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【8月31日×乾杯】移ろいゆく時間(とき)を思いつつ英雄と杯傾ける処暑の夜

中国の白話小説では、各回の冒頭に詩(うた)が置かれていることが多い。白話小説を代表する作品と言えば、やはり『三国志演義』『西遊記』『水滸伝』であろう。

これに『金瓶梅』を加えて、四大奇書と呼ばれている。ただ、『金瓶梅』は馴染みが少ないように思う。

『三国志演義』『西遊記』『水滸伝』のように、英雄やヒーローが八面六臂に活躍するような物語ではないからである。筆者自身も『金瓶梅』については、概略しか知らない。どうも、触手が伸びないのである。

(だって、武松の兄ちゃんを殺した、スケベなクソ野郎の話だからっ!!)

武松は『水滸伝』の登場人物。野生の虎を殴り殺したエピソードを持つ、非常に人気があるキャラクターのひとり。

さて、この白話小説の冒頭に置かれている詩というのが、結構やっかいな代物であったりする。何ともいい香りは漂わせているのだが、非常に難解で読みこなせない。

『三国志演義』『西遊記』『水滸伝』などの作品は、非常に人気があり、さまざまな訳本が出ている。ただ、それらの多くが詩の部分は、書き下し文しか書かれていない。

詩はストーリーと直接関係がないため、読めなくても物語自体を楽しむことはできる。であるから、詩にザッと目を通して、わかったようなわからないような状態のまま、物語へ入っていくのである。

また、物語そのものが面白いために、早く入っていきたくもなる。しかしながら、後ろ髪引かれるような思いを抱えていたことも事実である。詩を楽しむことができれば、物語の世界はさらに広がることになる。

そんな、思いを叶えてくれる本がある。

井波律子さんが翻訳された、『三国志演義(講談社学術文庫)』である。詩の書き下し文だけではなく、その訳も記されている。同じく、講談社学術文庫から井波さん訳の『水滸伝』もある。

さらに、同じく講談社学術文庫から、『中国侠客列伝』という本もある。これが本当に面白い。情報の濃さ、エンターテイメント性、学術性をバランスよく備えている。中国史に求める、カッコ良さがこの一冊にギュッと濃縮されている。こちらは、また後日noteにする。

さて、『三国志演義(講談社学術文庫)』に話を戻す。これが、一番最初に出てくる詩である。

滾滾(こんこん)たる長江 水は東に逝き
浪花(ろうか) 英雄を淘(すく)い尽くす
是非成敗(ぜひせいばい) 転頭すれば空し
青山(せいざん) 旧に依(よ)りて在るも
幾度(いくたび)か夕陽(せきよう)紅し
白頭 漁樵(ぎょしょう)す 江渚(こうしょ)の上(ほとり)
看るに慣れたり 秋月春風
一壺(いっこ)の濁酒(どぶろく) 相(あ)い逢うを喜ぶ
古今多少の事
都(すべ)て付す 笑談の中

わきたつ長江 東へ流れ、
あまたの英雄 水面の泡か。
栄枯盛衰 うたかたの夢。
青い山々 変わらねど、
赤い夕陽はいくたび沈む。
白髪の漁師は 渚にて、
秋月 春風 いつもの風情。
壺の濁酒 友との出会い。
古今のくさぐさの出来事は、
すべて歓談のタネとなる。

この詩に触れると、たまらなく酒が恋しくなる。人が恋しくなる。
移ろいゆく時間(とき)に深い感慨を禁じ得なくなる。
何度でも読み返したくなる美しい詩である。
優れた風景と心象風景が見事に融け合っている。

昨今の状況を鑑みれば、人と会っての飲食は控えることが賢明である。
そんなときは、この詩を酒のトモとしてみてはいかがであろうか。

―もちろん
三国志が好きな人なら、登場するその英傑と
日本史が好きな人なら、その歴史上の人物と
映画が好きな人なら、その俳優と
アニメが好きな人なら、そのヒーローと
乾杯することを思い描きながら

さて今宵、筆者が杯を傾けるとき、笑談の相手となるのはいずれの英雄であろうか。

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