京都西陣の小旅行2 〜あれ?日本語なのに通じない〜
こちらの記事の続きです。まだの方は合わせて読んでいただけると嬉しいです。
良い買い物ができて、ホクホクしながら北野天満宮を後にしました。本来の目的である西陣織の会社訪問に向かいます。
到着すると着物姿のマダムがたくさんいらっしゃいました。ちょっと場違いな感は否めませんでしたが、しれっと混ざります。染色された綺麗な絹糸と緞子(どんす)がズラッと並んでいました。圧巻です。
帯については詳しくないのですが、名古屋帯、半帯など、色々種類があるみたいですね。洋服と同じでカジュアル、フォーマルがあるみたいです。そんなに気にしなくて良いとはおっしゃっていましたが。
織機も見せてもらえました。第一印象は「ちっちゃ〜い!」です。小幅なんだから、そりゃそうなんですけどね。
※少し長めの織機語りが始まります。興味のない人は読み飛ばしてください↓
えーと、話が長くなりました。下書きの時点でもっと書いていたのですが、終わりが見えなくなってきたので、消しました笑。
京都に行って織機を見せてもらったところまで戻りましょう。使われていたのは津田駒製のジャガードでした。フロッピー式なのですが、最近はフロッピーが売ってる所が減って困っているみたいです。確かに前の会社でフロッピーを知らない若者がいました。ジェネレーションギャップ…
話をしてて気づいたのですが、使っている単語が違うみたいで、お互いにえ?え?ってなってしまいました。同じ日本人でもコテコテの方言で喋られると意味が分からない時ありますよね、そんな感じです。そして単位も違うんです。生機幅をインチで聞いたら、えーっと…て反応されたので、あぁシルクだから匁(もんめ)ですか?って聞き直したら、まさかの普通にセンチですって笑。恥ずかし。職人さんはそういう単位も使いますよってフォローされました。恥ずかし。
仕事として生地を扱っていた時は気にならなかったし、そういうもんやと思っていたふしもあります。でも半分趣味のようにこうして自分の足で産地へ来ると、そりゃ、この織物の歴史的背景や、地理的要因がそれぞれ全く違うのだから、言葉も作り方も違うよなって妙に納得しました。
そもそも、バックパッカー時代に各国の生地を見つめながら、同じ経糸と緯糸の組み合わせなのにこうも違うのか、とそれぞれの意匠の意味や歴史や意図にロマンを感じたのが始まりだったので、初心に帰った気分でした。
ビジネスなのか、アートなのか、文化なのか、どの側面もあって、利権や流行も絡まって、現実世界は混沌としています。そんな中、最近思い出すのは「生地は生きるって字を使うやろ、生地は生き物なんや」って新卒時代に目にかけて下さった加工所の常務の言葉です。人間と同じでバックボーンもそれぞれ違って、発色が良いけど堅牢度が低いとか、長所と短所があって、全て完璧なんてことはないのです。だから生地選びは恋人探しだなって思うのです。長所を愛おしく思うのは当然で、その上で短所も愛せるかどうかです。
そして、生地を作る、繊維製品を作るってことは子育てのように手がかかるのです。そりゃそうです。ひとつひとつ原料も違う、密度も違う、加工も違う、各工場も得手不得手があるので指図先も選びます。たくさんの試験をして、たくさんの規制や法律を遵守して、今はそれが当然の世界線にいます。ひとえに専門知識のない消費者のためにです。
たくさん尽くしてきました。けれども尽くすばかりで返されなければ、いつか尽きると思うのです。
京都西陣の旅編は2で終わるつもりでしたが、終わりませんでした笑。いや、これでも推敲したんです。ということで、つづきは後日。
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