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小説集

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10年にひとつくらいしか書けない小説です。2021年第1回 #風景画杯 優勝作「月があんなに綺麗なのに今夜は月が出てない」
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【小説】しんでいるとはかぎらない・前編

【小説】しんでいるとはかぎらない・前編

「いやぁ、見てぇ、ほら、このお嬢さんみたいな手ぇ」
 通夜の夜、手を組んで眠るママの枕もとでババアが歌うようにそう言った。島のあちこちから湧いて出たジジババが、この度はこの度は、と大声で挨拶を交わし合う。灰緑色のズボンがどすどすと上がってきて香典返しの指図を始める。昨日から何度か見た顔かもしれないが無遠慮な顔や体型はどれもこれもよく似て、その日の服の色柄でしか見分けがつかない。台所で湯をわかし、線

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【小説】あんなに月が綺麗なのに今夜は月が出てない #風景画杯優勝作品

【小説】あんなに月が綺麗なのに今夜は月が出てない #風景画杯優勝作品

 あこさんは階下でリモート授業中だ。小川は彼女の気が散らないように2階にいて、先日、突然亡くなってしまった劇作家からのDMに返信していた。半年も前のtwitterメッセージを放置したまま訃報を聞いてしまったのだ。顔見知りではない。何度か観劇して作品が好きだったからフォローした。DMは演劇公演案内の一斉メールに違いない。でも万一、スルーしてがっかりさせてたらと思うと悔やまれた。熱い文面で、いい人っぽ

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【小説】しんでいるとはかぎらない・後編

【小説】しんでいるとはかぎらない・後編

 島から乗って帰ってきたライトバンに犬山さんを積み込んだ。
 バックシートに押し込んでいる時に通りがかった老婦人の表情が一瞬ひきつったと思う。いつだったか夜道で横たわる男を見つけて死んでいるんじゃないかと思ったが、そのまま通り過ぎて数分後には忘れた。エンジンをかけながら、さっきの老婦人が警察にかけこまないことを祈った。

 気晴らしに高速を走る。犬山さんは後ろの座席にころがって天井を向いている。い

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【短編小説】港のデヴァイン

【短編小説】港のデヴァイン

 化け猫というのはお化けで、お化けは目に見えないものが化けて姿を現したわけだから、わたしは人のように見えるけど人ではないってわけか? カウンターの中からママが凄んだ。イッセイ尾形の演じる浅川マキを太らせて、さらに年とらせてお笑いを混ぜたようなミバで、わけか? と言われたら誰でもびびる。
 落ち着いて見ると、目は半笑いだ。客が持ち込んだミニコミ誌の、一風変わったバーの紹介コーナーに「化け猫風のママが

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