃんみたいなもんやったから優遇されてて、あ、ごまめって関西弁やな」
そこまで言って話を変えられてしまい、結局ごまめちゃんの意味するところがはっきりとしなかった。
なんとなく、謙遜しているというか、あまり立派な立場ではないことだけはわかった。
ごまめの歯ぎしり、という言いまわしがある。
ごまめはカタクチイワシの稚魚を干したもので、ごまめの歯ぎしりは実力のない者がいたずらに悔しがったり苛立ったりするさまを指す。
たぶんそれと同じ意味合いだろうな、と思いその場はやりすごした。
でも実力がないのに優遇されるかな、と少しひっかかる。
小さな魚たちが団結しているようでしていない様子は、語感的には《ごまめ》の方がしっくりくる。それもそのはず、ごまめの語源は「こまむれ(細群)」なのだそうだ。
そう考えると、冒頭のごまめちゃん発言は「つねに誰かにくっついている」「あまったれ」という意味にもとれそうだ。
しかし、話していたのは祖父デビューしたばかりの50代男性である。
何年か前の話だというが、何年か前でもとうに不惑を過ぎている。なんか違う気がした。
答えが知りたい。
【ごまめ】
幸田文さんの作品にも『みそっかす』があるし、関東生まれのわたしはそれなら聞いたことがある。おおむね意味は同じだが、みそっかすは仲間に入れてもらえていない感が強く、確かにあまり好意的な響きではない。
集団遊びの中で、年齢がひくいなどの理由で特別ルールが適用される子供の呼び方は、ほかにも地域によって「おまめ」「あぶらげ」「おとうふ」「まめご」などがあるらしい。
なんというか、大豆だ。
どうみても大豆界隈だ。
みそっかすも味噌なので大豆界隈だ。
大豆しばりでもあるのだろうか。
現在は大部分を輸入に頼っているが、縄文時代から存在したとされる大豆。主食にこそならなかったけれど、肉に匹敵するたんぱく質をもつ大豆。
もやし、枝豆、油、きなこ、味噌、しょうゆ、納豆、豆乳、おから、湯葉、とうふ、油揚げ、乳化剤と、大豆由来の食べ物は枚挙にいとまがない。
カタクチイワシも、人間だけでなくウミネコやカモメなどの海鳥、サメなどの肉食魚、イルカやクジラなどの海生ほ乳類など多岐にわたり捕食されていて、食物連鎖上でも重要な生物だという。
足は早いけれど、日本で最も漁獲量が多いとされるカタクチイワシ。
とても小さいけれど、カルシウムを多く含むカタクチイワシ。
シラス、ちりめんじゃこ、たたみいわし、煮干し、めざし、アンチョビ。釣り餌としても用いられ、カタクチイワシの利用方法も多岐にわたる。
大豆もカタクチイワシも、小さいけれどとても重要な存在で、はかりしれないポテンシャルを秘めている。
そう考えると、そこから派生した《おまめ》や《ごまめ》は、考えようによっては「無限の可能性を秘めた子供たちへの、期待をこめた呼び方」と言えるのかもしれない。
元・自称ごまめちゃん、現・新人祖父さんの謎を残すような話し方から、またひとつ考えが深まった。
そういうふうに呼ばれていた方は、くやしい思いやさみしい思いをしていたかもしれないし、一歩間違えるといじめの助長や、差別的な表現につながりそうな危うさははらんでいるけれど。
ところで大豆にイワシというと、まるで節分である。
子供の頃、節分になると玄関先にイワシの頭とヒイラギが飾られていたのをぼんやりと思い出した。いささか怖かった。
鬼ごっこでちいさな《おまめ》や《ごまめ》ちゃんがタッチされても鬼にならないのは、その存在自体が尊くて魔除けになりうるから、とも考えられるな、と思った。
ただ、少子化や居住形態の変化で、年齢がバラバラな子供たちが集まって遊ぶ機会はだいぶ減った。
この言葉を使う場面自体が、もはやないのかもしれない。
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